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2000年2月

ヤマンバと母性

2000年2月号

『ヤマンバと母性』 中舘 慈子

初めてヤマンバに逢ったときはちょっとびっくりしました。
ヤマンバ、もちろん後ろから見ると年齢不祥の白髪、前に回ると茶色の顔にキラキラメイク、おいらんのように高い靴をはいたあのお嬢さんたちのことです。

最近、東京女子大学教授林道義先生の「母性の復権」という本を読みました。
「1999年6月26日にテレビ朝日で放映された『放置!餓死!コギャルママ育児放棄』では、子どもを餓死させた20歳になるかならないかの母親数人にインタビューしていたが、全員が異口同音に『子どもの頃可愛いがられなかったので、どうして可愛がったらいいか分からない』『母としてよりも女として生きたい』と言っていたのが印象的であった。」
と、その中で述べています。

ヤマンバギャルが白髪をぼさぼさふりたてて、長いとがったつめで、泣き喚く赤ちゃんを扱いかねている様子を、いつかテレビで見た、パンダの母親が足元に寄ってくる毛の生えていない新生児を気味の悪い物体のように放置して立ち去った姿とダブらせて想像しました。

林先生は続けて、「母がおかしい。母が母でなくなっている。子どもを優しい気持ちでかわいがり,子どもの状態に気を配り無条件で守ると言う母の姿が、どんどん少なくなっている」「もっと深刻なのが、子どもを『分からない』と感じる母親である」と述べて、これらの現象を「母性が壊れている」という言葉で表しています。
ここまでくると、ヤマンバでなくても、恐らくかなりの母親の「母性が壊れている」ことになってしまうのではないでしょうか。

私は、初めて生まれたばかりの赤ちゃんを抱いたとき、やはり不安でした。「分からない」と思いました。悲しげに泣く我が子が何を訴えているのか分からなくて、悲しくさえなりました。

こんなとき、横でシッターさんや父親や母親の母が、「それは、おなかがすいているのだと思うから、お乳をあげて御覧なさい。」と、アドバイスすることで、母親はお乳を飲ませ、赤ちゃんを泣き止ませることができます。「おむつがぬれている」「暑すぎる」「かゆい」「ねむい」「甘えたい」……色々な原因があると思います。

人間の「母性」は本能として備わっていると言うよりも、形作られていくものだと思います。初めは「分からない」と思っても「分かろう」と努力を続けていけば良いのだと思います。シッターさんや、保育士さんだって研修や実習をするではありませんか。母親は「母性」が備わっているから、赤ちゃんの心がすぐに「分かる」はずというのは、少々乱暴な考え方だと思います。言葉なきメッセージを読み取るのに、学習や経験が必要なのが人間の子育てだと思います。それには、シッターさんや祖母の出番が必要なのです。

さて、さきほどのヤマンバギャル達ですが、「おちちをのませるなんてえ、かっこうわるくてえ、できないよねおむつとかあ、きたないしい…」「やっぱりい、おんなとしていきたいとかあ、おもうからあ…」

母親に可愛がられなかったと思っている彼女達は、母親のアドバイスに傾ける耳も持たないでしょう。シッターさんに頼もうという気持ちや条件がそろえば良いのですが…。

ヤマンバの「瀕死状態の母性」を「子どもって本当にかわいくて面白くて…」「ヤマンバよりもやさしいママになりたい」と、よみがえらせるのには、思い切ったこころの大手術が必要となりそうです。