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2001年5月

「飴玉ひとつ」の苦悩

2001年5月号

『「飴玉ひとつ」の苦悩』  H.H

これまでに幾度か、別のシッターさんが、散歩の途中でお菓子を買ってくれることがあったようですが、今回は、新しいシッターさんがおもちゃやさんでおもちゃを買ってくださいました。私が帰宅すると、子どもは自分が欲しかったおもちゃを手にし、満面の笑みをうかべておりました。それもそのはず。うちでは、おもちゃはあふれているので、もう、できるだけ買わないように、なんとか子ど
もをいいくるめているのですから。
子どもは、絵本やテレビにでているおもちゃ、友だちが持っているおもちゃを際限なく欲しいといいます。最近も、テレビで流行し、多くの小学生がもっているおもちゃを欲しい欲しいとねだっていました。友だちがもっているからといって、すぐに買い与えず、少しは我慢させようと、あえて買いにいかず、うちにある材料でいっしょに作りました。絵本にでているおもちゃも、すぐに欲しいといいま
すので、作れば?と幾度も言っているうちに、材料はないかな?と聞いてくるように、やっとなってきました。子どもと一緒に工作をするのは、時間もかかるし、面倒ですが、あえて、買いにいかないために、つきあっています。何でもすぐに買ってもらえるのではなく、がまんをさせ、自分でつくる工夫をさせるために、どれだけ、親が子どもをなだめすかし、時には叱り、エネルギーを使っていることか。おもちゃを買ってやることや、子どもが欲しいといったお菓子を買ってあげることは、どれだけ簡単なことか。
こんな苦労を日々重ねているのに、シッターさんがある日、いとも簡単に子どもがねだるもの、あるいはねだりもしないのに買いに行こうというのは、あんまりです。親の日ごろの苦労を踏みにじるものです。その場限りで、子どもにいい顔をしていただくと、その後の修正に数倍の苦労を要します。シッターさんは、子どもがあんまりかわいいので・・・とおっしゃりますが、かわいければ、かわいいだけ、その場限りでないエネルギーを使って、子育てのお手伝いをしていただきたいと思います。それが、親のやろうとしていることですから。
シッターさんの役割は、親が見られない時間、モザイクを埋めていただく仕事なのではないでしょうか。モザイクは、その日一日、体調はどうなのか、その週、新学期始めての午後までの幼稚園で疲れていないか、その月、幼稚園の先生、シッターさんが代わって緊張していないか、その年、親は子どもに何をしつけているのか、数年間、どういう家庭教育をしているのか、などなど、モザイク一つ一つが独立しているわけではありません。たったひとつのモザイクの色が違いすぎては、子どもは戸惑うばかりですし、親は元の色にそめるのに、手間がかかります。もちろん、少しは違った色目もいいと思ってシッターさんに御願いするのですが、違いすぎては困ります。
シッターさんは、子どもにその場限りのいい顔する前に、永く親に気に入られたいと、考えてくださらないのでしょうか。それに、親は、子どもをしつけ、日々苦労しているのに、おいしいところだけ、シッターさんにとられては、あんまりではありませんか?こんな自分の本音にも気づき、少々愕然としております。
シッターさんにおもちゃを買っていただいた後、これは困ったことだと子どもには内緒でそっと人に相談しておりましたら、子どもなりに、親の困惑を察し、寝るときには、シッターさんが買ってくれたおもちゃはきちんと片付け、親が以前与えた別のおもちゃをわざわざ取り出して、抱いて寝ました。こんな子どもの気遣いに胸が痛みます。
私のようないじの悪い親は少数派でしょう。しかし、私の考えに同感だと思われる親御さんも、数は少なくとも、いらっしゃることと想像しております。
くれぐれも、上記は、我が家の特定のシッターさんに読んで欲しいものではなく、中舘社長あるいは、シッターさん一般に知っていただきたい私の気持ちです。
今後とも貴社のさらなるご発展をお祈りしておりますゆえ、あえて口うるさいクライアントになります。よろしくお願いいたします。

中舘:率直なご意見、いつもありがとうございます。
今回のようなことは二度と起こらないように、スタッフ全員に注意しました。保護者の皆様が日々苦労されていることをそのままサポートすることが、シッターの役割なのだと改めて思いました。保護者の方と繰り返し意思を疎通しながら、より近いモザイクの色になっていけるように努めて参りたいと思います。