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2014年8月

父の納骨とソウルジュエリー

ときめきエッセイ 第127回

父の納骨とソウルジュエリー

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター・詩人)


  先月末は、父の納骨だった。納骨の前に、必ずやっておかなければならないことがあった。ソウルジュエリーに、父の遺骨のかけらを納める作業である。母と私に、オープンハートのシルバーのネックレスを二つ買ってある。オープンハートの裏側にある直径3ミリほどのネジを専用ドライバーで開け、空洞になっている内部に遺骨のかけらをつめるのだ。

  納骨の前日、伊豆の実家に着き、子ども達を寝かしつけた後の静かな夜、夫と私と母で、そっと父の骨壺を開けた。一番上に使い古されたメガネが乗っていて、「あぁ、パパだ」と思った。怖くはなく、懐かしさがこみあげる。メガネのそばにあった小さな骨のかけらをひとつつまんで、白い紙の上で、指先でさらに細かくした。相当小さくしないとネジ穴を通らない。できるだけいっぱい詰めようと四苦八苦する夫と私を、母はそばで見つめていた。

  最後に、専用のネジ止め接着剤でネジを締めて、1時間ほどで 作 業 は 終 わ っ た 。 白 い 紙 の 上 に 残 っ た 父 の 遺 骨 を 骨 壺に戻し、ネックレスのひとつを母に渡したら、すぐに首にかけていた。これで、納骨後も父と母はずっといっしょだ。

  ふりかえれば、私が「親も喜んでくれるだろう」と思ってしたことが、実際はそうでなく、結局大喧嘩になったことが、これまでに多々あった。昨年の春、親の住む下田市の村上書店に詩画集を委託販売してもらった理由のひとつには、老親も娘夫婦の詩画集が書店の店頭に並んでいるのを見たらうれしいだろうと思う気持ちもあってのことだったが、親は喜ぶどころか嫌がり、結局、それが生前の父との最後の大喧嘩になった。

 でも、今回のソウルジュエリーのプレゼントは、母も、そして亡父も素直に喜んでくれていると思う。それにしても、これを村上書店で委託販売してもらった詩画集の売上で買ったというところが、なんとも皮肉というかなん というか、人生はうまくいかないものである。