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子育てエッセイ

ワーキングママの応援団。 ~ひとりぼっちじゃない子育て(8)~

ワーキングママの応援団。

~ひとりぼっちじゃない子育て(8)~

白川 優子(ライター)

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「育児」を応援してくれるベビーシッターさんやママ友、家族は大切な存在です。でも一方で、「仕事」を純粋に応援してくれる仲間も、間接的に「ひとりぼっちじゃない子育て」を応援してくれています。

 

私は子どもを授かる以前は、かなりの仕事好きで、終電帰り、徹夜もいとわず働くバリバリOLでした。

大好きな仕事をしていたこともそうですが、そこには自分と競うように頑張る同僚がいつもそばにいて、励まし合うことができていたからこそ、続けられていたというのもありました。

休日も一緒に遊びに行ったり、飲みに行ったり公私ともに仲良くしてくれた彼女は、会社勤めの支えでした。

そんな私たちの関係が一変したのは、私が育児休暇を終えて時短で復帰してからです。

もともと、子育て中の社員がほとんどいない職場で、時短勤務は私だけ。

そんな中「お帰り、待ってたよ!」と迎えてくれた彼女でしたが、しばらくすると一緒にランチへ行く回数がどんどん減っていきました。

「あんなに仲良しだったのに、なぜ?」何かが違うのです。

自分の生活が子ども中心になってしまっているので、子ども以外の違う話をしようと思っても出てこないのです。新しくできたグルメスポットや、公開されたばかりの洋画、流行りのドラマの話題も、すべて知らない。子連れで行ける場所でない限り、都会のニュースポットに足を運ぶこともないし、アニメ以外の映画を観ることもなく、くたくたで子どもと一緒に撃沈して夜のドラマは観れずじまい。

では仕事の話ならと思いきや、昨日遅くまで続いたという会議の愚痴も、海外出張のおみやげ話も、時短で帰り成田空港すらご無沙汰になってしまった自分にはわからない。

――そして、ふと気付くと、「変わってしまったのは自分なんだ」というさみしさ。子どもの話ばかりしている自分を、まわりはつまらないと思っているのかもしれない…という焦りと、初めて感じた職場での孤独感。

 

けれども意外な変化もありました。

それまであまり話すこともなかった、年配の先輩方が、話しかけてくれるようになったのです。まったく違うフロアや他部署のおじさま方にも、「お子さん、かわいいでしょう」「仕事と両立して、がんばっているね」など、ちょっと強面(?)の方の笑顔に初めて出逢ってみたり。

それまで仕事の話しかしなかった上司とも、外出の間中子どもの話で盛り上がったりすることもありました。取引先の方も、同年代のお子さんがいるとわかると、親しみを持ってくださったり、「子どもの存在」は仕事関係を円滑にするきっかけになることもあるんだと、新しい発見でした。

 

職場復帰してから戸惑う人間関係はいろいろありましたが、最初は「ママだけど頑張ろう」を前面に出し過ぎていたかな…と反省をしました。会社にいる間はママだろうが関係ない。普通に「仕事」をがんばろう。「子どもの存在」は話題のきっかけになっても言い訳にはしない。会議に出られなくても残業ができなくても、決して手を抜かない、そんな私の頑張りを、しばらくすると前述の彼女はまた認めてくれるようになり、「やっぱり白川さんがいると張り合いがあって仕事楽しいよ」と言ってくれるようになったのです。

職場で仲間に囲まれ、良い仕事をし、充実感に充たされた日は、帰りの電車でスムースにスイッチが切り替わり、ママに戻ってからも穏やかでいられることが多くなっていきました。

 

「ママである自分」を応援してくれる人も大切だけれど、純粋に「仕事をしている自分」を応援してくれる人もまた、ワーキングママのサポーターであると感じています。

 

 

 

 

メーリングリスト③。 ~ひとりぼっちじゃない子育て(7)~

メーリングリスト③。

~ひとりぼっちじゃない子育て(7)~

白川 優子(ライター)

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「明日は保育園の卒園式!」そんなタイミングでおこった東日本大震災。

