ホーム>子育てエッセイ>2011年8月

2011年8月

放射能被害のなかで

2011年8月号

放射能被害のなかで

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

 

あの大震災から5ヶ月がたった今もなお、福島第一原発の放射能被害は続いている。子どもを持つ母親達は、「政府の報道はあてにできない」と、自ら購入した計測器で公園などを計測してまわり、それは福島県内に限ったことではない。原発から30キロ以上離れた隣県でも、高い放射線量をマークする「ホットスポット」が各地に出現し、福島とその近県の母親達は、目にはみえない被爆の恐怖に慢性的に疲れている。

私が住むさいたま市から電車で1時間の千葉県柏市には高い地域もあるそうで、柏に住む学友は4月には原発から遠く離れた関西の実家に子ども達を連れて避難していった。もちろん、御主人は仕事があるからひとりとどまっている。パパと離ればなれになっても、幼稚園や小学校が変わっても、被爆の危険や不安のない地域での子育てを選択したのだ。

「自分の意志でとどまる親や大人は、後で被爆による症状が出ても、ある意味、自業自得よ。でもね、決定権を持たない子どもを親の都合で巻き添えにしちゃいけないのよ。子どもに症状が出てから後悔したって遅いんだから」。理系エリートでキャリア志向の彼女が、休職してまで子連れ避難を決めた言葉には説得力があり、いろいろと考え込んでしまった。もし、私が住む地域が高い放射線量をマークした場合、私は主人と離れ仕事も捨て、子ども達を抱えて、遠く離れた場所に生活を移す覚悟と勇気を持てるだろうか。

福島は、主人が鉄道風景画家としての新たな人生のスタートを切った場所である。住いんでいた5年の間に、福島在住の友人知人がたくさんできた。そのほとんどが被爆を恐れながらも、仕事をはじめ、それぞれの事情で福島を離れることができずに住みつづけている。私にできることなどなにもない気がするが、せめて、いちライターとして、福島在住者の健康のための定期的な被爆検査の徹底や、校庭、公園等の洗浄、夏休み中の子ども達のために、安全な屋内遊び場の整備・拡充などを主張しつづけていきたい。

 

イヤダ!ヤメテ!

2011年8月号

イヤダ!ヤメテ!

中舘慈子(株式会社ファミリー・サポート代表取締役)

 

「だいすけがカーサに行きたくないっていうんです。のりちゃんがいじめるからって。こんなことは初めてで心配です。」

だいすけくんのママが心配そうに言いました。

のりちゃんははっきり主張の出来る女の子。いじめをしている様子はまったくありませんが、おっとりしただいすけくんにはかなり苦手なようです。だいすけくんはその場で自分の気持ちを伝えることが出来ずに、家に帰ってからママに切々と訴えたのでしょう。

ごうくんは2歳になったばかり。だいすけくんより1歳小さい男の子ですが、なかなかやんちゃで、時々口より先に手が出ます。

今日はおとなしく立っているだいすけくんをごうくんがひょいと押しました。だいすけくんは、さめざめと泣き出しました。保育者が優しくなだめても泣き続けていて、ほかの活動に入ることも出来ません。

それは、やっと機嫌を直してお茶を飲んだ後の一瞬の出来事でした。保育者が引き離す間もなく今度はかなり強くごうくんがだいすけくんを押したのです。

そのとき、保育者はだいすけくんに穏やかな調子でこう言いました。

「だいすけくん、ごうくんは仲良くしたいんだけど口で言えなくて押しちゃうんだよ。だいすけくん、そういういときは“イヤダ!”“ヤメテ!”と言ってごらん?」

すると、だいすけくんはのどをふりしぼって絶叫しました。

「ギャア~~~~!!」

次にかつて発したことのないほど大きな声で

「イヤダァ~~!!ヤメテェ~~!!」

と、言ったのです。

もちろんごうくんはびっくりしてとびのきました。

だいすけくんも、その後すっきりした顔でゆうゆうとあそび始めました。

だいすけくん、絶叫したときに心の殻がはじけ、外に向かって言葉を発することが出来たのですね。

「人生を拓くことば」を学んだのではないでしょうか。

「イヤダ~!ヤメテ~!」ということで、相手が手を引っ込めることを。勇気を出してはっきりと自己主張することが必要なことを。

(事実に基づいて書きましたが名前は仮名です。)