ホーム>子育てエッセイ>2012年5月

2012年5月

「楽しい子育て」への架け橋

「楽しい子育て」への架け橋 

保育スタッフ 今井 友子

 

テレビや新聞でしばしば「虐待」のニュースを目にします。目を背けたくなるような内容のンユースばかりですが、私には決して人事とは思えません。

不妊治療の末、双子を授かり、「子育てを楽しもう」と決心したものの、現実派甘くはありませんでした。親や夫の協力は少なく、常に睡眠不足で、体のあちこちが痛み出し、外出もままならない状況で、自分の精神のバランスを保つことは本当にたいへんでした。

しかし、そんな中でもいくつもの救いがありました。「本当にがんばってますね」といってくれた保健所の方、「2歳になればラクになりますよ」と教えてくれた保育園の先生、愚痴を言い合えるママ友達、そして初めてベビーシッターさんに双子を預けてひとりでランチに行けたときには、涙が出てきました。皆さんの助けの中で子どもの成長と共にいつしか「子育ては楽しい」と感じることができました。

ベビーシッターにはお母様の「たいへんな子育て」を「楽しい子育て」に変える力があると思います。子どもにとっては、お母さんが一番です。お母様の気持ちに寄り添い、慰め、共感したいです。

お子様の成長に気づき、よい行動や素晴らしい個性やかわいらしさをお母様にお伝えしたいです。それによってお母様のこころの余裕ができれば「たいへんな子育て」は「楽しい子育て」に変わり、お子様によりたくさんの愛情を注いでもらえると思います。そんな「楽しい子育て」への架け橋となるようなベビーシッターになりたいです 。

 

「お世話になった人たち」

「お世話になった人たち」 

保育スタッフ森田公子

 

3月に嬉しいことがありましたので、報告いたします。

中学卒業間近なA君がクラス文集を見せてくれました。 

A君が「将来豪邸に住みそうな人」ランキング第1位になっていたのも嬉しかったのですが、作文を読んでいくと、部活動、体育祭、合唱コンクールなどの思い出が多い中、A君は「お世話になった人たち」という素敵なタイトルです。

~略~

僕がお世話になったのは、先生、友達、知り合いの人たちです。 

~略~

知り合いの人とは森田さんと北海道の人たちです。森田さんは僕が小学一年生のときから(ベビーシッターとして)来てくれていて、晩御飯を作ってくれたり、一緒に出かけたりしました。

~略~

不安でいっぱいで大きなランドセルを背負って小学校入学したA君も高校生になります。 当時、弟君のシッティングでうかがうようになって、珍事件、思い出がいっぱいのご家庭です。

今ではご兄弟そろって大の仲良し。私にとって初レギュラーのお客様です。弟君もお誕生日を迎えると11歳になります。

もう少しお世話させていただけるかしら?

 

忙しい=幸せ?

ときめきエッセイ 第100回

忙しい=幸せ?

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

 

とうとう、このエッセイも記念すべき「100回目」を迎えた。連載がスタートした7年前、私は絵を志す夫と結婚し、新しい人生に踏み出した頃だった。翌年には長女、3年後には次女が生まれ、子育て、家事、仕事をするなかで、日々感じるさまざまな思いを、このエッセイにつづってきた。今、過去のエッセイを読み返しながら、改めて思う。過去の私と、2児の母になった今の私は、ずいぶん変わったなと。

かつての私は、いつも何かを追い求め、「現状に満足する」ということを知らず、走り続けているようなところがあった。漠然と、忙しいほうが幸せで、充実していてかっこよく、暇であることは淋しくみっともないような気がしていた。家で過ごす休日が嫌で、疲れていても、無理して予定をいれることも多かった。その根本には、「(忙しく充実していて)幸せな人と周囲から思われたい」といった、見栄や願望があったように思う。そのくせ、なにが自分にとっての本当の幸福なのか、真摯に考えることはなかった。

今の私にとっての最大の幸福は、「家族が心身共に健康で、穏やかな生活がずっと続くこと」、これに尽きる。昨年、姉を癌で失ってから、その思いはいっそう深まり、強くなっている。独身時代は健康なんて「当然」すぎて、あえて求める幸福ではなかった。「穏やか」はむしろ「退屈」で、それよりも「わくわくする何か」や、「成功」や「評価」を求めていた。「健康で穏やかな暮らし」に感謝し、幸せを感じたことなんてなかった気がする。きっとそれは、かつての私には「守るもの」がなにもなかったからだろう。

今思えば、独身の頃は身軽で気楽だった。時間もお金も自分のためだけに使い、自分のことだけしていたあの頃を、懐かしく思うことはしょっちゅうある。特に子ども達の病気の看病で、寝不足と不安の日々が続いたりすると、切実に思う。けれど、あの頃に戻りたいとは思わない。子どもの病気が治って、笑顔が戻ったときの、涙がこぼれるほどの幸福を知らない、あの頃の自分には。

今の私は、忙しいのが「心底イヤ」だ。多忙な日が続くと、目先にせまった「しなければならないこと」に追われて慢性的にイライラし、まず、家族に対する態度が悪くなる。家の中が汚れ、食生活も乱れ、睡眠不足になる。そしてなにより、日常の中で、物事を深く見つめたり、ふりかえったり、季節ごとに移り変わる風景の美しさや、子ども達の仕草に見とれたりする「ゆとり」が奪われていく。結果、心が痩せていき、私自身がスカスカになっていくのがわかる。

「一日じゅう家にいられて、のんびり過ごす日」を、なによりもこよなく愛する今の私を、かつての私が見たら「あぁ、みっともない。すっかりおばさんになっちゃって…」とため息まじりに嘆くのだろうか。