保育園に電話が通じない中、メーリングでクラス全員の保護者の無事を確認したものの、おのおのの詳しい状況がわかってきました。無事に子どもを迎えに行き、自宅に戻れている保護者はほぼ半数。

夜になってもほとんど、都心から歩いて戻っている最中でした。なかには、海外出張から戻る途中で地震のため成田空港に着陸できず、九州に降ろされている親、職場から待機命令が出て会社に泊まることになった親もいました。

「たぶん今夜中に帰れない。明日の卒園式には間に合いそうもない」と悲痛なメールが何通も届き、

「なんとか園長先生に連絡をつけて、卒園式を延期してもらおう」という意見で一致することに。

「卒園式なんてもうどうでもいい。とにかく一秒でも早く子どもの顔が見たい」

というのが多くの保護者の思いでした。

 

保育園の近くに住むお母さんが、余震の続く中、園長先生に話をしてくると保育園に出向いてくれました。すでに21時をまわっていたのですが、まだ園児が残っている中、保育士さんたちが必死に世話をしてくれており、園長先生も目の前の子どもたちのことで精一杯で、卒園式のことまで頭がまわらなくなってしまった・・・とのこと。

明日までに帰宅できない保護者が何人かいることを伝えると、園長先生も卒園式の延期を決定してくれました。

 

「明日の卒園式は延期です」

このメーリングが送信されると、一斉に、まだ帰宅していない保護者から安堵の声が。

「延期のメールでほっとして号泣しちゃった。」「よかった!職場で眠れないところでした。休みます」

「ありがとう、ありがとう。このメーリングがあったから、くじけそうになってたけど頑張れる」

「ほかのみんなも頑張って歩いてると思うと、ハイヒールの足が痛いけどふんばるよ」

 

自宅に戻れた親も戻れない親も、不安な夜をメーリングで励ましあって過ごしました。なかにはメーリングで連絡をとりあい、奇跡的に途中で合流して一緒に深夜に到着した保護者たちもいました。

 

無事に皆が帰宅でき、子どもの顔を見れた喜びと共に、現実は想像をはるかに超えてやってきました。

東北地方ほどの被害はなかったにせよ、スーパーの棚から物が消え、ガソリンスタンドには行列ができ、「輪番停電」がおこなわれるという、生まれて初めての経験に戸惑いました。

そこでも「○○のスーパーにはまだお米が売っていたよ」「△△ガソリンスタンドは一台30リットル制限です」等、メーリングのおかげで情報をもらい、助け合うことができました。

何にも属さずひとりで子育てをしていたら、この未曾有の事態を乗り切ることができたでしょうか。

 

約2週間後、無事に卒園式を終えることができ、メーリングの役割も、終わりを告げました。

6年間、最初は離乳食やオムツの相談から始まったメーリングでしたが、最後の最後に最大限の活躍をしてくれました。

 

今は、メーリングリストに加え、SNSなど情報共有はさらに進化をしています。

小さい子どもを抱えていると、ちょっと現場まで見に行く、とか、とりあえず並んでみる、などなかなか自由に動けない中、

実際に見聞きした人からの情報が入るのはとてもありがたいことです。

中には誤った情報やデマが拡散されてしまうことがあり、気をつける必要がありますが、何かが起こったときにひとりぼっちにならずにすむ方法のひとつとして、うまく活用できるとよいですね。

 

 

メーリングリスト②。 ~ひとりぼっちじゃない子育て(6)~

メーリングリスト②。

~ひとりぼっちじゃない子育て(6)~

白川 優子(ライター)

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保育園ライフをずっと支えてくれたメーリングリスト。でも、賑わっていたメーリングリストもあと少しで途切れてしまうのかな、ちょっとさみしいな・・・そう、明日は卒園式と謝恩会――そんな2011年、3月11日を迎えていました。

 

謝恩会の準備で、メーリングリストが激しく行き交いバタバタしてきた数日間でしたが、明日のその日をむかえるばかりとなり、おだやかな晴天に、「きっと良い卒園式になるね」誰もがそう思っていた昼下がりのことでした。

