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2006年7月

赤ちゃん力(あかちゃんりょく)

2006 年 7月号

『赤ちゃん力(あかちゃんりょく)』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

先週から、主人の東北地方での個展がはじまった。廃線の危機にひんしているようなローカル線の旅をこよなく愛する夫は、会社員時代に鉄道のある風景画を趣味で描き始め、とうとう5年前、無謀にも会社を辞めて、絵描きの道を志すことになったのだ。退社後、知人がひとりもいない福島に移り住み、アルバイトしながら絵を描く夫を、幸運にも、たくさんの地元の人々や地元メディアが応援してくれた。3年前から、毎年夏には県内数ヵ所で個展を開催するようになり、今年もまた。その季節になった。昨年の暮れに、埼玉に戻った夫を、変わらず応援しつづけてくれる福島の人々には夫婦共々、心から感謝している。「御主人のお人柄ですよ」と言われるたびに、謙遜しながらも、夫の温厚さ、素朴さ、謙虚さは国宝級だと私も内心、認めている。

初日から数日間、私と6ヶ月の娘も個展会場にいるのだが、全身ぽちゃぽちゃで、よく笑う娘はまさしく「客寄せパンダ」で、大勢のお客様にだっこされ、会場に笑いと和みをもたらしている。不思議なもので、誰でも、娘を抱いてあやしているとき、なんとも穏やかな優しいまなざしになる。ひとりひとりがなんとも言えない、技巧的でなく、内側からやさしさが滲みでてくるような、いい表情をするのだ。赤ちゃんだけが持ち得る不思議な力が、そうさせるのだろうか。特に、70~80代の方々の、遥か遠い昔を思いだすような、少し切なさの混じった慈しみの表情が心に染みる。まだ、60代の私の親や主人の親には見られない表情である。人生の最終章に入ったことを自覚している人だけが抱く、赤ちゃんへの特別な想いがあるのかもしれない。

来場くださった方の中には、心の病気を患っている方もいたが、8キロになる娘を1時間ほどだっこしつづけ、「赤ちゃんてあったかいですね」と笑った。「よかったら、何度でもいらして、娘をだっこしてあげてください」と言ったら、「本
当ですか?」と花が咲いたような表情になり、「また来ます」と笑顔で帰っていった。

日頃の育児の中では、娘にたいして、その弱さ、危うさばかりが感じられ、「赤ちゃん=つねに大人が守ってないとだめな弱い存在」と思い込んでいた。でも、「ひとりじゃなにもできない」娘が、そのやわらかく、あったかいぬくもりと笑顔で、これだけ多くの人々から、やさしさをひきだし、心を明るくしている現実に、赤ちゃん力(あかちゃんりょく)の凄さを感じている。

ベランダ越しの親切

 2006 年 7月号

『ベランダ越しの親切』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

洗濯ものがなかなか乾かない梅雨どきは、「晴れ=洗濯」である。昨日は朝からいい天気だったので、さっそく布団をベランダに干し、洗濯を開始した。大量の洗濯物をベランダに干し終え、掃除機をかけ、離乳食をつくった後、ようやく寝返りをうちはじめた娘に添い寝して、しばらく相手をしているうちに、いつのまにか寝てしまった。

「松本さぁん、松本さぁん!!」人の声でぼんやりと目を覚まし、目をこすりながら、「そうそう、私は『松本』だった...」と起き上がった。結婚後も、仕事は旧姓でつづけているため、今だに「松本さん」と呼ばれても、ときどきピンとこ
ないことがあるのだ。宅急便だと思いこんで玄関へ向かったら、「松本さぁん!」という声がベランダのほうから聞こえてきた。「...あれぇ、うちじゃないわ。どこか近所にも『松本さん』がいるのかなぁ」と思いながら、ぼんやりしていたら、「雨!雨!」という声が聞こえ、3秒後、私はすべてを理解した。隣の奥さんが、ベランダごしに、雨が降ってきたから、大至急、布団と洗濯物をとりこむよう、叫んでくれていたのだ。
「きゃぁ~っ!!」ベランダに飛び出し、隣のベランダで、慌てて洗濯物をとりこんでいる奥さんに「ありがとうございます!」とひと声叫び、とりこみを開始した。まだ、雨はパラパラ程度だったが、布団は屋根がない柵に干しているため、一刻を争う。日頃の腰痛も忘れて、必死の思いでとりこんだ。幸い、まだ被害は少なく、布団はソファや椅子にかけて乾かすことにした。

