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2006年12月

子育て中の妻と夫

2006 年 12月号

『子育て中の妻と夫』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

これが、今年書く最後のエッセイである。去年の今頃は、臨月の大きなお腹をさすりながら、このエッセイを書いていた。年明け早々に子どもが産まれてからのこの1年、毎月、月半ばと月末に、このエッセイを書きながら、子育てや夫婦の関係など、いろいろなことを考え、自分自身に問うてきた。中でも「夫婦」という、この不思議な関係について、よく考えた気がする。

子どもができる前と後では、夫婦の関係はずいぶんと変わるものだ。それまでは、妻(女)として、夫(男)としての役割だけだったのが、おたがい、母として、父としての役割も担うことになる。夫が私を見る目も、「妻」としてだけでなく、「母」としてどうかが含まれていくのだ。

この1年の私について尋ねたら、「母」としては、かなりの高得点だった。たしかに、はじめての子どもということもあって、ズボラな私にしてはずいぶんマメにいろいろやってきた。毎日、離乳食も凝ったものをつくっているし、家事の合間に、娘と遊ぶひとときも大切にしている。いっぽう、「妻」としては赤点で、私もその判定に反論する気はない。離乳食づくりに追われて、お夕飯は三日に一度は焼き魚だったし、掃除もサボり気味だった。その上、家にいるときは、ひっつめ髪にすっぴん、しかもよだれなどで汚れてもいい部屋着ばかり着まわすといういでたちで、たとえ夫に浮気されても、仕方ないかと思わざるを得ない。

たぶん、私に限らず多くの妻は、子どもという手のかかる(お金もかかる...)存在が新たに登場すると、子どもを育てていく使命が最優先になり、妻として、女としての点数は限りなく低くなっていくと思う。それが原因で、浮気に走る夫も世の中には少なくない。だが、取引先の男性編集者に言わせると、深夜でも、娘の泣き声に飛び起きて授乳したり、だっこして部屋をうろうろする妻の姿に、多くの男性は、これまでとは異なる新しい感情を抱くらしい。言葉で表現するのは難しいが、近い言葉を探すと、「いじらしさ」「健気さ」「慈しみ」「母の崇高さ」らへんが該当し、女として、妻としての魅力はガタ落ちでも、「まぁ、いいか」と思えるのだそうな。

だが、世の夫たちのその感情も、いつまでもつかはわからない。子どもがいても離婚する夫婦は、もはや珍しくない。「せめて週に一度はスカートをはき、お夕飯は夫の食べたいものをつくる」。これが、来年の私の抱負である。

友達夫婦からの変化

2006 年 12月号

『友達夫婦からの変化』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

今日は、私の誕生日、そして二度目の結婚記念日である。昨年の今日は、予定日まであとひと月の大きな大きなお腹を抱えて、長野県の上田市にある宅老所(高齢者デイサービス)へ泊りがけの取材に行っていた。夕方、取材を追えて、夜8時頃、駅の改札まで迎えに来てくれた夫の姿を見たとき、柄にもなくホロリとしたことを覚えている。

私は転勤族の子で、ふるさとと呼べるような、帰りたいと懐かしむような場所は、地球上のどこにもない。でも、というか、だからこそなのかもしれないが、改札の向こうで手をふる夫の姿を見たとき、漠然と、この人が私とお腹の子の帰る場所なんだと感じた。私の帰る場所は、地名でも建物でもなく、人なのだと。

翌年の1月に子どもが産まれてから、私の仕事量はガタンと減り、当然、毎月の収入も減った。それまでは、おたがいに生活費を出しあって暮らしていたのだが、当分は私の収入はお小遣い程度である。夫は絵の仕事のかたわら、塾の講師のアルバイトをするようになり、週3~4日は帰宅が夜11時過ぎになった。アルバイトに行くようになってから、絵を描く時間が大幅に減ってしまい、雑誌のイラストの締め切りに追われて、深夜まで絵を描いている夫に、申し訳ないような気持ちになった。

でも、ほとんど夫の収入で生活するようになったこの1年で、私も夫も成長したと思う。夫は大黒柱としての責任感が増したぶん、人間としての深みも増してきたし、私は私で、以前よりも夫に対して優しくなった気がする。共稼ぎだった頃は、夫とは限りなく対等な友達夫婦で、家事はそれなりにやっていたけれども、夫を立てたり、夫に尽くすといった妻らしさがなかった。だが今は、疲れている夫をいたわってあげたいと思えるし、かつてはキツイ口調で言っていた文句も、多少はオブラートに包むようになった。長い夫婦の歳月の中では、ひとときくらい、どちらかの収入だけでやっていく時期があったほうが、関係性にも変化が生じていいのかもしれない。もちろん、私が稼ぎ頭になるケースも含めてである。

数年後、娘の手がかからなくなったら、また、本格的に仕事をしたいとは思う。でもそうなったら、夫に対する今のこの優しい感情を失わずにいられるか、不安でもある。

帰り道 思わず笑う私

2006 年 12 月号

『帰り道  思わず笑う私』

森田公子(クラブ  デル  バンビーノ  チーフサポーター)

先日、NHKでの臨時託児室でのお仕事のときのことです。
スタジオパークも見学させていただき部屋に戻ると、かつお君似の 10 歳くらいの男の子が近づいてきて、
「ねえ、芸能人でしょ?」
私はキョロキョロ辺りを見回して、「誰?」。
その子の指先は私の鼻先へ。「日曜日出てるよね。見たことあるもん。」
「違いますよ。私  シッターだもの。」
「え~~  サイン欲しいよ~~。」

冗談とも本気とも、からかわれているようでも・・・・。妹さんもいっしょに「サインして欲しい♪  ♪」合唱しています。
「廊下にヒゲの人いるでしょ。付き人でね。」
「ア!  本当だ!」
「サインなんか上げると怒られちゃうのよ。」
「やっぱり芸能人だ~~」

小さい子と遊んでいるシッターは、後ろでクックッと肩を揺らして笑っている。もう根負けで(日曜日の番組って  サザエさん?  と思いながら)「磯野公子」とサイン。
「やった~!  ありがとう。あれ?  いつもとぜんぜん違うね。化粧も服も。」
スタジオ収録が終わったお母様に、小躍りして紙をヒラヒラさせて、
「お母さ~ん、サインだよ」。
お叱りでもいただくかとドキドキしながらお母様の前で頭を下げる。
「あら、あなたが磯野公子さん?  お世話になりましたね。」とてもおおらかである。
「私、子どもたちに言っておいたんです。“NHKにいる人はみんな芸能人。サインもらいなさいね”と。」

アハハハハ  高らかな笑い声。一本とられました。明るい家庭はこのようなお母様からと、ほっとしました。帰り道、「私ってサザエさん?」と思いながら、ひとりで笑ってしまいました。