外出して文房具を買い求めていた私は、雑貨屋の天井の電気がチリチリいう音で「揺れている」と気付きました。

その後、今まで経験した事のないような激しい横揺れで、雑貨が並んでいる棚が床を滑ってきました。

「こわい!これは尋常じゃない」悲鳴をあげて逃げる人たちの後について非常階段を降り、外に出ると、「東北が大変なことになっているらしいよ」と話す人々。

―東日本大震災。何が起こってしまったのか、街も、人も、みんなパニックでした。

 

そしてしばらくして一通のメーリングが届きました。育児休暇中で、子どもをすぐに保育園に迎えに行けたママからでした。

「震度5強だったみたい、でも保育園はなにも被害もなくて、子どもたちもみんな無事。お昼寝中だったみたいだけど先生たちがあわてず対処してくれたみたいでみんな元気!」

この一報が、親たちの気持ちをどれだけ落ち着かせてくれたでしょう。

なぜなら、電車が次々不通になり、帰路を絶たれた親たちが連絡しようと思っても、保育園への電話はまったく通じなくなってしまったのです。

私もそうでしたが徒歩や車で迎えに行けた親たちは、保育園や子どもたちのようすを続々とメーリングで流しました。

「みんなニコニコ待ってるよ!」「夕方のおやつを申し込んでない子にも軽食を出してもらっています」「先生達もどうせ帰れないので保育園に泊まってくれるみたい」「安心して帰ってきて」等々・・・

遅れて届くなど多少の障害はあったにせよ、まったく通じない電話にかわり、メーリングリストはすべての親に通じたおかげで、保育園に到着した親づてに先生にも「今○○ちゃんのおかあさんは徒歩で向かっています」など状況を伝えることができました。

 

とにかく子どもたちが無事であることがメーリングリストのおかげで確認でき、みんなホッとしたのですが・・・

「ところで卒園式、どうなっちゃうんだろう?」

よほど気持ちが動転していたのでしょう。お迎えに行けた親たちも、子どもの無事を確認はしたものの、翌日の卒園式については誰も確認できていなかったのです。

次回に続く

メーリングリスト①。 ~ひとりぼっちじゃない子育て(5)~

メーリングリスト①。

~ひとりぼっちじゃない子育て(5)~

白川 優子(ライター)

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息子が10カ月の頃職場復帰をしました。
哺乳瓶大嫌い、粉ミルク大嫌い、離乳食も嫌い…とにかくほとんど母乳だけで育ってきた息子を保育園にいれるのは心配でしたが、先生方の愛情をたっぷり受けて、一ヶ月後には楽しく?通園してくれるようになり、生活リズムができてきました。
 
とはいえ保育園の送迎と都心往復の仕事との両立は想像以上に大変で、息子もがんばってくれたものの金曜日になると決まって発熱し、土日はひたすら看病で過ぎ、疲れ切ったまま月曜日を迎える日々。
当時あまり子持ち社員がまわりにおらず、週末に自由に遊んでリフレッシュした同僚たちが、月曜日の朝からやる気に満ちて輝いているのを見るたび、ぐったりしている自分に溜息が出ました。
 
入園して2カ月も過ぎた頃、クラスのママが代表して、「メーリングリスト」を作ってくれました。
まだSNSがなかった時代、全員のメールアドレスを登録し、誰かが発信すると全員に届くメーリングリストは、登降園時間もそれぞれ違い、なかなか顔を合わせることの少ない保育園ママにとって貴重なコミュニケーションツールでした。
ある時、「月曜日の朝って一番疲れますよね」とひとりのママのメールが。
すると続々と「そうそう!わかる」「だいたい金曜日に熱出して週末は看病で終わってる」「土日に休める人っていいなぁ」…月曜日の朝の自分に溜息をついている仲間たちからメール。
朝すれ違う、クールでとっつきにくそうなママ。お迎え時間ギリギリにいつも駆け込んできて一言も声をかわしたことのないママ。
保育園ではバタバタでおしゃべりできなくても、実はみんな同じ悩みを抱えてる、感じている。
 
