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2007年3月

水辺の光景

2007 年 3 月号

『水辺の光景』   中舘  慈子

蓮の枯れた茎の折れ曲がった直線が、池の面に無数に突き刺さっている。その下をさまざまな種類のかもが、あるものは水面下にもぐり、あるものは仲間同士ふざけあい、春の初めの温かくなってきた水の感触を楽しんでいる。一羽のキンクロハジロが、つと潜ると、長い長い潜水を始めた。潜っている水面には小さな波紋が広がり、隠れているつもりなのかもしれないが、居場所はすぐにわかる。

数分とは経っていなかっただろうが、かなり長い時間の潜水のあと、キンクロハジロは頭をぶるぶるっとふるわせて、果敢に水面に上半身を現した。「うまい  うまい」と手をたたくとこちらを一瞥して、また長い潜水を始めた。なんとなく、人間の視線を意識しているようだ。暫くして水面に顔を出すと、きょろきょろとあたりを見回している様子が、なんとも愛らしかった。

さまざまな鴨の仲間、ユリカモメなどが集まっている一角があった。近づいてみると父親と幼い女の子がパンをちぎって池に投げていた。二人とも言葉を交わすわけでもなく黙々とパンを投げ続けている。女の子の顔は真剣である。パンはあまり遠くに飛ばずに足元の水に落ちることもあるし、うまくちぎれずに大きなまま池の中に落ちて、強そうなユリカモメ1羽がそれをくわえていくこともある。女の子は何を考えていたのだろうか。穏やかな優しい時が流れていた。

また少し歩くと、「・・・しなくちゃだめだよ!  わかってんの?」という金切り声が聞こえてきた。母親が二人の子どもを怒鳴りつけながら歩いているところだった。子どもたちは特に悪いことをしているわけでもなく、黙って母親に従っていた。いらいらした空気があたりを震わせていた。

次は2歳くらいの子どもが大泣きをして、父親に抱かれて歩いている光景と出合った。その横で母親が子どもに怒っている。2歳児は、眠いか、疲れたか、おなかがすいたか、のどが渇いたか・・・いずれかのときに、わけのわからないことを言って大泣きする。そんなときに怒って、ぴりぴりした気持ちにさせても逆効果である。それがわかっていても、母親だって疲れていることもいらいらすることもあり、あとで反省したりするのだろう。

肩車をしている父親と、二人乗りのベビーカーを押している父親の横を談笑しながら歩く二人の母親ともすれちがった。幸せそうだった。

どちらにしても、家族で休日を楽しもう、子どもを喜ばせようと水辺に来た人たちには違いない。親にも子どもにも良い思い出がたくさん残っているようにと祈らずにはいられなかった。 学生時代の友人たちと束の間のおしゃべりの時間を楽しみにきた水辺だったが、どうしても子ども連れの家族の光景に目が行ってしまった。少し気になったのは、いらいらしている家族が日本人の家族だったことである。

在宅ワークママのシッター活用

2007 年3月号

『在宅ワークママのシッター活用』
     
浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

このところ、「教育と愛国心」をテーマにした長編ルポにかかりきりになっている。1歳の娘の相手をしながらの執筆で、なかなか仕事がはかどらずにイライラしがちな私を見かねてか、とうとう夫が「たまにならベビーシッターを頼んだら」と言った。その瞬間は「私が家にいるのに、もったいない」と感じもしたが、「それで仕事の質も効率もあがって、娘と私の精神状態も落ち着くのなら」と、トライしてみることに決めた。

もっとも集中したい日時を決め、クラブ  デル  バンビーノにシッターを依頼する。早速、幼稚園や保育ルームでの勤務経験がある 50 代のシッター、Sさんを紹介された。承諾後、前日の夜、Sさんから確認の電話を頂く。丁寧な話し方と、やさしげな声にほっとし、電話による第一印象ってこんなに大きいんだなぁと実感した。私は、かつてシッターをしていた頃、はじめて伺うシッター先に、こんなに感じよく電話をかけていただろうか。

当日、最寄のバス停までSさんを迎えに行ったら、50代とは思えない上品なマダムが立っていてびっくりした。歩きながら、おしゃべりもはずむ。家に到着すると、Sさんはソックスをはきかえ、エプロンをつけて手を洗うと、早速、娘と遊びはじめた。はじめはもじもじしていた娘だが、5分もしないうちに遊びはじめ、私はお茶をいれて簡単な説明をすませると、即、仕事部屋にこもり、仕事を開始する。ときおり、「さっちゃん、すごぉい!」とほめられて、きゃっきゃと笑う娘の声が聞こえるたびに、「さすがプロだわ~」と、にんまりしてしまう。

だが、1時間を過ぎた頃から、娘が泣き出した。心配で様子を見にいき、授乳する。それでも泣きやまないので、夜の離乳食をちょっと早いけどチンして、Sさんに食べさせてもらうことにする。仕事部屋に戻ってからも何度か泣き声が聞こえたが、ここでまた出ていっては、シッターを頼んでいる意味がない。心を鬼にして耳栓をし、一心不乱に仕事をつづける。たったの3時間でも、集中すれば、こんなに進むものなのだと我ながら驚くほど、はかどった。

終了10分前にリビングに戻り、お茶を飲みながら、最近、受けようか迷っていた水疱瘡の予防接種などについて相談する。育児の先輩でもあり、保育士や幼稚園教諭の免許を持つSさんのアドバイスは、とても心強い。帰りもバス停まで送るという私にSさんは恐縮したが、私がもう少しSさんと話したかったのだ。夜道をおしゃべりしつつ歩きながら、シッターには、育児中の母親の孤独感や閉塞感を癒す要素もあるなぁと思った。まだまだ、日本ではシッターの利用は経済的に余裕のある家庭に限られているけれど、企業だけでなく、自治体からの補助などでシッター利用がもっと普及すれば、母親の育児ノイローゼや虐待も確実に減るだろう。
 
帰宅後、Sさんが記入したサービス実施確認表を読む。私が仕事に没頭している間、娘とどう過ごしたかが詳しく書かれていて、「もうそんなことができるんだ」など、私が知らなかった、または気づかなかった娘の側面も知ることができておもしろい。おむつチェックもまめにしてくれている。娘は久しぶりにじっくりと遊んでもらったせいか、しごくご機嫌でお風呂の後はすぐに寝ついてくれ、久しぶりにゆったりとした夕食後のひとときを過ごした。Sさん、ありがとう。