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2007年6月

家がほしい!

2007 年 6月号

『家がほしい!』 浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

今、私達が住んでいるのは賃貸住宅である。ふりかえれば、大学生の頃から約17年に渡って、家賃を払いつづけてきているわけで、これまでに払いつづけた家賃を、ざっと計算すると信じられないほどの額になった。な、な、なんと、1300 万円である...。 これに、家賃以外の礼金や敷金(ほどんど戻らなかった)、更新料、不動産屋への手数料などをプラスしたら、と思うと、ぞっとして計算する気が失せた。「これだけ払ってきて、なにひとつ自分のものになってないんだから、家賃ほど無駄なものってないよねぇ...」。夫と二人、深いため息をついてしまった。

そして、とうとう私達も不動産の購入を考えるようになった。予算は恥ずかしいのでここには書けないが、もちろん中古ねらいである。最寄駅から徒歩30分以内、都心まで在来線で片道1時間半以内と、かなり条件はゆるいのだが、なかなか予算内で希望条件を満たすものに出会えない。やはり、群馬か栃木までくだるしかないのだろうか。だが、あまりくだると、早朝に東京駅や羽田空港を発つ地方取材にさしつかえてしまう。

先週、遊びに来た田舎の母に、この話をしたら、34年前に神奈川県の横須賀に家を買ったときのことを話してくれた。「小さな建売住宅だったけど、ちゃんと庭もあって、縁側もあってねぇ。それまではずっと社宅住まいだったから、二階のベランダで布団を干しながら、庭で子供達が遊ぶ様子に見とれてしまうこともあったわ」。

そうなのだ。わたしもやはり、家事をしながら、娘を太陽の下で遊ばせられる「土のある庭」がほしいのだ。そのためには、やはり予算をあげて、夫婦でもっと仕事を増やさなくては!
 
...でも、私はこれまで、家のローン返済のために夫婦共働きでがんばる家庭をたくさん見てきた。どこの親も、子ども達のために家を買っているのに、当の子どもたちは親と家で過ごす時間が少なすぎることが淋しそうだった。わたしも自宅仕事とは言え、パソコンに向かっている間は娘の相手をしてやれず、かわいそうな思いをさせている。夫と話しあったところ、当分はこれ以上仕事は増やさずに、上手に節約する方向で、貯蓄を増やすことにした。もうすぐスーパーのタイムセールの時間である。行かなければ!

はしか

2007 年6月号

『はしか』 中舘  慈子

「大学ではしかが大流行して、大学が閉鎖になった」ときいてびっくりした。上智大学に続いて早稲田大学も閉鎖だと言う。こんなことは前代未聞なのではないだろうか?
 
昔、はしかは怖い病気だった。はしかで亡くなる子どももいたから、私がはしかにかかったときも親は本当に心配しながら看病してくれた。今でも感染者の1000人に1人が脳炎を併発し、うち15%が死亡するという。 私が子育てをしていたころははしかのワクチンがあった。子どもたちには早速接種したから、はしかの看病をした経験はない。

それが今、なぜ大学生のはしかの大流行なのだろう?  おそらく今の大学生は、はしかの予防接種を受けていないからだと思われる。もちろん子どもの時にはしかにかかったことがないのだと思う。 大人になってからのはしかは、子どものころより重症になるといわれている。私も子どもたちが次々にかかった風疹が 35 歳にしてうつったとき、娘たちよりもはるかに重症だった。高い熱が出て体中がバンバンに腫れて動けなくなり、小学生の娘に病院まで薬を取りに行ってもらった。

同じように子どものときに体験していれば軽いことが、大人になってから体験すると重いことが色々あると思う。施設では子どもがけんかをするとすぐにとめる。けがをしてはいけないからだ。そして子どもはけんかの体験を知らずに育つ。叱られた経験、失敗した経験などもそうだ。子どものときに経験しておいたほうがよいことは何なのだろうか?  大学生のはしか大流行のニュースから、そんなことを考えた。

認知症の高齢者と子ども

2007 年 6月号

『認知症の高齢者と子ども』     

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

先週、夫と1歳4ヶ月の娘と、一泊旅行したときのことだ。私達は、とある民宿に泊まったのだが、食堂で夕飯を食べているときに、この民宿の家族であろう、おばあちゃんがやってきて、いろいろと話しはじめた。はじめは、私達も笑顔でうんうんとうなづきながら聞いていたが、十分もするうちに「どうやら、このおばあちゃんは認知症だ」と感じ始めた。

しばらくすると、民宿のおかみさんがやってきて、「あらぁ、すみませんねぇ。うちのおばあちゃん、ボケちゃってから、赤ちゃん連れのお客さんが来ると、いてもたってもいられなくなって、いつのまにかお客さんのところ、いっちゃうんですよ」と言う。

「おばあちゃん、子ども好きなんですね」。私がそう言うと、おかみさんが淡々と言った。「20年間、保母をやってましたから、ボケても、そのときの感情が今も残ってるんですかねぇ」。

結局、「私達も助かりますから」とおかみさんに言って、食事中、そのおばあちゃんに娘の相手をしてもらうことになった。娘をだっこしてほおずりしたり、ボールをころがしっこしたり、手をつないで歩いたりするおばあちゃんの目は、とてもいきいきとしてうれしそうだ。娘も、きゃっきゃと声をあげて笑っている。子どもをあやす技は、さすが元プロと思わせる。

これまで、福祉雑誌の取材で、グループホームやデイサービスなど、認知症の高齢者を対象とする施設をたくさん訪れてきたが、そのたびに「どんなに年をとっても、なにかしら役割を持つことが、生きるはりあいになる」事実を実感してきた。一度、「軽度の認知症の高齢者施設内に、保育士付きの託児所を設け、有志の高齢者に幼児と遊んでもらったら、保育士も助かるし、子どもも楽しいし、高齢者もはりあいが持てるから、一石3鳥では」という考えを口にしたが、「危険すぎる」という理由であっさり却下されたことがある。だが、今回の旅行での、あのおばあちゃんと娘の幸福そうな笑顔、あの仲良しぶりを思い出すたびに、私はまだ、この考えをあきらめきれずにいる。この高齢化時代に、認知症の高齢者が地域の子育て支援に有効にかかわれる方法が、なにかないものだろうか。