そんなことをメーリングリストで共有していくうちに、あまりしゃべったことがないのにみんなとても仲良しになっているのが不思議でした。
誰かが保育参加に行くと、「○○ちゃんはこうだった!▲▲くんはおひざに乗ってくれたよ!」と報告をくれたり連日大盛り上がりのメーリングリスト。
「みずぼうそうになりました」「インフル出ました」など、感染症の情報が流れると、皆それぞれ子どもの体調に気を付けるのにも役立ちました。
誰かが悩むと、2人目、3人目のママたちがアドバイスを流してくれたり、すぐにサイズアウトしてしまう子ども服を譲りあったり、サイバー上の交流だけでなくメールのやりとりからとても仲良くなったママと、家族ぐるみのお付き合いが始まったり…
悩みの共有から何から何まで、6年間、何通のメールが飛び交ったことでしょう。
 
皆、それぞれ忙しいのがわかっているので、返事を強要したりなどもなく、とても緩やかな、けれども強い繋がりでした。
そして、このメーリングリストの存在が最大に力を発揮したのは、ある出来事がおこった時でした。
 
次回に続く
 

魔法の言葉。 ~ひとりぼっちじゃない子育て(4)~

魔法の言葉。

~ひとりぼっちじゃない子育て(4)~

白川 優子(ライター)

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子育て中のパパが、ママにかける言葉で、怒りをかってしまったことはありませんか?

つい言ってしまう、「家で赤ちゃんとお昼寝できていいなあ」「公園でのんびりできていいなあ」・・・これらはママのイライラスイッチ、ONにしてしまいます。

では、どんな言葉をかけたらママは喜んでくれるのでしょう。

ママをひとりぼっちにしないために、子育て中のパパに読んでいただければ・・・と思います。

 

赤ちゃんが生まれると、ママの生活は、パパの生活に比べると激変します。

パパがお外で働いている時間、ママはずっと赤ちゃんを相手に、「やろうと思ったことがことごとく思うようにすすまない」瞬間を何度も繰り返しながら、掃除、洗濯、料理など、家事をなんとか進めようとしています。まともな食事だってとることもできずに。

 

それでも、赤ちゃんの動き次第で何度も中断されて、日が暮れても洗濯が干しっぱなし、料理ができあがっていない・・・なんていうことも多々あります。

そんな時・・・

「え!ご飯できていないの?」「こっちだって仕事で疲れてるんだよ」「帰ってきたんだから休ませてよ」というセリフ・・・言っていませんか?これらは、ママの地雷を踏んでしまう言葉。

子育て中のママと、一日外で仕事をしてきたパパ、どちらが疲れているのか、どちらが大変なのかというのは不毛な論争となります。ママもパパもどちらも違う土俵でがんばっている。パパは会社で、組織の中でがんばっていますがそこには相談できる上司、愚痴れる同僚がいつもそばにいます。ママは、家の中という狭い空間の中で、すべてをたったひとりで判断し、がんばっているのです。

 

ママも、パパが疲れているのはわかっています。家族のためにがんばってくれるパパのため、家をきれいにして、シャツにアイロンをかけ、おいしい料理をつくって笑顔で待っていたい。けれども、それができないことが情けなく、つらく感じることがあるのです。

 

だから、帰宅したら、どうかママに言ってあげてください。

「今日も一日ありがとう。二人(ママと赤ちゃん)が元気で過ごしてくれたならそれで幸せだ」

時には疲れ果てて、パパが帰る前に寝てしまっているかもしれません。起きたママの目に付くところに手紙を置いてもいいかもしれませんね。

 

そしてママも、お外でがんばっているパパに「今日もおつかれさま。ありがとう」を伝えてあげてください。「牛乳買ってきて」のメールの一番最初に、つけ加えてみてください。

 

パパとママが、がんばりを認めあう魔法の言葉。その一言で、お互い明日もきっと、がんばれる!

