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2014年11月

親が元気なうちに

ときめきエッセイ 第130回

親が元気なうちに

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター・詩人)


  「親孝行、したいときには親はなし」とよく言うが、ただ生きているうちにすればよいのではなく、「元気なうちに」してこそだと思う。「そのうち、そのうち」と思いながら、日々の忙しさに追われて先伸ばしにしているうちに、あっという間に親は年をとる。そして、ある日突然、病気が判明する。私の父のように。

  親がもう長くは生きられないとわかってから、おいしいものをごちそうしたり、あちこち旅行に連れていったりしても、親も子どもも、もう、心から楽しむことはできない。

  父がまだまだ元気で強かった頃に、父が喜ぶことをなにもしてあげられなかった悔いが、この1年の間、ずっと私の心の奥に澱のように沈殿している。癌が再発してから、父は私に会いたがらなかった。しょっちゅう怒鳴りあいの大喧嘩をしていた、そりのあわない娘に、自分の弱い姿を見せたくなかったのかもしれない。急に、私にやさしくされたくなかったのかもしれない。私が病気の父に優しく接するほど、父は自分がもう長くはないことを切実に噛みしめることになっただろう。

  結局、父が元気だった頃はなにもできず、病気になってから私が父にしたのは、離れた場所から数回、お金を送ることだけだった。でも、それも父が喜んだとは思えない。むしろ、「私に無理をさせて悪い」と、かえって苦しめただけのような気もする。お金だって、親が元気なうちにあげなければ、意味がないのだ。もう長くは生きられない状況で、どんなに大金をもらったところで、本人はむなしいだけだろう。

でも、どんなに悔いても、父はもういない。ならば、父にできずじまいだったことを、これからは夫の両親(と田舎の母)にすることで、少しでも悔いの念を薄めたい。自己満足したい。幸い、夫の両親はまだまだ元気だ。夫とあれこれ考えた結果、ひとまず、義父母と泊りがけの家族旅行に行くことにした。今、さっそく行先を考えている。