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2008年11月

『訴訟風土の危険』

2008年11月号

『訴訟風土の危険』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

 

予定日まで、あと数日となった。自宅の電話の横には、主人が不在中、産気づいたさいに呼ぶタクシー会社数件の電話番号をメモした紙が貼ってある。先日、夫がそのいくつかに、営業時間と我が家の位置をどう言えば簡潔に伝わるかの確認の電話をしたのだが、困ったことがおきた。第一候補だった地元の大手タクシー会社が、「産気づいている妊婦さんは、付き添いの大人が同乗してくれないと困る」というのである。後部座席にひとりでいる妊婦が叫んだり、うめいたりしている状況では運転に集中できないし、万が一、事故を起こしたら大変だから、というのが理由らしい。主人が「自宅から病院までは、車で15分以内の距離なんですが…」とねばったがダメだった。

思うに、日本社会全体が、これだけリスクを極力回避するようになった背景には、米国をはじめとする欧米社会の「訴訟風土」が日本でも確実に浸透してきたからではないだろうか。被害者側が泣き寝入りしなければならない社会はよくない。だが、なにか起きたときに、お互いが相手の非を責めあうばかりでは、人は保身に走らざるを得なくなる。その結果、多少のリスクを背負っても、人として正しいと思うことをする勇気が希薄になる。現在の深刻な産科医・小児科医不足も、激務な上に訴えられやすいという実情があると思う。

先月、脳内出血を起こした妊婦が、8つの救急病院から受け入れを拒否され、結局、帝王切開で出産後、死亡するというなんとも痛ましい事件があった。昨日、御主人の記者会見をテレビで見たが、「誰も責めるつもりはない。妻の死をきっかけに問題が少しでも改善すれば、将来、母親が命とひきかえになしとげたことを、子どもに語ってあげられる」という言葉に、その無念さも伝わって、涙がこぼれた。たがいの非を責めあう訴訟風土ではなく、こういった切実な訴えと未来をみすえた思想こそが世の中を良くしていくんじゃないだろうか。