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2002年10月

2002-10-01

2002年10月号

『完璧な親 完璧な子ども』  中舘 慈子

「最近の親は未熟だ」「親らしくない親が増えている」「親が親になりきれないのでは?」こんな言葉を最近よく聞くようになりました。確かに、パチンコに夢中になって車の中に放置された子どもが命を落とす事例、ささいなことで切れて虐待に走る事例など痛ましいニュースがあとを絶ちません。
一方、ベビーシッターの現場では、むしろ「完璧な親」を目指すお母様たちの様子をよく聴きます。「完璧な親業」をこなそうと思うあまり、ささいな専門家のことばに傷ついて、子育てに自信を無くしてしまう方もあるということを。子どもがたくさんいたころの子育ては、もっとおおらかなものだったような気がします。だれも「完璧な親」になれないことを知っていたと思いますし、たとえ「完璧」でなくても、複数の大人達が子どもと関わることが、人と人との間で生きていく力を育んでいったのではないかと思います。気になるのは「完璧な親」が「完璧なよい子」を育てようとすることです。ひょっとすると「完璧なよい子」を期待されて育って来た世代が「完璧な親」を目指しているのかもしれません。
子育てに一つの答えはありません。きょうだいでも同じ出来事に対する反応は違うものです。一人一人の子どもによって、対応する方法も様々です。もちろんマニュアルどおりに「完璧に」育つ子供はいません。大切なことは自分の前にいる子どもが今、何を考えて何を望んでいるのかを両親でしっかりと見つめることではないでしょうか。とはいうものの、目の前にいる自分の子どものメッセージや気持ちを見つめ、ありのままに受け入れるということは、なんとむずかしいことでしょう。私自身も、幼稚園の先生の一言にはっとさせられた経験があります。自分の子どもに対する夢・期待があるでしょうし、自分の分身のように同化して考えることもあるでしょう。自分以外の子どもには理性的に接することができても、我が子には感情的になってしまう経験を親になった方は体験していることでしょう。それも当たり前のことです。親というものは「親ばか」で、時には「感情的に怒ってしまう」こともあるのです。ここでもあまり「完璧」を目指さずに自然体でよいのではないでしょうか。乳幼児期に親に愛情豊かに育まれた経験、温かくありのままに受け止めてもらえた経験が豊かにあれば、少しくらい怒られた記憶は消えてしまいます。
もちろん、子育てをするときに、子どもの発達や食生活・病気等に関する基本的な知識や子どもとの上手な接し方などの子育ての智恵があったほうがよいと思います。昔からの「子育ての智恵」にはなかなか核心を突いたものや、心休まるものがあります。
ベビーシッターは、知識と智恵を備えた家庭での子育てのサポーターです。もちろん「完璧なベビーシッター」を目指すというよりも、それぞれのご家庭、それぞれのお子様の気持ちを受け止めることを大切に考えています。ひょっとすると自分自身が子育てに悩んだり育児不安に陥ったりした経験も持っているかもしれません。子育てに悩みや不安があるときには、ぜひ気軽にご相談下さい。
ご両親には、完璧を目指さず、もっと肩の力を抜いて楽しく子どもと関わって欲しいと思います。積極的に大勢の人のサポートを受けながら・・・。 子ども達は、大勢の大人達、様々な文化や価値観を持つ大人達の中で、人と人とのかかわりをたくましく学んでいくことができるでしょう。

※「児童心理」11 月号 特集「親の成熟 子どもの育ち」金子書房 は、ご両親にも保育者にもお薦めしたい本です。私も「親の育ちと子育てを支援する ベビーシッターと協力する」を執筆しています。