ホーム>子育てエッセイ>2005年11月

2005年11月

新しい「家族」の形

2005年11月第3号

『新しい「家族」の形』』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

これまで、取材やシッティングをつうじて、たくさんの家族と出逢ってきた。そして実感しているのは、現代社会には、さまざまな家族の形があるということだ。「家族=血のつながりのある人間関係」という漠然とした定理は、もはや時代遅れなのだろう。

この数年で、もっとも増えたなぁと感じているのが、母子と母親のパートナーである男性とが支えあって生きている家族である。入籍はしていないので、法律上、その男性は母親の夫でも、子どもの父親でもない。母子と男性は、いっしょに暮らすか、もしくはすぐ近くに住んでいて、男性は、保育園のお迎えなど、子育てにも協力的だ。子どもは男性を「お兄ちゃん」、もしくは「○○くん」と呼び、大層なついている。休日には家族そろって出かけたりと、はたから見ると、ふつうの家族そのものである。入籍しない理由は人それぞれだが、母親のほうが入籍を希望していないケースも少なくない。私の友人にも、そういう「家族」を築いている女性が数人いるが、彼女達いわく「子どもには、母親である私と二人だけの世界も必要だから」「彼も私も、夫婦という枠組でたがいを縛りあいたくないから」「一度してみて、妻の立場は自分には向かないことがわかった。生涯、一個人としての自分を大切に持ちつづけたい」などが主な理由である。

昨年は、子連れ同士の再婚によるステップファミリーを数世帯取材する機会があったが、かなりおもしろい取材だった。子連れ同士の良さは、なんといっても親子共々「おたがいさま」なことで、どちらかがどちらかに自分の子が世話になっているといった遠慮や肩身の狭さがないことだそうだ。「再婚して、これまではそれぞれが大変な思いをしてきた経済的問題、または家事、育児の問題が大きく改善したことで、おたがい、配偶者に多大な感謝の思いが常にある」など、父母にとっての利点をたくさん挙げてくれた。子ども同士の関係については、「親には言わない複雑な想いもあるだろうけど、今後の長い人生を歩んでいく上で、たとえ血のつながりはなくとも、子ども時代を共に暮らした「兄弟」の存在が、少しでも心の支えになってくれればいい」という親の言葉に、心から共感した。

そのほかにも、児童養護施設の子どもをひきとって育てている「里親家庭」や、複数の家族が共に暮らすグループファミリーの取材などをつうじて、家族というものについて、考えさせられることが多々あった。

今後、こうした新しい「家族」は、欧米のように増えつづけていくだろうと感じている。そのことにあまり肯定的でない人々の声も聞くけれど、それが結果的に、親だけでなく子どもにとっても以前の生活より幸福を感じられる環境であれば、それに越したことはないのではと感じている。

「認定ベビーシッター」の卵たち

2005年11月第2号

『「認定ベビーシッター」の卵たち』 中舘慈子

「今と昔では家族を取り巻く環境が全く変わった。子育てをするとき、昔は身近な人が助言をしてくれ、サポートをしてくれた。現代ではそれを補うために家庭をサポートする子育て支援の制度ができ、ベビーシッターはその中の一つであることがわかった。

今日の講義では母親が子育てから離れてリフレッシュをすることでより子どもを大切なものとして捉え、子どもと向き合うことができるということに気付いた。また、いろいろな大人とのかかわりの時間、環境が少なくなった現代の子どもたちにとっても、ベビーシッターの存在は新鮮であり良い刺激となることがあるということがわかった。」「今日の講義でベビーシッターの重要性が少しわかったような気がしました。既存している施設型保育では対応しきれない部分をサポートする(リフレッシュタイムを作ってあげるなど)ことで、家庭状態や夫婦関係、子育ての仕方が良好になったというお話を聴き、やりがいのある大切な仕事だと思うと同時に、とても感動し、興味がさらに湧きました。」

9月から目白短期大学で「在宅保育論」の講義を始めた。約50名の学生たちは保育士資格と「在宅保育論」2単位が取れると「認定ベビーシッター」の資格を取得できることになっている。授業が終わると、講義の重要なポイントと、感想を書いて提出してもらっている。上記は「本日の講義で特に心に残った事柄を書きなさい」という私の問いかけに対する学生の答えである。学園の木々は美しく紅葉し始め、子ども学科のある校舎にはハムスターせきせいいんこ亀などの小動物も飼われている。豊かな環境で学ぶ学生たちは少しおしゃべり好きでときどき私に怒られたりしているが、「子ども」に関する仕事を目指すだけあって明るく優しい。

短大や大学における「在宅保育論」開設は長い夢だった。施設型保育とは異なった専門性を必要とする保育、施設型保育だけではカバーしきれない子育て支援を行う保育である在宅保育について学ぶことは学生たちの視野を広くするに違いない。「ひとりひとりの子どもの心を受容し、共感する」ことは、施設型保育に従事するようになったとしても、将来子育てをするようになったとしても役立つと信じている。できれば、より多くの学生に「ベビーシッター」として、子どもたちの優しいお姉さん役として活躍して欲しい。

少子化VS子どもが欲しい独身女性

2005年11月第1号

『少子化VS子どもが欲しい独身女性』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

先日、会社勤めをしていた頃の先輩と久しぶりに飲んだ。2年半前、結婚相談所に入会した彼女は、週末、会員男性に会うたびに、翌日、興味津々な後輩たちにその様子を実況中継してくれた。姉御肌で気さくな彼女が、私は大好きだった。

そんな彼女が、結婚相談所をつうじて出会い、結婚を申し込まれたけど、その気になれず、それっきりだった男性と1年ぶりにまた会い、結婚することになったのだ。居酒屋で鍋をつつきながら、彼女は淡々とその過程を話してくれた。「正直、全然タイプじゃないし、去年出会ったときは、勢いで結婚しても長くつづかないかもって思ってやめたんだけど…。でも、私ももう37だし、このまま、どんどん年をとっていって、子どもがいない人生を送るよりは、たとえ離婚することになっても、子どもは産めるうちに産んでおいたほうがいいと思ってね。彼は子ども好きで、すぐに子どもをつくることに同意してくれてるし…」真面目にそう語る彼女の横顔を見ながら、私は、数日前の「少子化」をテーマにした取材での、有識者たちの「現代の女性は、自分自身の人生を優先したい欲求が強くて、なかなか子どもを産みたがらない」といった見解とのギャップを感じていた。

もちろん、そういう女性もいるだろうが、現実には、子どもを産みたい、持ちたいと切実に思っている独身女性もいっぱいいる。でも、結婚相手に巡り逢えなかったり、恋人はいても、相手が結婚を考えてなかったりと、なかなか子どもを持てる環境にない。なかには、「主人があまり子どもを欲しがってくれない」「なかなか子どもを授からない」のを理由に、離婚する既