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2012年1月

姉の教え

ときめきエッセイ 第96回 

姉の教え

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

 

年が明けた。昨年は、全体的にも個人的にも、つらい年だった。年明け早々、哀しい話になってしまうが、年末に、乳がんによる呼吸不全で、11月半ばから入院していた姉の容体が急変し、永眠した。まだ、45歳だった。46歳の誕生日まで、あとたったの7日だった。

30日の通夜、大晦日の告別式を終えて、今は、ただただ、ぼんやりしている。東大病院の12階の病室で姉の付き添いをしながら、二人で過ごした時間を思いだしている。姉の笑顔、姉との会話、酸素マスクをして眠る姉の横顔、病室の大きな窓から眺めた上野公園、旧岩崎邸庭園の銀杏。付き添いを終えて上野駅と歩く夜、不忍池のほとりでふりかえり、いつも見上げた姉の病室の丸い窓。今月の付き添いの予定がすっぽりとなくなり、ただただ、ぼんやりしている。

姉の乳がんが判明したのは6年前だ。その2年ほど前から、体調がすぐれない状態が続いていたが、結婚して生活が変わったことによる精神的なものだと姉は思いこんでいて、心療内科に通院して薬を処方してもらっていた。その上、スペイン語の法廷通訳の仕事が忙しくて大変だったこともあり、結局、精密検査を受けずに無理して働きつづけるうちに、胸がひきつる感覚に気付いた。ようやく検査を受けたら、乳がんで、既に転移していた。そのことを電話で母から知らされたとき、私はまだ生まれてまもない長女を腕から落としそうになった。

手術はせずに、何度も薬を変えての抗がん剤治療やホルモン治療を続けながら、通院で、なんとかこの6年間がんばってきた。このまま、小康状態を維持しつづけてほしいと誰もが祈ったが、昨年の秋口から息苦しい症状が出始め、入院してひと月半で逝ってしまった。

もっと早く精密検査を受けていたら、早期発見、早期治療で、この先、何十年も生きられたかもしれない。美しく、正確なスペイン語で、もっと多くの人々を救えたかもしれない。そう思うと口惜しくて無念で、鉛を飲んだような気分になる。だからせめて、今、これを読んでくれているあなたに真剣に伝えたい「姉の教え」がある。

①たとえ、どんなに仕事や育児が忙しくても、年に一度は健診を受ける。 

②「最近、体調悪いな」と思ったら、先延ばしにせずに、即、受診する。

③それでも改善しなかったら、別の病気も疑って、他病院でも受診する。

この3つを守れば、あなたの人生は飛躍的に伸びる。各市町村でも、年齢性別ごとにさまざまな健診・検診サービスを、行政が無料、または僅かな自己負担額で提供しているので、問い合わせてほしい。

姉は、この3つを守る大切さを、健康にまさる幸せ、財産は存在しないことを、自身の身を持って、家族や親族はじめ、仕事関係者、友人知人、大勢の人々の胸に深く刻みこんでくれた。姉の教えを自らが守り、ひとりでも多くの人々に伝えていくことが、姉のなによりの望みだろうと自分に言い聞かせて、無念さを紛らわせている。