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子育てエッセイ

『娘の集団生活デビュー』

2009年5月号

『娘の集団生活デビュー』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

 

私は、自他共に認めるマイペース人間である。といっても人づきあいが嫌いというわけではなく、1対1の人間関係は、むしろ好きなほうだ。だから、さまざまな人に個別に会って話を聴くライター業は天職だと思っている。けれど、集団で群れるのは好きじゃない。「人間5人集まれば、必ずなにかしらもめる」と思ってしまう悲観的なところがある。

私もふくめて、多くの女性には「集団のなかでは必ずどこかのグループに属さなければ」「ひとりでいるのはみっともない」といった強い思いこみがある。ゆえに、学生時代は女子特有のグループごとの対立や派閥関係のなかで、けっこう嫌な思いもしてきている。だから、社会に出てからは、できるだけ集団に身を置かずにすむ生き方を選んできた。

いっぽう、夫は小・中・高校は野球三昧で、大学時代は応援団、大企業に勤務と、こてこての「集団OK人間」だ。気配りと協調性にたけ、チームスポーツが大好きである。迷わず結婚を決めたのには、「夫婦そろって『おひとりさま』では、子どもの教育にもよくない。この人とならバランスがとれる」という思いもあったからだ。

先月から3歳半の長女が保育園に通うことになったのだが、これも夫の強い説得があって実現にいたった。まだ、通い始めてまもないが、今のところ、娘は保育園通いを嫌がっていない。園庭の遊具やおもちゃで遊ぶのが楽しいようで、先生いわく、全然、泣くこともないそうだ。

ほっと安心したのもつかの間、園で写ったのか、2週目にひどい風邪を引いた。3日休んで治り、また通いはじめたら、今度は熱がつづき、結局、一週間休んだ。新しい環境に慣れるのには、やはり時間がかかりそうである。あせらずにゆっくりと、娘の集団生活デビューを見守っていきたい。そして、どんなに家の外でつらいことがあっても、帰宅すれば明るい気持ちになれるような、楽しい家庭を築いていきたい。

 

『ありふれた奇跡』

2009年4月号

『ありふれた奇跡』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

 

「ふぞろいの林檎たち」などの名作で知られる、脚本家・山田太一氏の最後の連ドラ「ありふれた奇跡」が、先月、終わってしまった。私にとって、これほど「いいドラマ」はこの10年なかった。

ドラマの主人公、加奈(29歳)は、かつて外国で安易に行った中絶が原因で、子どもが産めない身体になってしまった女性である。家族にも言えず、ひとりでその傷を抱え、自分を責めて死のうとしたこともある。ドラマの中で、赤ちゃんや子どもを連れた女性を見つめる加奈の、なんともいえない表情を見るたびに、「母親」という立場が「なりたいけどなれない」女性にとって、どれほど執着せざるをえない幸福であるかをリアルに感じた。そしてそれは、育児にかなり疲れている今の私にとって、なによりの薬だった。

もちろん、子どもはかわいい。けれど、毎日毎日、3度の食事のたびに怒り、部屋を片づけるそばから散らかされ、あちこち汚され、大切なものをおもちゃにされたり、壊されたり…。全然言うことを聞かず、叱られた長女が泣きわめいていると、眠っていた5か月の次女まで泣き出してしまう。そんなときは、うるさくてうるさくて気が狂いそうで、「あぁ、もう嫌っ!ひとりになりたい!」と、切実に心の底から思う。たぶん、次女の深夜の夜泣きと授乳による慢性的寝不足もあるのだろうが、最近の私は、本当に育児に疲れている。これを書いている今も、パソコンで遊びたがる長女と格闘している…。

ドラマはいつもビデオ録画して、長女が夕寝するつかのまの静寂なひとときに、次女をだっこしながら観た。観終わると、しばらくその余韻にひたりながら、次女のずっしりとした重みとぬくもりを味わう。そっと襖をあけて和室で眠る長女を見つめると、普段はただただ、うるさくて手がかかる存在なのに、たまらなくいとおしい。DVDが絶賛発売中なので、ひとりでも多くのママに、ぜひ観てもらいたい。

 

『上の子のいとしさ』

2009年3月号

『上の子のいとしさ』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

 