次回に続く

ネットに頼ることは・・・ ~ひとりぼっちじゃない子育て(3)~

ネットに頼ることは・・・

~ひとりぼっちじゃない子育て(3)~

白川 優子(ライター)

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「現代のお母さんは孤独だ」・・・そんな声が聞かれます。核家族ではなかった昔、家には両親やきょうだいが一緒に住んでいて、隣近所の人たちも、かわるがわる子どもをおんぶしてくれた時代。6,7人きょうだいも当たり前、上の子が下の子の面倒を見、朝から晩までお母さんと赤ちゃんが二人きりというシーンはありえない。確かにそれはひとりぼっちじゃない子育てで、環境からすると現代のお母さんはひとりぼっちにみえるのかもしれません。

 

けれど、現代のお母さんでもひとりぼっちにならないための方法はいくらでもあります。前回ふれた、「両親学級」あるいは出生後の「乳児検診」などで、ママ友を増やすこともできますが、現代だからこそできるツールを利用することもできます。

そう、昔は考えられなかった方法で――インターネットがあるから、一緒に暮らしていない両親やきょうだいとも繋がることができます。その場にいなくても、リアルタイムで通信し、パソコンの画面を通して子どもと遊んでもらうこともできるのです。

まだおしゃべりのできない乳児さんが相手でも、絵本の読み聞かせから、いないいないばぁ、手遊びなどでコミュニケーションを楽しむことができます。パソコンを通してだなんて、本当のコミュニケーションといえるのでしょうかと、意見もあるかもしれませんが、遠方に住んでいる祖母と孫がネットのテレビ電話で会話を続け、本当に対面した時にも孫はちゃんと「おばあちゃん」と認識し、なんの違和感もなく対話ができた例をいくつも知っています。

 

またSNSは、長い間あっていなかった友人や、それほど親しくなかった学生時代の知人などでも、同じような年頃の子どもができたりすると、とても話がはずみます。お互いの近況を報告しあったり、子どもの成長を一緒に喜んだり、友人の、母としての意外な一面を知ることができたり。

使い方に気をつける必要がありますが、SNSには「子どもが○年生まれ」「男の子のママ」「双子育児」などのカテゴリー別グループのコミュニティもあり、自分の行動範囲内では知り合うことのできなかった誰かと知り合うことができたり、情報を得たりということもできます。

ただしいわゆる「SNS依存」になってしまうと逆効果になりますので、短時間の利用に限ることが肝心です。自分の子どもの写真をアップしたのになかなか「いいね!」がつかない、○○ちゃんの投稿にはたくさんコメントがついている・・・など、ネガティブな気持ちになるようであれば逆に孤独を感じてしまうことになりますから、向いていないと判断して手を出さない方がよいでしょう。

 

家で一人で育児をしていると、誰かとしゃべりたい、繋がりたいと思う気持ちは自然なことだと思います。

そんな時パソコンを開いたり、携帯電話に手がのびてしまうことに、罪悪感を覚えないでください。節度を持って短時間利用することで、少しでも誰かと繋がれて、気持ちが落ち着くのであれば、断ち切る必要はないと思うのです。現代のツールを最大限に活用して、「ひとりぼっちじゃない子育て」を楽しみましょう。

 

次回に続く

両親学級。 ~ひとりぼっちじゃない子育て(2)~

両親学級。

~ひとりぼっちじゃない子育て(2)~

白川 優子(ライター)

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今、妊娠されている方へ・・・。すでにお子様をお持ちの方は、懐かしく読んでください。

妊娠初期は、お腹の膨らみも目立たず、赤ちゃんはちゃんと育っているのかな?と心配になることも多く、検診に行くたびにもらえるエコー写真が楽しみな方が多いのではないでしょうか。

見るたび人間らしくなっていく赤ちゃん。他人から見たら宇宙人のような写真でも、「なんてかわいいの!」と生まれる前から溺愛。何よりも、小さな心臓が動いている。ちゃんと育ってくれている・・・それがうれしくて、辛いつわりを乗り切ろうと思えるものです。

 

