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2012年9月

教えるって面白い

教えるって面白い

カーサ・クラブ英会話講師チューター

市橋理恵子

 

私が「教育に関わる仕事をしたい」と思い始めたのは自分の子どもを持ってからです。大学では医用機械工学を学び、外資系コンピューターメーカーに就職、プロジェクトを何個か経験し、結婚、2度の産休、育休を経て、ようやくフルタイムに復帰した後の事でした。

仕事は楽しく、毎日充実していましたが、ふと「子ども達を長時間保育園に預け、余裕のない生活を送るのに見合うだけの仕事をしているのか?所詮顧客の金儲け等の為のシステムを作っているだけではないか」と疑問を持ち始めたのです。自分や子ども達のより幸せな将来の為にやるべき、もっと大切な事があるのではないかという思いが膨らんでいました。

そんな時、夫に海外赴任の話が舞い込み、私は「これはチャンス」と仕事を辞めて家族でアメリカ生活を始めました。6年半のアメリカ生活の間、子ども達の幼稚園や小学校でボランティアで先生の補助をしたり、子ども達が友達と一緒に宿題をやる場を提供しながらチューター役をしたり、アメリカの教育と子ども達をじっくり見ることができました。

その中で、「私は○○が得意だ、私の長所は○○だ、将来は○○をしたい」と、子ども達が将来に対して夢と希望を持っているのがとても印象的でした。先生も、生徒達の良さを見つけてそれを伸ばす努力を、弱点を認識してそれを強化する努力と同じかそれ以上にしているのが感じられました。自分の魅力を詩にするという課題が出て、書くことが何も思い浮かばずに戸惑っているのはうちの子どもだけで、みんなすらすらと素敵なことばが出てくるのにびっくりしました。

そのような個性を伸ばす教育をするには指導者も数が必要で、児童20人の学級には担任の他に私の様なボランティアが常時4~5人いて、それぞれ小グループを受け持って授業を進める仕組みになっていました。ボランティアが高じて産休代理で担任になったり、夜間大学に通って資格を取って正規の教師になったりする保護者も多くいました。実際先生の半数以上は一般企業で職歴を積んだ後、出産・育児を経て教師になったという人でした。いくつになっても人生の方向性を変えて生きていく事ができるのは素晴らしく、そのような先生に学べる生徒達は幸せと思いました。

帰国後は、日本の子ども達が自尊心と夢を持って明るい未来をめざして生きていけるようなお手伝いしたいと思い、それには低年齢の子どもが一番と、ファミリー・サポートのカーサ・デル・バンビーノのプレスクール(2歳児)英会話講師として採用して頂きました。

私は帰国子女で英語はネイティブですが、教員免許はおろか幼児教育に関する知識も英会話の指導経験もなく、最初はチャレンジの連続で目標の教育には到底及ばなかったと思いますが、2歳の子ども達20人に英会話を教えた4年間はとても貴重な経験となりました。

その後プレスクールでは英会話講師に外国人を使う事になり、私は幼稚園生・小学生対象のカーサクラブの英会話講師となりました。またベビーシッター部門のチューターとして中学受験指導もしています。

自分の子ども達の勉強もアメリカ時代に全て家庭で見ていた延長で、大学受験まで理系科目は私が教えた事もあり、縁あって中高生の数学と理科の指導も頼まれるようになり、今は4歳から18歳まで、10人ほどの子ども達と関わっています。

教えている教科は様々ですし、生徒の性格や思考のくせによって指導方法も様々ですが、「わかると楽しい、やればできる」という気持ちを育て、「あなたのこんな所が素晴らしい、こんな所が大好き」と伝えるように心掛けています。生徒が「ああ!なるほど。」「へえ~面白い!」「できた!」と目を輝かせてくれる時が何よりもやりがいを感じる幸せな瞬間です。

個別指導となるので私一人にできる事は高々しれていますし、数年間の関わりが子ども達の人生にどれだけの影響を与えるかも分かりません。またフルタイムに相当する時間数働いても、収入は会社勤めをしていた頃の3分の1程度ですが、これが自分の目指す教育を見つける道の現状です。

私は社会の中で小さな努力をしているだけですが、今の若者達の元気のなさ、社会の閉塞感を打開するにはもっと教育、子育ての重要性が認識されるべきだと思います。敗者を切り捨てやり直しが難しい社会、学校教育の閉鎖性、家庭の子育て力の低下等、親も子も夢や希望を持ち続けるのが難しい状況です。

子育てと教育の重要性や面白さがもっと理解され、教師の質と収入、社会的地位が上がり、様々な人生経験を持った人が教師になれるような社会にする必要があると思います。次世代がより良く生きられ持続性のある社会を実現するために、大人達がもっと教育について真剣に考えるようになれば、このような社会も実現できると信じ、このまま走り続けてみようと思っています。

 

ママだけの夏休み(3日間)

ときめきエッセイ 第104回

ママだけの夏休み(3日間)

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター・詩人)

 

9月の頭から、主人が十日間、地方の百貨店での個展開催で留守することになり、その期間中、2泊3日で子ども達を主人の両親に預かってもらうことにした。約7年ぶりの「ママだけの夏休み」である。

これまでも、数日間子ども達を親に預かってもらったことはあるが、それは私も仕事で外泊するためなので、休息とはほど遠いものである。

だが、今回は違う。ひとりで3日間、自宅で過ごせるのだ。たっぷりある時間を自分のためだけに使えるという幸福…。こんな素敵な3日間、次は何年先になるかわからない。だからこそ、少しでも悔いのないよう過ごしたい。気をつけないと、デジカメの写真のプリントや、子ども服のゴムの入れ替えなど、日頃やらねばと思いつつ、できずにたまっている雑務を片付けているうちに終わってしまう。そうならぬよう、私は3つの規則を自分に課した。

①家事は最小限。料理はしない。

②「雑務」と「仕事」はせずに、「創作活動」に時間をかける。

③読書は夜、布団に入ってから。

かくして、現在、2日目の夜11時である。昨日の初日は朝10時に子ども達を義母に託したのち、家事は洗濯だけにして、文学賞に応募する随筆の執筆に費やした。朝食はトースト、バナナ、コーヒー、昼食は「ラ王」とトマト、夕食はカレー(レトルト)とハムときゅうりだった。夜12時半に布団に入り、約10年ぶりに坪田譲二の「善太と三平」を深夜2時まで読みふけった。読書でこんなに泣いたのは何年ぶりだろう。

今朝は8時半起床。朝食はグラノラとバナナ、コーヒー。掃除機だけかけて、食堂にミシンと洋裁箱を出す。昨年夏に買った涼しげな綿の生地で、ママ用のスカートを縫う。ウエストがゴムで、しごく簡単なつくりなので、約3時間でできた。うれしい…。

昼食はメロンパンとシュウマイ(冷凍食品)。その後、来月、八重洲BCで開催する詩の朗読会の構成を考え、プログラムを作成し、アンプ&スピーカーを出して、詩の朗読の練習。そして昨日、書き始めた随筆のつづきにとりかかる。夕飯は、お茶漬と卵焼き。このまま12時まで執筆して、その後は布団の中で、お楽しみの読書タイムが待っている。

ママ(だけ)の夏休みは、つましいけれど、最高だ。