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2011年3月

大震災のなかで

2011年3月号

大震災のなかで

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

 

先日の昼すぎ、自宅で確定申告の書類作成を主人としていたら、グラッグラッと強い揺れを感じた。「うわっ、地震だ」「けっこう大きいよ」言いあっているうちに、立っていられないほどの激しい揺れが押し寄せる。ガタピシとガラスがきしみ、棚からさまざまな物が落ちる音に、思わず悲鳴をあげた。二人で桟につかまりながら、子ども達はより耐震性の高い、安全な保育園で良かったと思った。

激しい揺れはおさまったものの、余震がつづくなか、ひとまず外に出る。昨年度、自治会長をしていたので把握している、同じマンションに住む高齢者宅の安否確認を主人と手分けして行う。

地震で急遽、全校帰宅になったのか、すぐ近くの中学校に通う生徒達がぞろぞろと帰ってきていた。一階のドアの前で女子中学生が不安げにたたずんでいる。「どうしたの?」声をかけると、ぽろぽろと涙をこぼして、「中でネコが死んでるかもしれない」と言う。親は働いているので、夜まで帰ってこないそうだ。少女を励ましてドアを開けさせる。幸い、ネコは無事だった。いっきに表情が明るくなった彼女に、私達の部屋番号を告げ、怖くなったら来るよう言って、ひとまず自宅に戻る。

約10分後、強い余震があり、さっきの少女が青ざめた顔でやってきた。すぐに家にあげ、いっしょにおやつを食べる。こんなに余震があいつぐ状況にも関わらず、全校帰宅させる学校の判断に疑問を感じた。今は共働き家庭も、ひとり親家庭も多いので、「帰宅しても、ひとり」の子どもは少なくないだろうに…。電話がつながらない中、親も子どもが家にひとりでは不安で気が気ではないだろう。

夕方には娘達も保育園から戻り、テレビの地震報道に釘付けになりながら、余震のたびに5人で肩を寄せ合って過ごした。娘二人は、はじめは照れていたくせに、いつのまにか少女になついている。これまで、同じマンションとはいえ全く関わりのなかった少女と、我が家のリビングでこんなに親しく過ごしていることが、不謹慎だが、少しうれしかった。

夜7時頃、少女の母親が迎えにきて、涙をこぼしながら何度もお礼の言葉を口にする。笑顔で応対しながら、30年以上前、私が見知らぬ大人に助けられ、夜遅く家に送り届けてもらったときの、泣きながら何度もお礼を言っていた母の姿を思いだしていた。「連鎖」という単語が頭をよぎる。いつかこの少女も、人の子を守ったり助けたりすることがあるだろう。そのときはやはり、泣きながらお礼を言っていた、かつての母の姿を思い出すのだろうか。