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2007年4月

小学1年生

2007 年4月号

『小学1年生』 中舘  慈子

今から、半世紀以上昔のこと、今の保護者の皆様のお父さん、お母さんの小学校時代の話です。私は、疎開先の三重県で育ったので、幼児教育を受けることもなく、小学校に入りました。一人っ子だった私には、初めての小学校での体験の印象は強く、こんな出来事を覚えています。

一年A組の担任は谷内先生でした。セピア色になった昔の写真を見ると、若くて目の大きいキリッと美しい先生でしたがごつごつ硬い感じがしました。隣のB組の後藤先生はふわふわとやわらかい感じがして、なんだか優しそうでした。  

ある日「よくできました」「もうすこしがんばりましょう」と桜の花の中に書いてあるはんこが先生の机の上に出しっぱなしになっていたので、休み時間にみんなで手に押して遊んでいました。授業が始まりあわてて席に着くと、先生はいきなり怖い顔をして「はんこをいたずらしていた人は前に出なさい」と言いました。正直に前に出た子もいたし、出ない子もいました。私は手を挙げて前に出ました。  「はんこを押した手を上げなさい」と言われ、ほかの子たちは片手を上げたのに、私ひとり両手を上げました。右にも左にもはんこを押して遊んでいたのです。

先生は一人一人の頭を黒板にぶつけて怒りました。いやな気がしがしました。正直に前に出た子だけが辱められていたからです。しかもそれだけで済まず、あやまりかたが悪いと先生は鬼のような顔になって三人を廊下に追い出しました。京都から来ていたはつこちゃん、せつこちゃん。そして東京から来ていた私でした。  「そうや  なきまねしよ」   せつこちゃんが言いました。廊下にうつぶして泣きまねしているうちに、悔しくて悔しくて涙が出てきて、廊下に黒い染みをつけました。  

「立たされとんのやな」 「この子  ほんまに泣いてはるわ」   上級生が顔を覗いて通り過ぎていきました。  

「そうや  後藤せんせのとこ、いこ」?
「A組やから  ええくみや」と言っていた私たちですが、後藤先生のB組ならどんなによかったかと内心思っていました。私たち三人は後藤先生の教室にすたすた入っていきました。 不条理というものを初めて知った1年生の思い出です。

生殖ビジネスのゆくすえ

2007 年 4月号

『生殖ビジネスのゆくすえ』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

先日、タレントのMさんが米国の女性に代理出産を依頼して生まれた双子の男児について、最高裁がMさん夫妻の実子と認めない判決を出した。けれども、「立法による速やかな対応が強く望まれる」と、認める法律の整備を促しているところが興味深い。

代理出産の是非については、ケースごとに理由も異なるので、なんとも言えない。子宮を摘出した女性にとっては、遺伝子をひきつぐ子どもを持つにはこれしか手段がないわけだから、禁止するのも酷である。けれども、米国では「体型をくずしたくないから」、「仕事を中断したくないから」「高齢出産なので、障害児が産まれたら困るから」といった理由で代理出産を依頼する女性のケースもあるというから驚きである。もっとも恐れるのは、米国を中心とする、民間業者が介入しての「生殖ビジネス」が、坂道を転がる勢いで世界に普及していることだ。

多くの人々が米国を嫌う理由のひとつに、生命誕生の神秘や倫理を無視して、どこまでも合理性を追求するお国柄があると思う。その最たるものが精子バンクではないだろうか。実際に見たことがある人の話によると、精子カタログには提供者である男性の最終学歴や、体格、瞳の色、なかには顔写真まで掲載されているそうだ。もちろん、精子を提供した男性はビジネスとして報酬を得ている。シングルマザーが珍しくない米国において、子どもは「夫婦の愛の結晶」ではなく、女性がひとりで「選んで買えるもの」といっても過言ではない。

いっぽうで、代理出産は、女性が「子宮で胎児を育てる機能」を使って多額の報酬を得るというビジネスになっている。経済的に苦しい状況の女性が、お金のために何度も代理出産を引きうける事態にだってなりかねない。もっとも懸念するのは、もし、代理出産で産まれた子どもに障害があった場合、依頼者は「立派に育てよう」という確固たる意志が持てるのだろうか。

最近は韓国や東南アジアなどでも、民間業者が米国よりも遥かに低価格での代理出産をあっせんしているという。このまま、民間業者による生殖ビジネスがエスカレートしつづけたら、10年後には、女性は子どもが欲しいと思ったら、精子カタログで好みの男性の精子を購入し、仕事のブランクをつくりたくないので、自分の卵子を提供してお金さえ払えばOKの民間業者による代理出産で別の女性に産んでもらうということが珍しくなくなっているかもしれない。

人間は簡単に手に入るものほど、その価値を見失うものである。せめて、不妊に悩む夫婦のみを対象にした、政府が管理する「非営利」の生殖補助医療機関ができることを願う。