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2013年4月

話さなくても...

ときめきエッセイ 第111回 

話さなくても… 

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター・詩人)

 

4月、長女は小学校2年生になった。家では毎日、妹とけんかしている娘だが、家の外では気が弱く内弁慶だ。自分から積極的に人に話しかける社交性はなく、お店の人に笑顔で挨拶されても、固まった表情で、蚊のなくような声でしか返事ができない。活発で強い性格の子にはふりまわされがちで、意地悪されても言い返せない。

運動神経は極めて鈍く、水泳やマラソン大会は限りなくビリだが、その事を悔しく思う負けん気もない。そういう子だから、はたして学校生活を楽しく過ごせるのか親として不安もあったが、幸い、昨年は担任の先生の配慮もあり、同級生にも通学班のお姉ちゃん達にも恵まれて、楽しく学校に通ってくれた。

2年生のクラス替えで、家が近い「なっちゃん」と同じクラスになった。なっちゃんは、おとなしいけど芯が強く、真面目で、「自分」をしっかり持っている子だ。二人は気が合うようで、最近は帰宅しておやつを食べ終わると、毎日のように近くの公園で二人で遊んでいる。「そんなにいつもいっしょで、話すことあるの?」と笑って聞いたら、娘がぽつりと言った。「…話さなくても楽しいよ」。その言葉に、一瞬、紅茶をいれる私の手が止まった。

遠い日の、海のある街に住んでいた頃の幼い私にも、そういう時代があった気がする。海岸沿いの石段に並んで座ってリリアンを編んだり、美しい貝殻を集めて、一日中遊んだ友がいた。あの頃の友と私には、話すことなんてなくてよかった。沈黙が、気づまりではなかった。

けれど、成長するにつれて、友人関係(人づきあい)には「会話」が最重要になっていった。話さないまま、長時間いっしょに過ごせる友人なんて、今の私にはひとりもいない。沈黙を埋めるために、いつもなにかしら話題を探してしまう。あたりさわりのない、表面的な話題を。

先ほど、公園の横を通ったら、夕暮れのベンチにならんで腰かけて、持参しあったおやつをわけっこして静かに食べている二人の姿が見えた。声はかけずに、しばらくその小さな背中を見つめていた。二人とも成長するにつれて、友人関係に会話が不可欠になっていくだろう。ならば、せめて今のうちだけでも、話さなくても楽しい、そんな優しい時間を大切にしてほしい。