安定期に入ると、お腹も膨らみ初め、胎動を感じ、ひとりぼっちではないことがより実感できると思います。

胎動というのは本当に不思議なものです。私の場合、上の子はなぜか、職場で真剣な会議をしている時に「ボコッ!」と足がわき腹を直撃したり、「グィーーン」と手を伸ばしたり、盛んに動きました。そのたびにくすぐったく、「会議がつまらないのかな?」などとおかしくなってしまい、必死に笑いをこらえることもありました。ひとりで居てもひとりではなくて、常にお腹の赤ちゃんと行動を共にし、何を見ても何を食べても一緒に共有してくれる誰かがいるような、内から湧き出る不思議な感覚でした。

 

妊娠後期になると、さらに外部からもひとりぼっちではなくなるようなイベントがあるので、ぜひ参加してみてください。

どの自治体でも行われる「両親学級」。

沐浴指導や、父親におもりをつけてのマタニティ体験などの実践もありましたが、おそらくどこの自治体でも、グループに分かれてコミュニケーションをとる時間をとってくれると思います。

上の子の時は、町名ごとのグループにわかれたので、かなり近所の方々と知り合うきっかけになりました。妊娠する前は、「ママ友」という言葉に少々苦手意識があったのですが、この時の団結力と言ったらびっくりするほどでした。生まれる前からの幼馴染だね、と話しながら、一緒に散歩したりマタニティビクスに通ったり、引っ越したばかりでまわりにあまりお友だちもいなかった私には、新しい出会いとなりました。

「今何グラム~?」が挨拶代わり。そして、ほぼ週数が一緒ながらも、私が一番先に陣痛を迎えたのです。

「陣痛キターーーー!」みなさんにメールをすると、「メールとかできるものなんだ!」「がんばって!はげみにするから」続々と応援メール。

私の出産後2週間の間にお友だちもみな出産。夜中の授乳中に「本日7回目起こされました」「夫、イビキかいてます、蹴ったのに起きない」とメールすると「私もさきほど、夫踏みました」などと速攻返信がくる(つまり、みんなも赤ちゃんに起こされている)この世で起きているのは自分だけじゃないんだ、みんながんばっているんだね。横についている夫は起きてこないけど、ママ友たちはみんなこの闇の中で、それぞれの場所で同じ思いをしている、ということが、どれだけ眠れない夜の励みになったことでしょう。

※踏んだり蹴ったりされたパパさんたちごめんなさい・・・

 

人生の激動期間を同時期に過ごした仲間との思い出は、「私はひとりぼっちじゃない」と感じたかけがえのないものでした。10年以上たった今でも、「あの夜中の授乳と夜泣きを乗り越えられたのは、みんなのおかげだよね。フラっと行った両親学級だったけど、本当に行って良かった」と語り合っています。

同じ時期にお腹に赤ちゃんを授かったご近所さん・・・というだけの縁なのかもしれませんが、この縁、なかなかミラクルです。

 

次回に続く

 

お腹にいる時から、応援しているよ。 ~ひとりぼっちじゃない子育て(1)~ 

お腹にいる時から、応援しているよ。

~ひとりぼっちじゃない子育て(1)~

白川 優子(ライター)

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新しい年になりました。

雪が降っても寒さが厳しくても、元気に外で遊ぶ子どもたちの声が聞こえます。私の住まいの周辺には、時に騒がしくやんちゃな子どもたちでも温かく見守って、ダメなことは叱ってくださる環境があり、ありがたいな、という気持ちでいっぱいです。

子育ては自分とそのパートナーだけではなく、いろいろな方の複数の目で見守ってもらえると、母親(または父親)は孤独にならずにすむ。その大切さをひしひしと感じる中で、エッセイのテーマもしばらく「ひとりぼっちじゃない子育て」として書いてみたいと思います。

今、ひとりでがんばっている、悩んでいるお母さん(またはお父さん)がいるとしたら、その思いを共有させていただきたい・・・そんなメッセージとして。

 