3歳の長女が家のなかで騒いだり、叫んだりするたびに、「おりちゃん(次女の愛称)が起きちゃうでしょっ」と、一日に何度も叱りつける日々である。長女は怒られるとさらにムキになって、「キーッ」と高音の奇声を発する。そのせいで眠っていた次女は泣きだすし、激怒する私に長女も泣きだすという、このどうしようもない悪循環…。

まだ赤ちゃんだった長女が寝ていたときは、夫も私も物音ひとつたてなかったというのに、次女はこの騒音に耐え、私が長女とお風呂に入っているときは泣き叫んでもほっとかれ、つくづくかわいそうである。写真やビデオを撮ろうとしても、長女が「(自分が)やる、やる」といってとことん邪魔するので、ちっとも撮れない。そんな思いがつのって、教育に悪いと思いつつ、長女を叱ってばかりいる。

先日の夜中のこと。次女の夜泣きがひどく、授乳しても、だっこしてもなかなか泣きやまない。隣で眠る長女が起きてしまったら、大変なことになると思うと気が気でなく、だっこしながら、「ほらほら、よしよし、泣いてると、眠ってるお姉ちゃんが起きちゃうよ~」と、普段とは逆の言葉を何遍も繰り返しながら、必死で寝かしつけていたときのことだ。暗闇の中から、眠たげな長女の声が聴こえた。

「ママァ、おりちゃん、泣いててもいいよ。さっちゃん、平気だよ」

いつもとは反対のことを言っている私の言葉が、聴こえていたのだろうか。ちょっとびっくりして、長女をまじまじと見つめてしまった。起きださないよう、布団をかけなおうそうとすると、「おりちゃん、おっぱい…」と、半分眠りながら私に言う。「うん、あげるから」と答えながら、長女の、そのお姉ちゃんぶりに少し泣きそうになった。約1時間後、ようやく眠った次女をそっと布団に戻してから、隣の長女が眠る布団に入り、久しぶりに長女を抱きかかえて眠った。次女よりもずっと大きいぶん、あったかかった。

 

『薬を出さない小児科』

『薬を出さない小児科』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

 

…風邪をひいた。4日前の夜、3歳の長女がときどき乾いた咳をしたので嫌~な予感がしたのだが、翌日の午後には、もう大量の鼻水、涙目で、小児科に連れていった。帰り道では、既に私ののどに不快感がある。幼子二人を抱えてダウンするわけにはいかないので、薬局に寄って市販の風邪薬を買った。だが説明書を読んだら、授乳中の人は飲むのをひかえるようにとの注意書きがあり、飲むのを断念。その日の夜には、私が涙目、鼻水となり、翌日には主人が感染した。かくして我が家は「鼻がみ家の一族」となり、家中にティッシュの箱が転がっている。

おとといの夕方、長女が8度の熱を出した。小児科でもらったのは風邪の症状を緩和する薬だけだったので、熱冷ましの処方箋も出してもらおうと再度小児科に行ったら、先生が渋い顔をして言った。

「解熱剤は、あまり出したくないんだよねぇ…」

いわく、解熱剤は上がった体温を無理やり薬の力で下げるものだから、子どもの体には負担が強いし副作用もある。9度を超える熱がつづくようなら飲ませたほうがいいけれど、8度ほどなら、まだ飲ませないでいいのでは、とのことだった。不安気な私の心中をくんでか、「9度を超えたら出すから」と言ってくれ、結局、そのまま帰宅した。

夕飯のとき、夫と話しながら、たしかに私を含め、今の母親は子どもにすぐに薬をあたえがちかなと思った。少しでも早く楽にしてあげたい、そして自分も安心したい、というのが一番の理由だろうが、仕事を休めないといった親側の事情もあるだろう。朝、熱がある子どもに解熱剤を飲ませて、なにも言わずに子どもを保育園に預けていく親が多い話もよく聞く。親も胸を痛めながら、やむなくそうしているのだろうが…。

幸い、娘の熱は9度を超えることはなく、私も高熱にはいたらず、快復にむかっている。あのとき先生が薬を出さなかったおかげで、すぐに薬に頼るこれまでの習慣を改めるきっかけができ、感謝している。

 

子どもがことばを話し始める時

2009年2月号

子どもがことばを話し始める時

カーサクラブ英会話講師市橋理恵子

 

