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2015年3月

「シッター制度」が日本を救う

ときめきエッセイ  第134回 最終回

「シッター制度」が日本を救う

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター・詩人)


十年つづいた当エッセイも、これが最終回となった。終了の告知をして以来、さまざまな読者から私のHPに、当エッセイ集の書籍化についての問い合わせが来た。うれしかった。ファミリー・サポートとも話しあい、年内には1冊にまとめたいと思っている。発行日が決まったら、詳細をHP「夕陽色の詩集」で告知するので見てほしい。夫との詩画展の開催情報もひきつづきHPで告知していくので、また、どこかの会場で会えたらうれしい。


最後は、シッターという仕事についての、私の思いを書いておきたい。


●シッター経験をへて母になった幸運

私は母になる前にシッターをしていたので、赤ちゃんがしょっちゅう嘔吐することも、2歳児の大変さも少しは知っていた。ある程度の「知識」と「経験」と「覚悟」を持ってママになったわけだが、それでも初めての育児は大変で、ずいぶん神経質にも感情的にもなった。もし、シッター経験がないまま、いきなりママになっていたらと思うと恐ろしい。児童虐待防止は、日本が抱える最重要課題のひとつだが、シッター経験をへて母になる女性が増えることで、虐待件数は確実に減るだろう。


●「自分専用の大人」がいる幸福

家にいる時、母親は忙しい。働いていたら、なおさらだ。だからどうしても、子どもの相手はなにかしながらになる。そのうち、ちゃんと話を聞いてくれないことに子どもが怒ってけんかになり…。そんな日常の中で、子どものストレスもたまっていく。

シッターは、たとえ2時間でもしっかり自分と向き合い、話を聞いてくれ、遊んでくれる、いわば「自分専用の大人」である。そういう存在が、どれほど子どもの心を満たすだろう。

実際、「シッターを頼むようになってから、子どもが落ち着いてきた」「親の気をひくために嘘を言う癖が直った」といったことをよく母親から言われた。小学生以上の「上の子」の変化に感謝されることもあった。上の子も、こちらから話しかければけっこう話すのだ。

学校での人間関係等に悩んでいる上の子もいた。私も親には話せなかったので、親じゃない「他人」の私になら話せる気持ちがわかった。その後、私から保護者に報告して、保護者が担任と話し合い、問題が改善して上の子の表情が明るくなったとき、シッターって私が考えていた以上に意義のある仕事なんだなと思った。

 

●ママ友とは違う、母親とシッターの関係

昔も今も、「ママ友」との関係に悩むママは少なくない。間に子ども同士の関係があるだけに、より複雑だし、誰かにうかつに話せない。

 そんなとき、誰ともつながっていない別世界のシッターは、気を許せる愚痴のこぼし相手になるようで、私はただ話を聞くだけだったけど、しゃべり終えた後のママの表情は、少しすっきりしていた。

本好きなママとは、好きな作家や小説、詩の話などをよくした。数年後に詩画展会場で再会したとき、「あの頃、私は赤ちゃんを抱えて、ああいう会話に飢えていた。でも、ママ友とは詩の話なんてできなかった。あなたとのおしゃべりが、心の潤いだった」と笑っていた。


シッターは、子どもとそのママにとって「ありがたい存在」になれる仕事だ。自分が誰かにとってのありがたい、大切な存在になれる仕事は、実は、そうない。私自身、子ども達やママとの関わりに、精神的にずいぶん救われてきた。週一でもそういう仕事をしているだけで、人は自分を見失ったり、心の病気に陥ったり、道を踏み外したりしないでいられる。「無職」の人々による自殺や、犯罪の報道を聞くたびに、そう思う。

「徴兵制度」ならぬ「シッター制度」が日本で施行され、ひとりでも多くの人がシッター経験を持つ社会になるよう、今後もあちこちで書き、組織に働きかけていきたい。シッター制度の導入は、少子化、虐待、ひきこもり、不登校、ニート、犯罪、失業率、自殺、認知症など、あらゆる社会問題を予防し改善する、ひとつの要素になる。そう、信じている。