初めての妊娠。お腹に生命を宿した瞬間から、それまでの人生で感じたことのなかった色々な感情が湧き上がってきます。

気にしたこともなかった近所の赤ちゃんの泣き声が大きく聞こえるようになり、外出先では妊婦さんや赤ちゃん連れの人がやたらと目に付くようになりました。

そして、朝の混んだ通勤電車の中にも、お腹の大きな妊婦さんが少なからず乗車しているということも。私が長男を妊娠した10年以上前は「女性専用車両」も「マタニティマーク」もなく、乗降の時にお腹の大きな妊婦さんがドッと押し流されるたび、ヒヤヒヤしてみていました。そんな中、自分は、妊娠初期のつわりが始まると、周囲の人の洋服や整髪料のちょっとした匂いにも、動物のように敏感になり、気分が悪くなって途中下車を何度もしながら通勤することもありました。

 

それでも、お腹の膨らみが目立つようになってくると、知らない人の優しさにたくさん触れる事になりました。マタニティマークがなくても、何度、席を譲って頂いたことか。「妊婦さんですよね?違ったらごめんなさい」「お腹、気付かなくてすみません、どうぞ」などと声をかけられるたびに、「お腹の赤ちゃんは、まだ生まれてもいないけど、いろんな人に守ってもらってるんだ」と感じるようになりました。

 

知らない人から話しかけられることも増え、同じような大きさのお腹の女性とすれ違うと、なんとなく会釈をしてみたり、ニコっと微笑みかけられたり。

ある時、バスで話しかけられました。「お腹の赤ちゃん、何ヶ月ですか?実はうちの奥さんも妊娠中なんです。がんばってください!」頬を高潮させ、うれしそうにそう言って席を譲ってくれた男性は、今では良きパパになっていることでしょう。

 

お腹の中に芽生えた小さな命のおかげで、接点もないまったく知らない人から応援された経験によって、つわりの辛さや、思うように動けない臨月の苦しさの中でも、「がんばろう」と思えました。

そう、自分ひとりで守っているわけではない、妊娠初期から、多くの人たちの優しさやいたわりが赤ちゃんを育んでくれ、「ひとりぼっちじゃない子育て」はすでに始まっているのかもしれません。

 

次回に続く

 

ベビーシッターさんを卒業する時。 ~「ベビーシッター」を利用して(6)~

ベビーシッターさんを卒業する時。

~ベビーシッターを利用して(6)~

白川 優子(ライター)

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長年ベビーシッターさんに見守られて育ってきた子どもたちですが、いつしか大きくなり留守番できる時間が伸び、ママやシッターさんと遊ぶよりお友だちと遊ぶ方が楽しくなってくる。

そんな時期がいつかやってきます。

 

下の娘が小学校にあがり、保育園の送迎もなくなると、ワーキングママ生活もぐっと楽になりました。高学年になった息子は友だちと遊んだり、一人で習い事に出かけることが多くなり、一年生になった娘は「どうしてまだ『ベビー』シッターさんなの?学童にも行けるよ!お友達もいるし」と度々言うようになりました。

とはいえ子どもたちはそろって、まだまだシッターさんが来れば楽しく遊んでいましたし、しばらく様子をみていましたが、子どもたちもほとんど体調を崩さなくなり、学童も活用できているのを見て、「そろそろベビーシッターさんも卒業かな?」ということになったのです。

 

ところでどの家もそういうわけではないかもしれませんが、我が家の子どもたちはシッターさんが帰ってしまう時は毎回不満げでした。

特に下の娘は、私が帰宅すると、「ママが帰ってきてうれしい」気持ちと「シッターさんが帰ってしまう」という気持ちをどのように処理したらよいか混乱してしまうのか、とても機嫌悪くサヨナラすることがほとんどでした。時には「なんで終わりなの!遊んでくれないの?バイバイ!!」とプンプン怒ったまま目もあわせずお別れすることも。

けれども、「今日で○○さんは最後なんだよ」と言う日、

とても聞き分けよくサヨナラをした後、シッターさんが家の門を出てしばらく見送ってから部屋へ戻ると、娘はとても静かに、シッターさんが残していってくれた折り紙のおもちゃを眺めて言いました。「もう、○○さんは来ないんだね。いっぱい遊んでくれて、楽しかったのに。でも、もう私『ベビー』じゃないからベビーシッターさんは来ないんだね」

 

