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2010年7月

『教習所通いをつうじて』

2010年7月号

『教習所通いをつうじて』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

 

いい歳をして、車の運転免許を持っていない。私の世代で、この年になるまで免許を持たない人は、ごく少数派なようで、持ってないことを告げると「なんで?」と驚かれたりする。その理由のひとつが、子供時代の、父親の運転する車での2度の事故体験だ。無傷で済んだものの、車が横転した時の恐怖は30年たった今でも覚えており、「運転=怖い」という思いはずっと消えない。しかも私は、なにか考え事や想像をしたり、過去のふりかえりをはじめると、すぐにぼんやりして視線も意識も遠くに行ってしまうという、非常に運転に適さない性質なので、たぶん、このまま、車の運転とは縁がないだろうと思っていた。

だが、とうとう運転せざるを得ない状況になってきた。理由はひとつ、主人が留守のさい、天候が非常に悪い時の子ども達を連れての外出が、あまりにも大変だからだ。自分だけなら、どうなろうとへっちゃらだが、子どもが雨でずぶぬれになったり、身体が冷え切ってしまうのは耐えられない。しかも、我が家の娘達はやたらと風邪をひきやすい体質ときている。約1年悩んだ末、一大決心をして免許をとることになった。

教習所に通いはじめて早2ヶ月、育児と仕事の合間をぬっての受講なので、かなりのゆっくりペースだが、ようやく仮免検定まで来た。実は、教習を受けるたびに実感していることがある。車の運転には「周囲にたえず気を配り、状況を把握して、自分がどう動くべきかをすぐに判断する力」や、「つねに相手の身になって考え、動く力」が必要不可欠である。ということは、人間関係において、もっとも重要な能力(スキル)を養う効果も多いにあるのではないだろうか。

私はこれまで、その能力がかなり欠落していたがゆえに、いわゆるKY(空気読めない人)として、人間関係で損をしてきたと思う。免許取得後の「車を運転する生活」が、物理的な利便性だけにとどまらず、私の人間性を少しでも向上させてくれるものであれば、こんなにうれしいことはない。