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2013年7月

父とのバトル

ときめきエッセイ 第114

父とのバトル

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター・詩人)

 

 昨年暮れ、田舎の父の舌癌が判明した。幸い転移はしておらず、今年の2月に舌の一部を切除する手術をして無事に退院した。3月末に家族で帰省したら、父は以前と変わらないほど元気で、心配された「しゃべる事」についても、サ行の発音のみ若干濁るくらいで、特に問題もない。ほっとしたのもつかのま、一週間の帰省の最終日は、いつものごとく父との大口論(バトルともいう)となった。父と私は昔からそりがあわず、年に1~2回しか会わないのに、会えば結局こうなってしまう。

 私の口から出る言葉が、ことごとく父の癇に障るようで、喜ぶ(笑う)と思って口にした事さえも父には不快に感じられ、苦虫を噛み潰したような顔で、「そういうバカみたいな(くだらない)事を言うなよっ」と怒鳴ってくる。私が言いかえすと、「なら、くるな」となる。それでも毎年帰省するのは、年に一度くらいは孫達の顔を見たいだろうという親の気持ちをくんでのことなのだが…。

  手術から約3ヶ月後、再発しているのがわかり、急遽、6月に再手術をした。今度は、舌根だけ残して舌を大幅に切除し、胃の筋肉を切り取って舌の代わりとして移植し、血管をつなぐという、12時間にも及ぶ大手術だった。翌日、母が看護士から聞いた話によると、手術後、麻酔から覚めた父は、麻酔の副作用による混乱のためか、絶対安静にも関わらず、いつのまにかベッドを降りてひとりで院内をしばらくさまよってしまい、ひと騒ぎになったそうだ。その事を母から電話で聞いた時、胸がひりついた。

  あの頑固で偏屈で強がりな父が、いったいどんな思いで、あの広大な癌センターをひとりでさまよっていたのだろう。近くのホテルに泊まっていた母を、必死で探していたのだろうか。

  幸い、術後の経過は順調で、先週、家族で見舞に行った。父はしゃべることも、流動食の嚥下もできた。よかった。今月2日に退院し、家での生活で体力を取り戻したのち、再度入院して再発・転移を防ぐ抗がん剤治療を開始する。

  これから当分は、父がなにを言っても私は以前のように言い返す気にはなれないだろう。親子や兄弟が相手に遠慮せずに思い切りぶつかりあえるのは、おたがいが健康なうちだけだ。父との恒例のバトルは、もう、前のが最後になるのだろうか。そうじゃないほうが、いい。