ベビーシッターというのは本当に不思議な存在だと思います。先生でもなく、友達でもなく、親戚に預けるのとも違う。まったくの他人であるのに、子どもの成長を一緒に見守り、共有してくれた人。そして間違いなく子どもたちの記憶に、「時々遊んでくれたシッターの○○さん」と記憶に残る存在であるということ。

子どもたちはシッターさんが、来なくなってからも、「○○さんと遊びたいな」とふと言うことがあります。

小さな胸に刻まれた、シッターさんとの思い出を、いつまでも大事にしていってほしいと感じます。

 

※ベビーシッターさんとの関わりを綴ったテーマのエッセイは今回で終了となります。次回からはテーマを改めて掲載いたします。

 

ベビーシッターさんの記録は宝物。 ~「ベビーシッター」を利用して(5)~

ベビーシッターさんの記録は宝物。

~ベビーシッターを利用して(5)~

白川 優子(ライター)

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前回、ベビーシッターさんが書いてくれる記録は大切だということを書きました。この話をシッターさんにすると、「そんなに楽しみにされていると、もっと頑張って書かなければと思います」「本当は文章があまり得意でないので・・・」などとおっしゃる方もいます。シッターさんによって、かなり力作を書いてくださる方もいれば、簡潔に、短い内容の方もいました。けれども、文章の長い短い、得手不得手に関係なく、行間からはあふれんばかりの愛情を感じ取ることができました。

 

例えば幼い頃から、自分の通知表で楽しみにしていたのは、3だの5だのという評価ではなく、先生が一人一人の様子を書いてくれるコメントだったのではないでしょうか。それは、他の人が自分のことをどう見ているのか、確かに見ていてくれるのだ、という安心感、肯定感だったのかもしれません。

同じことが自分の子どもにも言えて、オムツを何時にかえたとか、ご飯をどれくらい食べたかということも大切だけれど、「~をして○○と言っていました」「~という反応でした」と様子を書いていてくださるのは、確かにわが子を見ていてくれたという安心材料であると共に、母親以外の目にわが子がどう映るのか時に新鮮で、時に、子どもの隠れた気持ちを教えてくれるものでもありました。

 

下の子が生まれたばかりの時にみてくれたシッターさんは、いつも枠からあふれるほどに細かく子どもたちの様子を記録してくれ、「お二人の反応が楽しくて、つい長くなってしまうんです。」とおっしゃってくださいました。4歳だった上の子はともかく、下の子に関してはまだ動き出さない、お話もしない赤ちゃんですから、そんなに毎回今日はこうでした、ああでした、と、書くネタがあるのかな?とも思っていましたが、感心するほど毎回違うご報告をしてくれます。それは、24時間同じことの繰り返し-オムツ、おっぱい、オムツ、おっぱい、の循環をしているようにみえて、実は赤ちゃんは様々な反応をしてくれていて、そして日々わずかではあるけど何かできるようになっていることが増えている・・・ということを客観的に私におしえてくれたのです。

 

上の子に関しては、まさにネタの宝庫といった感じで、様々書いてくださっていたのですが、ある日の記録でとても心に残る報告をくださいました。

私が、しばらく下の子にかかりっきりになっていた時のことです。上の子はシッターさんと遊んでいました。下の子に「○○ちゃーん、オムツかえようね」とお世話をしていると、「アーアー、ンーン」と喃語が返ってくるので、「○○ちゃーん、気持ちいいね」とたくさん話しかけていました。するとキャッキャとよく笑うので、楽しくなってかなり長い時間相手をしてしまい、その時もしかしたら上の子はちょっとさみしかったかな・・・と後から思ったのですが、シッターさんの記録を読んで、ハッとしました。

記録にはこう書かれていました。「お母様と○○ちゃんが会話を楽しんでいるのをじーっと聞いていた△△くん。『ママと○○ちゃん、すごく楽しそうだね!』と笑顔で話してくれます。うらやましいとか、さみしいという表情ではありません。△△くんのおおらかさと優しさを感じました。」

 

何枚もたまってきた手書きの報告書は、もう10年以上たっているものは色も変わり、子どもの落書きやこぼしたコーヒーで読めなくなっているものもありますが、私の心には永久保存される宝物になっています。