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2015年12月

ベビーシッターさんを卒業する時。 ~「ベビーシッター」を利用して(6)~

ベビーシッターさんを卒業する時。

~ベビーシッターを利用して(6)~

白川 優子(ライター)

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長年ベビーシッターさんに見守られて育ってきた子どもたちですが、いつしか大きくなり留守番できる時間が伸び、ママやシッターさんと遊ぶよりお友だちと遊ぶ方が楽しくなってくる。

そんな時期がいつかやってきます。

 

下の娘が小学校にあがり、保育園の送迎もなくなると、ワーキングママ生活もぐっと楽になりました。高学年になった息子は友だちと遊んだり、一人で習い事に出かけることが多くなり、一年生になった娘は「どうしてまだ『ベビー』シッターさんなの?学童にも行けるよ!お友達もいるし」と度々言うようになりました。

とはいえ子どもたちはそろって、まだまだシッターさんが来れば楽しく遊んでいましたし、しばらく様子をみていましたが、子どもたちもほとんど体調を崩さなくなり、学童も活用できているのを見て、「そろそろベビーシッターさんも卒業かな?」ということになったのです。

 

ところでどの家もそういうわけではないかもしれませんが、我が家の子どもたちはシッターさんが帰ってしまう時は毎回不満げでした。

特に下の娘は、私が帰宅すると、「ママが帰ってきてうれしい」気持ちと「シッターさんが帰ってしまう」という気持ちをどのように処理したらよいか混乱してしまうのか、とても機嫌悪くサヨナラすることがほとんどでした。時には「なんで終わりなの!遊んでくれないの?バイバイ!!」とプンプン怒ったまま目もあわせずお別れすることも。

けれども、「今日で○○さんは最後なんだよ」と言う日、

とても聞き分けよくサヨナラをした後、シッターさんが家の門を出てしばらく見送ってから部屋へ戻ると、娘はとても静かに、シッターさんが残していってくれた折り紙のおもちゃを眺めて言いました。「もう、○○さんは来ないんだね。いっぱい遊んでくれて、楽しかったのに。でも、もう私『ベビー』じゃないからベビーシッターさんは来ないんだね」

 

ベビーシッターというのは本当に不思議な存在だと思います。先生でもなく、友達でもなく、親戚に預けるのとも違う。まったくの他人であるのに、子どもの成長を一緒に見守り、共有してくれた人。そして間違いなく子どもたちの記憶に、「時々遊んでくれたシッターの○○さん」と記憶に残る存在であるということ。

子どもたちはシッターさんが、来なくなってからも、「○○さんと遊びたいな」とふと言うことがあります。

小さな胸に刻まれた、シッターさんとの思い出を、いつまでも大事にしていってほしいと感じます。

 

※ベビーシッターさんとの関わりを綴ったテーマのエッセイは今回で終了となります。次回からはテーマを改めて掲載いたします。