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2012年10月

独身時代のシッティング

ときめきエッセイ 第105回 

独身時代のシッティング

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター・詩人)

 

先月、主人の絵と私の詩による第二詩画集、「線路沿いの詩(うた)」を発行した。この数年の新作だけでなく、週2、3回、ベビーシッターをしていた独身時代に書いた、母と子の情愛をテーマにした既発表作品も多数収録している。それらを読み返すと、当時の自分が思いだされて、少なからず胸が痛む。 

約10年前、私はルポライターとして独立したけれど、ライター収入だけでは食べていけず、お世話になっている女性編集者の子どものシッターを一時的に引き受けた。それがきっかけで、私はベビーシッターという仕事に愛着を持ち、その後、分厚いタウンページをめくって、㈱ファミリーサポートに1本の電話をかけたのである。 

それから約5年間、どれだけたくさんの家族と出逢ってきただろう。どの家も、まだ小さい子どもがいる家独特の、生活感と、おもちゃと、あたたかさにあふれていた。棚の上の家族の写真の数々、壁に貼られた子どもが描いた絵、ベランダに干された大量の子ども服…。 

当時、本と雑誌ばかりの1DKの古いアパートに住んでいた私にとって、それらの家のあたたかさ、明るさは、時にまぶしすぎて、自分の孤独さが身に沁みるときもあった。 

なにより、出逢う子ども達ひとりひとりが、母親に抱く絶対的な愛情が羨ましかった。私も、誰かにあんなふうに自分の存在を激しく求められたかった。一時の恋愛とは異なる、永遠に、かけがえのない存在になりたかった。そして私のような「おひとりさま」には、それは不可能かもしれないと、どこかで静かに感じていた。 

そんな切ない思いが、私にいくつもの「母と子の情愛」をテーマにした詩を書かせたのだと思う。あの頃、自分でも驚くほど、私の内から、ごぼごぼと温泉が湧きでるように、母と子の詩が日々、産まれていた。それらをまとめて発行したのが、処女詩集「最後のだっこ」である。詩人としての初めの一歩だった。婦人服の会社の企業カレンダーに採用されたときは夢のようだったし、育児雑誌から詩の連載の依頼が来たときは、天にも昇る気持ちだった。本当にあれからもう、十年がたったのだ。

 「ひとり好き」だった私が、結婚し、二児の母として生きる人生を選択した背景には、少なからずシッティングの影響がある。あの頃に出逢った、さまざまな家族の「あたたかさ」のせいである。