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2014年5月

転勤と家族の絆

ときめきエッセイ 第124回 

 

転勤と家族の絆

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター・詩人)

 

 春は人事異動の季節である。初夏になる頃、御主人の仕事で地方や海外へ転勤していった友人から、新住所を知らせる葉書がくる。あぁ、無事に引っ越して、家族そろっての新生活が始まったんだなぁと思う。

転勤の辞令がでたとき、家族でついていくか悩んでいた友人も多かった。自分の仕事、子どもの学校、持ち家のこと、老親のこと、知人ひとりいない慣れない土地で生活する不安など、悩む要素はたくさんある。結局、単身赴任になった家もあるし、数か月後、「やはり家族そろって暮らしたいから」と引っ越していった家もある。

私自身、転勤族の子どもで、小学校から高校までで3回の海外転勤をした。当時の父の会社は、転勤は原則、夫婦同伴だったから、母は悩む暇もなく、辞令が出た翌日から荷造りに追われていた。

転勤先の海外(南米)では、当初は言葉も全然通じず、東洋人というだけで馬鹿にされたり、差別的な扱いを受けるなど、嫌な思いや惨めな思いを噛みしめることもよくあった。その上、停電、断水はしょっちゅう、数回も泥棒に入られるなど、さんざんな思いもした。薄暗い台所で、ひとりで泣いている母を見たこともある。

でも、その分、「家族」の絆は深まったような気もする。同じ場所にずっと住み続けていたら、味わわずにすんだであろう惨めさも孤独感も、体験せずにすんだであろう苦労も、ふりかえれば、親子や兄弟の距離を狭めたと思う。私は父とは子どもの頃からそりがあわなかったけれど、子どもの頃の「日常」をふりえったとき、その情景に父は普通に存在している。居間でタバコを吸いながら新聞や本を読み、植木の手入れをし、休日は家族を乗せて、大好きな車を運転する父がいる。

家族(親子)が共に暮らせる歳月は、実は意外と短い。私もそうだったが、高校卒業を機に親許を離れる場合、たったの18年しかない。父も姉もいなくなってしまった今、子どもの頃の家族そろった日常の情景が、言葉にできないほどのいとしさと切なさで、胸にわきあがってくる。