夜、帰宅した夫にその日のエピソードを話しながら、二人で「隣の奥さんに感謝だねぇ」と言いあった。昨年の秋、ここに引越してきたときと、娘が生まれたときに挨拶に行っただけのおつきあいだが、うちの布団と洗濯物を心配して、ベランダごしに何度も叫んでくれたことが、とてもうれしかった。親元を離れ、東京で暮らした十数年の間に、漠然と「都会では皆、わずらわしい近所づきあいを求めてない」という概念を抱くようになり、隣人とはほとんどかかわることがなかった。でも、隣人からの親切がこんなにうれしいなんて、自分でも少し驚いている。

フィレンツェの幼稚園視察旅行から

2006 年7月号

『 フィレンツェの幼稚園視察旅行から 』

中舘  慈子

6 月 23 日  イタリアフィレンツェの2つの幼稚園の視察に行ってきました。  

○尊重することを学ぶ園  
ひとつは伝統的なカトリックの園  Scolopi。 道路に面した大きなドアを開けると、その中はもう Scolopi。重厚な美しい絵が壁にいくつも飾られていました。とても魅力的な美人、副学長の Laura  Gallerani が、ぶしつけな私たちの質問に1 時間あまり快く答えてくださいました。  今は小・中学校が併設されており、秋から保護者の要望に応じて幼稚園を新設するとのこと。日本の幼稚園でしたら 4 クラス分には当たるかと思う虹色の柱のあるスペースが、約 20 人の新入園児のために用意されていました。  印象的だったのはさながら小さな科学博物館のような理科室。剥製の鳥や動物が自然の生態のように飾られていたこと、「音」「光」「動力」などさまざまな分野の実験器具が展示されていて授業で実際に使うということ、もちろん骸骨もありました。小学校のころ科学室の骸骨はこわかったし、独特なにおいがしたのをちょっと思い出しましたが、もちろんこれほど充実していませんでした。イタリアでは小さいときから「本物の環境」を与えることを大切にしているのだとため息をつきました。  

園の方針は「教育する」というより「一緒に過ごすことを大切にすること」「遊びの中で学ぶこと」。大切にしていることは「他の友達を尊重すること」「ものを大切にすること」「場所を大切にすること」。こんな環境の中で人を大切に尊
重し、地域や国を大事にする気持ちが育まれるのかもしれませんね。  

○夢を育む園  
次に行ったのはインターナショナルスクールKindergarten。こちらはハンサムは副園長先生  Leonardo  Amulfi、がやはり 1 時間以上質問に答えてくださいました。  
この園はいろいろな国の  どちらかというと恵まれた層のこどもたちが通っていて、日本人も通っていたそうです。ちなみに80%が共働きですが、母親の職業は医師  弁護士  教師などということ。手作りの昼食(もちろんパスタやピザ!おいしそう・・・)やおやつがついて、1 ヶ月 400 ユーロ。日本の感覚から行けば結構安いのではないでしょうか。  開園時間は9時30分から18時。ただし16時以降が延長保育扱いになるそうです。  毎日の活動に「座ってきちんと集中する時間」「自由にのびのびと動く時間」のほかに「面白いことをする時間」があるというのがとても印象的でした。「面白いこと」というのは、楽しいし、大人になっても必ず「面白いこと」をさがせる人になるし、いいですね。「面白いことを生み出す力」を育むというのは。 

さらに、1 年に 1 人、空想上の人物を作ってイメージを膨らませる  という活動があるそうです。今年は「巨人」。子どもたちがみんなでシチュエーションを作って、物語を作っていくのです。「プロジェクト活動」のようなものかと思われますが、「空想上の人物」というところが面白いですね。  「面白いことをする」「空想上の人物を作る」って、実は人間にしかできないすばらしい創造性、想像力、そして夢を育むのではないでしょうか。  飾ってある絵や壁面構成は、類型的なものが並んでいて、ちょっと日本の幼稚園のよう・・・・。でも、はじけるような笑顔のかわいい園児たちは「夢見る天使」のようでした。  

日本の幼児教育  保育のあり方が今大きく変わろうとしています。もちろん利用者のニーズにあった園作りは大切ですが、園として子どもに何を与えていくのか、何を育むのかといった理念を忘れてはならないと思います。