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2001年2月

~ファミリー・サポートのお客様の声から~

2001年2月号

~ファミリー・サポートのお客様の声から~

『根づいてほしい、シッター制度』 M.S

私のシッターさんとのおつきあいは、早くも2 年半になりました。子どもが0歳児のときは、保育ママさんのご都合がつかないときにお願いしており、1歳になり保育園に入ってからは、毎日のお迎えでお願いしています。今まで述べ10人くらいの方々にお世話になりました。ベテランの方、若いお姉さんのような方、さまざまです。これまでの方々を見て、勝手な私見を述べさせていただくと、若手の方は、子どもに対して「ベビーシッター」として向き合うような傾向が強く、ベテランの方は、どちらかというと親に対しサポート的に接している方が多いように感じます。それぞれが長所であり、またこちらも勉強になります。

私の不満は、ベビーシッターさんの認知度が一般的にとても低いことです。自分の社内、社外を見渡しても、ほとんどの方は(しかもお母さん側がほとんどですが)定時に無理して退社して、保育園の迎えに行くようです。東京都の保育園などは(住んでいる区や市によってもさまざまでしょうが)ほとんどが6 時で終わり。終業が5 時半の私などはとてもとても行けません。
しかしながら、いつもメディアが問題点として取り上げるのは、保育園の延長時間のことばかり。確かに、延長保育は親にとってありがたいことなのですが、そのメリットは親の都合であることを忘れてはいけないと思います。子どもにとっては家は自分の城。毎日お迎えに行ってもらえることはもちろんのこと、家庭で夕食を食べられること、シッターさんと二人であそんでもらえること、さまざまなメリットもあると思うのですが・・・。
早くベビーシッター制度が文化として根づき、利用者が特別な感じをもたなくても済むような日が来ればいいな、と思っています。

~ファミリー・サポートのシッターさんの声から~

『シッターの器(うつわ)』 真貝 美江子

わが社のモットーの一つに、まずは"受容してください"というのがあります。"受容"とは―辞書に「受け入れて取り組むこと」とあります。目の前の子どもを受容する―長所はもちろん受け入れやすいですが、短所も受け入れなければなりません。いろいろなタイプの子どもがいます。やさしい、おっとり、丸い人間としての子ども、逆にトゲトゲがたくさんあってデコボコの器の持ち主もいるでしょう。
いろんな形の器を持った子どもたち、その子どもたちの器は、もって生まれたものに、身近な父、母の性格、育った環境にも大きく影響されて作られてくるのです。またさらに、祖父、祖母の影響も直接・間接的にかかわってきます。
そういう様々のものを背負った子どもの器を丸ごと受け入れるには、こちらの器もいろんな形になって対応できるよう柔軟にしておかなければなりません。子どもにとって、初めて出会うどこの馬の骨とも分からないシッターとの出会い。まず、この大人は私(ボク)のことを受け入れてくれるのか、何をしても抱えこんでくれるのか、本能で見極めてしまいます。シッターの器を"私はこうだ"と形の決まったものにしておくと、いろんなタイプの子どもの器を取り込めないでしょう。だからシッターの器は"ない"方がよいのかもしれません。なければ、子どもの器に合わせていろいろな器をつくることができるから…。
いろんな器をもった子どもたちに対応できる"透明な器"をもったシッターを目指して頑張りたいものです。あともう一つ忘れてはならないことは、子どもの器はいくらでも変わり得るということ。だから可能性が大きいのだと思います。その柔軟な器に、1つでもよい影響を与えられるような器をもったシッターでありたいと思うのです。

(日本小児医事出版社「ベビーシッター」より引用)