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2000年8月

少年と老人

2000年8月号

『少年と老人』 中舘 慈子

2000年春、17歳の少年が60代の女性を惨殺した事件が、続いて起きました。いずれの女性も第2次世界大戦を経て、激動の時代を60数年生き抜いて支えてきた貴重な方々でした。一人は元小学校教諭で幼児教室を開き、「事件を起こす少年たちの心を受け入れてあげたい」と、尽力されてきた方ということです。

昔、東洋では「老人」は賢者として尊敬されました。知恵と知識の宝庫だったからです。若者は老人から、生きるための知恵や昔から伝わる知識を学びました。今、日本の若者は老人から知恵も知識も学びません。特に、知恵よりも知識の尊重される時代です。

知識は、情報化社会の中で、様々なメディア、テレビ・インターネット・雑誌などを通じて日々新たなものが伝わってきます。多くの知識や情報は横文字が並び、メディアを使いこなすには器械の操作が必要です。老人は横文字も器械の操作もなれるのに時間がかかります。こうして、若者のほうが老人よりも知識が豊かになり、さらに新しい情報を得ていきます。

今、若者は老人から学びません。老人も若者に伝えません。世代の断絶が深く暗い淵となって存在する時代のような気がします。従って、若者は老人を尊敬しません。老人は自信を喪失します。これは子育てにも言えるのではないでしょうか。少年は親を尊敬しない、親は少年に対して自信がない。少年は、上の世代は不要のものであるという錯覚に陥ってしまいます。

17歳にとって老女から学ぶものも無いし、すでに若い日々が過ぎ去った存在というゆがんだ思いを抱き、だから殺してもよいというとんでもない発想に至ってしまったのではないでしょうか。

もちろん、これだけが連続した殺人事件の原因ではありません。少年の気質、環境など様々な要素が複雑に絡み合ってのことだと思いますが。

ここで、「年長者を敬わなければならない」というような「べき論」の修身や道徳教育を持ち出すことは全く考えていません。むしろ老人、親・・・上の世代が後に続く世代に(少年になる前子供時代がいいですね)多くを伝えていくことが必要なのではないでしょうか。それは、「知識」ではなくて「知恵」です。世代の違う第三者、シッターさんとの深いかかわりもよいチャンスだと思います。

最新の知識よりも大切なもの、生きる上の知恵を、上の世代から後に続く世代に伝えていきたいものです。