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2010年10月

『病児・病後児の保育』~ベビーシッターの役割第2回~

2010年10月号

『病児・病後児の保育』~ベビーシッターの役割第2回~

中舘慈子

 

「子どもが風邪で熱を出した!」

「水疱瘡がもうかなり回復しているのに、感染の恐れがあるというのでまだ医師の許可が出ず、保育所に行かせられない。」

保育所に子どもを預けながら働いているご両親は、子どもが病気になったとき、急に休んだり、長期にわたって休んだりすることが出来ず、とても困ります。今までの行政の施策は、「箱物」すなわち、病児保育所を増設するという発想でした。保育施設の建設費や維持費、医師や看護師などの専門職の配置などにどれほど高額な税金が使われているのでしょうか?感染症も含む病児に対応するためには個々の病気ごとに保育室が必要でしょうし、保育士もそれに伴って配置する必要があります。

そもそも、病児の保育に施設型保育が必要なのでしょうか?病気の子どもにとって、過ごす場が施設である必然性があるのでしょうか?

病児に関する研修を受けたベビーシッターが自宅に伺うという訪問型保育であれば、巨額な施設整備費はかかりません。また、病気が急変した場合などはお子様の日常をよく知っている主治医またはベビーシッター会社の提携している病院と連携することで、専門職が常駐している必要はありません。

何よりも子どもにとって、家庭は最もリラックスできる場、安心できる場です。病気のときだからこそ、自宅でくつろいで過ごすことが必要なのではないでしょうか?

病気は子どもの「疲れた」というメッセージだと思います。ウィルスや細菌が体内に入って発病するときは、子どもの体調そのものが優れないときだと思います。

訪問型保育であるベビーシッターに行政からの助成があり、利用料金の負担が軽くなれば、もっと手軽に利用できる制度です。必要とされる人件費のみ助成するということで行政の負担も大幅に軽減されるはずです。

2010年6月に作成された「子ども・子育て新システム」には「病児・病後児保育サービス」に「訪問型保育」の新設が検討されています。ぜひ、多くの行政がここに目を向けて、真の意味の「社会全体で子育てを支える仕組みづくり」を目指してほしいと切に思います。

 

『母子家庭とシッター』

2010年10月号

『母子家庭とシッター』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

 

前回のエッセイで、児童虐待防止に向けた署名活動について紹介したところ、驚くほどの反響があった。読んだ方から、「署名後、友達にあのエッセイがUPされているページのアドレスをコピーしてメールしたら、『即、署名して、自分も友達に送ったから』と返事が来ました」と言われたとき、大阪の事件以来、ずっと心にたまっていたずっしりと重たい砂が、ようやく少し取り除かれたような気がした。「子ども達を救わなければ」という切実な思いが、まるで終わらないリレーのたすきのように、次へ次へとつながって、枝葉のように広がって、社会が変わっていくような感覚を味わい、久しぶりに本当にうれしかった。勇気を出して、書いてよかったと思った。掲載してくれたことを、心から感謝している。

さまざまな意見交換をつうじて、現在、強く感じていることがある。それは、日本も今後、欧米のように、母子家庭が増え続けていく流れは避けられない現実であり、母子家庭支援のさらなる整備が、さしせまって求められているということだ。日本の母子家庭は、同居、もしくは近くに住む母親の実家が、子育てや経済面など、あらゆる面で支えているケースが非常に多い。だが、親を頼れずに、子どもを抱えてひとりで苦しんでいる母親も大勢いるわけで、そういう母親に「恋人(男)」としてではなく、「母親」のような立場で接し、支えてくれる存在が、各地域に必要だと思う。そのためにも、母子家庭を対象にしたベビーシッター(おばあちゃん世代が好ましい)の利用料金の助成事業が実現すればと思う。

子育てにおいて後ろめたい思いを抱えている母親の多くは、指導されたり、責められるのを恐れて、児童相談所などの行政職員との関わりを拒絶し、訪問されると居留守を使う。だが、シッターは、お金を払う側である母親のほうが、いわば「上」の立場で、しかも「いち民間人」なので、母親も身構えず、友人関係や信頼関係も築きやすいだろう。

シッターは、子育て中の家庭に上がりこんで、子どもと数時間過ごすという、もっとも、子どもの生活環境を把握しやすい職業であり、虐待の未然防止や早期発見のカギを握る存在だと感じている。