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2012年8月

いろいろな顔 みんな本当の気持ち

いろいろな顔 みんな本当の気持ち

代表取締役 中舘慈子

 

夏が通り過ぎていきます。子どものころの夏の思い出は感覚的にいつまでも残っているような気がします。線香花火の残り香、日焼けした肌のぴりぴりした感じ、眠くなるような油蝉の声・・・。

この夏、ふだんとは違う体験をされたお子様もいらっしゃるとでしょう。ご家族そろっての旅、ご家族のふるさとで自然に囲まれて過ごした体験、先生やお友達と塾で過ごされた日々、そして普段より長い時間シッターと一対一であそんだ夏の午後・・・。

小さなお子様でも、パパやママとご一緒のとき、先生といらっしゃるとき、おじいさまやおばあさまと過ごされるとき、シッターとお留守番されるときなど、はっとするほどいろいろな顔をしています。くつろいだお顔、緊張したお顔、寂しそうなお顔、一生懸命よい子にしているお顔・・・ いろいろな顔のすべてがお子様のそのときの本当の気持ち。

いろいろな人とふれあい、愛され、しかられて、この夏お子様たちはまた一回り大きくなられたことでしょう。

祖父母の本音

ときめきエッセイ 第103回 

祖父母の本音

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター・詩人)

 

お盆は、伊豆の私の実家に子連れで帰省した。昨年のお盆は1週間ほど滞在していたが、今回は2泊3日で早々に戻ってきた。70半ばを過ぎた老親にとって、孫達の滞在は心身共に疲れるものであることを、最近は帰省のたびに、ひしひしと感じるからである。

親は孫達のことが決して嫌いなわけではない。かわいく思う気持ちも無論ある。けれど、そのにぎやかさ(とにかくうるさい…)、聞き分けのなさ(特に次女)、孫達がおもちゃをとりあって、家中をかけずりまわってギャーギャー騒いでいる状況が耐えがたいようで、しょっちゅう深いため息をついている。このうるささが日常である私とは異なり、普段、夫婦二人だけで(しかも山奥で)、静かな田舎暮らしを送っているぶんつらいようで、目をぎゅっと閉じて、両耳をふさいでいたりする…。

かつては、親のそういう態度に腹をたてた時期もあった。普段は遠く離れている孫達との、久しぶりのひとときなのだから、もう少し孫の滞在を楽しむ姿勢を持ってくれてもいいのにと、親と口論になったこともあった。けれど、私も40を過ぎて自身の「老い」を感じるようになり、そのぶん、親の老いを受け止められるようになってきたのだ。

若かった頃の私は、「老い」は体力の衰えをさすもので、「身体」にくるものと思っていた。でも、実際はそうじゃない。老いは精神面にも、ずっしりとくるのである。人生の晩年を迎えている親にとって、まだまだ人生はじまったばかりの孫達は、まぶしいのと同時に、どこか遠い存在でもある。知識の内容も、思考回路も、スピードやリズム(テンポ)も、興味の対象も、なにもかもが違う孫達の相手をしつづけるのは身体的にきついだけでなく、心と脳が疲労困憊してしまうのだろう。

「孫が来るとうれしい。帰ると、もっとうれしい」。この名文句は、私の親に限らず、多くの祖父母の本音なのかもしれない。少し淋しい気もするけど、親には親の生活があるのだから仕方がない。そう思えるようになったことが、この数年における「ママの成長」なのである。