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2013年11月

U家との再会

ときめきエッセイ 第118

 

U家との再会

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター・詩人)

 

 2010年から、2月と10月に東京駅前の八重洲ブックセンター本店1階で主人との詩画展を開催している。毎回、新しい出逢いと同時に、胸に沁みいる再会がある。今回は、U家との約8年ぶりの再会があった。独身時代、2年ほどシッティングに伺っていた家庭である。

シッティング開始当時、息子のR君はまだ5歳で、入浴後、裸で逃げまわるのを追いかけまわしてパジャマを着せ、寝る前に絵本を読んだ。そのR君が、背の高いお洒落な高2男子になっているではないか…。

さらにさらに、小6だった娘のKちゃんは大学4年で、4月から、なんと看護師になるという。十年前のKちゃんは、中学受験や遠距離通学などで心身共に疲れていて不機嫌なことも多かった。そのKちゃんが、看護師を志すまでには、きっとさまざまな出来事や紆余曲折があったはずで、忙しい中、懸命に子ども達を育ててきた御両親とおばあ様の努力が実を結んだ結果だと思う。

 

あの頃、私は「月刊福祉」の仕事で、よく独りでさいはての地に取材に行っていた。現地に一泊して夕方、東京に戻り、そのままU家のシッティングに直行する事もあった。帰りの飛行機や新幹線の中で、R君やKちゃんとこれから過ごすにぎやかな時間を思うと、真っ暗な独りのアパートに戻るときよりも明るい気分になれた。

しきりとおばあ様を懐かしがる私のために、翌日、お父様が80近いおばあ様を車に乗せて連れて来てくれ、思い出話に花が咲いた。いつも私は、このおばあ様の自宅にKちゃんとR君を迎えに行っていたのだ。独り暮らしの私に、よく水菓子を出してくれたり、手作りの煮物を持たせてくれた。廃品回収業者に怖い思いをした日の夜、つい、おばあ様に話したら優しくいたわってくれて、泣きそうになったこともあった。

 

当時の私は、微力ながらU家の子育てをサポートしているような気でいたけれど、実際には報酬をもらいながら、私自身がU家の人々に支えられていた。U家をはじめ、さまざまなシッティング家庭に支えられ、影響を受け、感化されていたことが、今はわかる。

あの頃の私は、友人知人のあいつぐ離婚により、結婚に対する不安感が強かった。「ひとり好き」だし、このまま好きなことで食べていけるなら、ずっと独身でもいいと思っていた。でもシッティングという仕事は、そんな私に、家庭を築いてゆくことへの憧れを抱かせ、(無謀にも)絵を志す男と共に生きてゆく勇気を与えてくれた。

今の私は自由じゃない。時間もお金も自由に使えた独身生活が、ただただ懐かしい。それでも、今のこの生活のほうが好きだ。そう思えるのは、あの頃に抱いた「憧れ」のおかげだと思う。