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2013年12月

父の手を握る

ときめきエッセイ 第119

 

父の手を握る

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター・詩人)

 

 先月、田舎の父の癌の再再発、そして転移がわかった。父は、もう抗がん剤による延命治療はせずに、緩和ケア病棟(ホスピス)への入院を希望した。11月22日までは車の運転もしていて、25日の入院日は母と二人、電車とバスを3時間乗り継いで、静岡がんセンターまで来れたというのに、それから8日後の今月3日、夫と高速を飛ばして病院の父に会いにいったら、癌の進行のせいか、すっかり「病人」になっていた。

既に意識の混濁が出始めていて、父が口で言うことが周囲はよく聞き取れない。筆談では漢字がなかなか思いだせず、ひらがなでやっとの思いで短い文章を書いた。「ようかい(妖怪)がうろうろしている気がしている」など、幻覚症状についても書いていた。

父に、がんセンター内の緩和ケア病棟への入院を第一希望とするか筆談で確認したら、父は混濁した意識のなかで懸命に字を思い出しながら、ようやく「一応、金額をかくにんしておく」と書いた。こんな状況でも、父が家族のためにお金の心配をしていることがやるせなくて、「保険が効くし、個室料もかからないから大丈夫だよ。なにも心配いらないよ」と泣きながら書いたら、それを読んだ父がうなづいた。

それからしばらくの間、横向きに寝る父の手を握っていた。父の手を握るのは、たぶん小学校低学年以来だから、約35年ぶりだった。私は父とは昔から相性が悪く、今年の3月に帰省したさいも、父とは恒例の怒鳴りあいのバトルをしたが、手を握りながら、それが父との最後のバトルであることは、もう分かっていた。帰り際、「次は子ども達を連れてくるからね」と耳元で言ったら、父がうなづいた。

 

これまで私は、「母と子の情愛」をテーマにした詩を300編以上書いてきているのに、「父」をテーマにした詩は一編も書いていない。でも、まだ間にあう。そう思い、帰宅後の3日間、雑務を放棄して集中して書き上げ、6日の金曜の夜に田舎の母にFAXで送った。翌日、病院に行く予定の母が持っていき、父に読み聞かせるつもりだった。

それから数時間後、7日の午前0時過ぎ、家の電話が鳴る。父の容体が急変したという。深夜、下田から三島まで2時間かけてタクシーでかけつけた母も、東京から高速を飛ばして向かった兄夫妻も待たずに、父は入院後、たったの12日間で逝ってしまった。2週間前まで、車の運転をしていたというのに、あっけなく逝ってしまった。

 

私がはじめて書いた父の詩は、数時間遅れで間に合わず、結局、日曜の告別式で父の棺に入れることになった。あれから十日、砂をまるごと飲みこんだような思いが続いている。これまで、帰省するたびにバトルになり、父に優しくなれなかった悔い、詩が間にあわなかった悔い、最期の瞬間、そばにいてやれなかった悔い。大量の悔いが砂の塊になって胸をふさぎ、思い切り泣くこともできないでいる。