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2007年10月

自己肯定感を育む

2007 年 10月号

『自己肯定感を育む』 中舘  慈子

汐見稔幸先生の「親子ストレス」少子社会の「育ちと育て」を考える(平凡社新書)を読みました。その中に、次のような内容がありました。   
 
ある民間の教育研究所の調査で東京、中国のハルビン、アメリカ西海岸のサクラメント、スウェーデンのストックホルムの11歳の子ども3400人にアンケートをした。その結果、「あなたは勉強ができる子ですか?」「あなたは人気のある子ですか?」「あなたは正直な子ですか?」「あなたは親切な子ですか?」「あなたはよく働く子ですか?」「あなたはスポーツのうまい子ですか?」「あなたは勇気のある子ですか?」  というすべての項目で日本は最低の%を示した。 これは、自己評価、自尊心が極端に低いということ、予想以上に日本の子どもが自分に自信を持っていないことにつながる。

また、将来の見通しについて、次の項目で「きっとそうなれる」と答えた%も最低であった。「幸せな家庭を作る」「よい父(母)になる」「仕事で成功する」「みんなから好かれる人になる」「有名人になる」 現在にも将来に対しても悲観的であり、夢がないといえる。

これらの結果から、日本の子どもの自己評価の低さは、ある何かができないから私はだめだというような、対象が限定された感情ではもはやないと考えられる。もっと一般的に、日常的に、かつ何に対してもつい自己を卑下してしまうような心の構えができてしまっていると考えたほうが合理的であろう。 自己評価が低い  ということは、「ありのままの自分を受け入れられない」ことに結びつく。ありのままの、弱点も持ち味もいっぱい持っている、隠すことのない自分をそのままでいい、と感じる感情を自己肯定感というが、それが極めて低いと考えられるのである。

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要するに、ありのままの自分をそれでいいとあまり感じていない、というような心の状態である。
 
保護者は「こうあってほしい」という要求を子どもに抱きます。子どもは親や周囲の期待を敏感に感じて、それにそいたいと思います。「現代の日本の育児が、子どもの自然な感情や意欲の発現を上手にうながすのでなく、親の期待する行動の枠組みを先に示して、そこに子どもの行動を押し込んでいこうとする発想が強すぎる」と汐見先生は述べています。

自己肯定感の高い子どもを育むために、保護者はどんなことができるでしょうか。目の前にいるお子様を見つめ、それ以上を求めたり足りない部分を見つけたりするのではなく、ありのままに肯定的に受け入れることも、自己肯定感の高いお子様を育むことにつながるような気がします。自己肯定感の高いお子様こそ、将来伸びていく大きな能力を備えることができるのではないでしょうか。

はじめての大病をへて

2007 年 10月号

『はじめての大病をへて』        

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

1歳9ヶ月になる娘の「病気知らず」の記録は、先週、とうとうピリオドを打った。前日からの微熱が、翌朝には7度5分にあがり、はじめて病気で病院に連れて行った。のどが腫れていて、風邪と診断される。「多分、これから熱はあがるけど、けいれんや激しい嘔吐がなければ大丈夫です。熱冷ましは6時間の間隔を空けて、1日2回まで。食欲がなくても無理じいせずに、とにかくまめに水分補給するように」という先生の予想通り、それから娘は3日間、ほとんどなにも食べずに、9度前後の熱を出しつづけた。

幼子が9度の熱で苦しむ姿は、心臓が痛くなるほどつらい。おでこはもちろん、手足もびっくりするほど熱くなり、授乳のさいには、娘の口の中の熱さに、私が「あっち!」と言ってしまうほどである。つい、熱冷ましを与えたくなるが、医師の指示は守らねばならない。少しでも娘が楽になればと、アイスノンをあてて、夜通しだっこしつづける。

熱が下がり始めた4日めからは、なんと全身に赤い発疹が出はじめた。ピークのときは「ギャ~!!」と叫びたくなるほどだったが、「たぶん、2~3日でひく」という医師の言葉を信じて、処方されたぬり薬をぬりつづける。幸い、医師の予想どおり3日で消えて、昨日、8日めにして娘はようやく完治した。朝、久しぶりの笑顔で、娘が私を揺り起こしたときのうれしさといったら...。カーテンから差し込む朝日をバックに、発疹がひいた娘は天使のようにいとおしかった。
 
大変な一週間だったが、おかげで私も少し成長した気がする。あの、真っ赤な顔をして泣く娘の熱い体を抱いて、必死で神様に祈った心境を思い出せば、今、襖の落書きを発見しても、仕事カバンを荒らされても、以前のように激しく怒る気にはならない。「元気でいてくれるだけで、まぁ、いいか」と思える。日頃、娘を叱る私の声に辟易している夫は、「子どもも、たまには病気するもんだねぇ」といたくご満悦である。