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2006年9月

娘に怒鳴ってしまった日

2006 年 9月号

『娘に怒鳴ってしまった日』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

9月に入っても厳しい残暑がつづいている。8か月の娘には、冷房つけっぱなしはあまり良くないので、暑さが最高潮の午後の数時間のみ冷房をつけ、後は窓を開け放して扇風機をフル活用している。蒸し暑いときは、娘のごきげんもすこぶる悪い。かわいい我が子といえども、暑い季節に大声で泣きわめかれるというのは、実に不快極まるものだ。特に、お夕飯の支度をしている時間帯の黄昏泣きがひどい。あまりの大泣きぶりに料理を中断して、しばらくだっこすることもしばしばだ。(おんぶしながらの料理は、熱いものに娘が手を出して危険なので、しないことにしている)それでも、いっこうに泣きやまないときなどは、こっちが泣きたくなってくる。とうとう先日、なにをしても泣き止まない娘に、イライラが頂点に達して「うるさい、うるさい、うるさぁ~い!!」と、本気で怒鳴ってしまった。

娘は一瞬、びっくりした顔をして泣き止んだが、数秒後、全身エビぞり状態で、さらに激しく泣き叫び始めた。怒鳴ってしまった罪悪感と、やりきれなさで胸がいっぱいになり、つつつと涙をこぼしてしまった。「あぁ、これが積もり積もっ
ていくと、育児ノイローゼや虐待にエスカレートしていくんだなぁ...」と哀しく思った。
布団に寝かせた娘の背中をポンポンすること1時間、ようやく泣きやみ、さぁ、お夕飯づくりを再開しようと台所にたったとき、ピンポ~ンとチャイムが鳴った。出たら、隣の奥さん(たぶん、50代)が「田舎から、さつま芋がいっぱい送ら
れてきたから」と紙袋をくださる。ありがたくちょうだいしながら、「いつも娘の泣き声がうるさくてすみません...」と言ったら、「そんなに聞こえないわよ」と笑って言ってくれた。充分、聞こえているはずだが...。

夜、お夕飯を食べながら、もしかしたら、というかたぶん、隣の奥さんは、私の本気の怒鳴り声を聞いて、心配になって様子をみにきたのかもしれないと思った。だとしたら、素直にうれしい。娘に怒鳴ってしまった後、私は深い孤独感を噛みしめていた。でも、実はそんな私と娘を心配してくれる隣人がいたのだ。子育てや介護が大変そうな家には、隣人がおすそわけの品を手に、さりげなく様子を見にいくことが慣習化していくような、そんな地域社会を築いていくことが日本の少子高齢化を支える一歩だと思う。

イマドキの若者

2006 年9月号

『イマドキの若者』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

今年の夏の甲子園は見ごたえがあった。安易かもしれないが、今年の甲子園全体をつうじて、「これほど素晴らしい高校生達がいるんだから、そして、これだけ多くの国民が純粋に心打たれているんだから、日本もまだまだ大丈夫」と感じいってしまった。実際、多くのニュース解説者たちも同じ趣旨のことを口にしていて、そのたびに「皆、同じ気持ちなんだ」とニヤリとしてしまう。「イマドキの若者」は「捨てたもんじゃない」どころか、「スバラシイ」ケースもあるのだ。

甲子園の余韻がまだ冷めない中、先週、伊豆の実家から埼玉まで、ベビーカーに娘を乗せてひとり電車で戻ってきたのだが、このとき出会った「イマドキの若者」についても、ぜひ書きとめておきたい。彼も、私に「日本も、まだまだ大丈夫」と感じさせてくれたひとりである。

熱海で伊豆急行から東海道線に乗り換え、ベビーカーを押しながら車内にのりこんだ。隅の席に二十歳くらいの若い男性が、ヘッドフォンステレオを聴きながら、眼を閉じて座っている。長い足を大きく開き、音も多少洩れていて、くちゃくちゃとガムを噛み、いわゆる「周囲の迷惑を考えないイマドキの若者」に見えなくもなかった。次の駅に電車が止まったら、その若者はブスッとした仕草でたちあがり、私とまったく眼をあわさずに下車した。「やった、席があいた」と、私はいそいそとベビーカーを押し、その席に座った。それからしばらくして、娘がむずがりはじめたので膝にだっこしながら、なにげなく隣の車両をガラスごしに見たら、なんと先ほどの若者が奥のほうに座っているではないか。下車したふりをして、隣の車両に乗り換えていたのだ。たぶん、赤ちゃん連れの私に席を譲るために。

彼が降りたのは、私と同じ終点の東京駅だった。ホームに下りたとき、前方5メートくらいの位置を彼が歩いていた。お礼を言いたかったが、言われたくないだろうと思い、彼の背に向かって心でお礼した。黒い無地のTシャツの背に白いロゴで「ほっといてください」と書いてあるのが、おかしかった。どこで販売しているTシャツだろう。これがこの夏最後の、いい思い出だ。

バンビーノ子育て相談シリーズ 2 「おむつはずれ」

2006 年 9月号

『バンビーノ子育て相談シリーズ  2  「おむつはずれ」』

回答者  中舘  慈子

Q.
3歳5ヶ月の男の子です。2歳のときにおむつをうまくはずすことができませんでした。夫婦でおむつをはずすことに一生懸命なのですが、言えば言うほど反抗的になります。失敗するとついいらいらして、強い言葉で怒ったりしてしまう自分自身にも罪悪感を持ってしまいます。来年からは幼稚園に入れたいのですが、このままではとても心配です。

A.
一般的に、排泄の自立というのは  おしっこがたまったことがわかる⇒いまおしっこをしてはいけないと我慢できる⇒トイレに行っておしっこをする  という流れができることですが、発達には個人差があります。  おしっこの感覚が 2 時間くらいになってきたらそろそろおむつはずしの時期かもしれません。家では床が汚れず、濡れた感覚がわかるトレーニングパンツを使うのも良いと思います。床が汚れてもあまりいらいらしないお母さんなら、いきなりおむつからパンツでもいいかもしれません。紙おむつにも子どもに濡れた感じがわかるものなどいろいろありますので、お店の人に確認してみて下さい。  お昼寝の後などおむつに出ていないときトイレに連れて行き、もし出たときにはうんとほめてあげましょう。出た後に教えたときも、叱らずにほめてあげてください。  

さて、ご質問のお母様ですが、失敗するといらいらする気持はとてもよくわかります。幼稚園に行けるのかしら?  と心配される気持もよくわかります。
しかし、みんなおむつはずしに悩んでいるのです。私も子育てをしていたころ、タイミングがずれて一日中おもらしになっていらいらすることがよくありました。しかしいつの間にか、ちゃんとトイレでできるようになりました。  今は「子どもがトイレに行きたいという気持ちが育てば自然に外れる」ということで「おむつはずれ」ということばもあるくらいです。「いつか必ずおむつが外れるときが来る」わけですから、おむつばかりに気持をとらわれることなく、お子様とのふれあいを楽しんでいただければと思います。おむつが早くはずれるよりもお子様が日々楽しく過ごすことのほうが大切なのです。意外とお母様の気持がおむつ以外のことに向いたときに、すんなり外れるものです。  お子様と幼稚園を見に行って、幼稚園に入ったら、楽しいことが待っているというようなわくわくするようなお話をしてみたらいかがでしょうか。