「ねえ、わらってのど渇いたっていうことでしょう?」

アメリカに引っ越しをして、現地の幼稚園に通い始めて6ヶ月ほど。ようやく泣かずに通園できるようになった矢先、5歳の娘が突然私に聞いてきた。

「んんん、わらを食べたらのど渇くかな…」とあいまいな返事をすると、

「違うよ、英語のワラだよ!」と娘。そこでやっと「ワラ」は”water”のことと気がついた。

「みんな、『アイワラ』って言って水飲みに行くんだよ。」

と得意げに説明してくれた。日本の保育園での「先生、のど乾いた!」の状況がアメリカでは“I want water!”だったのだろう。辞書をいくら引いても出てこない翻訳だ。

分からないことばの洪水の中から、娘はようやく少しずつ英語のことばを拾って、状況から自分なりに意味を対応させ始めたのだ。先生からも娘がしゃべり始めたと報告があったばかりだ。

そうだ、こうやって子どもはことばと出会い、いろんな場面でいろいろな組み合わせでことばを浴びるうちにことばの概念を練り上げ、理解していくのだ。そしてそれがある程度蓄積してきて初めてことばをしゃべり始めるのだということを、改めて認識した。ヘレン・ケラーが初めて学んだことばも“water”だったっけ。私はあえて、「“water”は『水』のことだよ」とは言わずに、

「そうなんだ、のどが乾いた時は“I want water”っていうんだ。」と答えた。

小さな子どもたちに英語を教えるとき、私はできるだけ自然な英語の中から子どもたちが自分なりにことばを拾い、理解していく過程を大切にするように心がけている。柔らかい脳を持つ子どもたちだからこそできる学習方法だと思うからだし、ぐちゃぐちゃとしたことばのパズルがすっきりとはまって「わかった!」という時の、子どもたちの目の輝きを見るのが何よりの楽しみだからだ。

あれから十数年、バイリンガルに育った娘は今、英語の試験の和文英訳で意訳をしすぎて減点をされては「こんな変な言い回しはしない」と憤慨している。

 

『子どもとの旅』

『子どもとの旅』

中舘 慈子

 

お子様連れで列車、飛行機での遠距離旅行をすることもあると思います。大きな荷物とじっとしていない子どもたち、ご両親はたいへんです。以下はちょっと気づいたことです。

着替えなどの荷物は宅配便を利用してできるかぎり送ってしまいましょう。飲み物、おやつを含めた最低限の荷物にします。

母乳の場合はミルクが要らなくて、荷物が少なくてすみますが、授乳の場所に困るもの。胸を隠す大きなスカーフなどあるとよいようです。ミルクの場合は小分けになった粉ミルク、哺乳瓶に使い捨てのパックをセットした「洗う手間なしの哺乳瓶」もあります。

忘れてはならないのが道中お子様の楽しめる物。幼児は長時間ただ座っていることは苦手です。かさばらない小さな絵本を何冊か持って行くことをお勧めします。仕掛け絵本、シールをはれる絵本、塗り絵なども喜びます。少し重いのですが、飛行機の旅を度々するある家族では、ポータブルDVDプレイヤーを愛用しています。これで長時間の飛行機の中でも万全!

もちろん、列車の車窓から見える景色は最高のドラマですね。赤ちゃんやお子様連れでも、楽しい家族旅行の思い出を作ってください。

『母という絶対的存在』

2009年1月号

『母という絶対的存在』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

 

二児の母になって、早二ヶ月が過ぎた。おとといから田舎の母が来てくれているのだが、専業主婦歴45年の母は、家事も育児も徹底していて、いつもなにかしらやっている。今も、少しは休めばいいのに赤ちゃんの肌着を縫っている。そんな母を見つめながら、私は母のような母親になれるだろうかと思う。

ふりかえれば、子どもの頃から、私は母を「一個人」としてとらえたことがなかった。母に子ども時代があったことさえ信じ難く、生まれたときから、姉と兄と私の「母」として存在しているような気さえする。いつもエプロンをした母が、スーツを着て会社で働く姿なんて想像もつかないし、もちろん、母に「女性」を感じたことなんて一度もない。

私が知る母は、浅田○子というひとりの人間の一部であるという当然といえば当然の事実に気づいたのは、大人になってからだ。それほど、母を「絶対的な存在」として感じて生きてこられたのは、母が常に私の前で「母の顔」を保ちつづけていてくれたからだと今になってわかる。そして、それがかなり大変なことも。

今の小・中学生には母親を客観視している子が少なくない。現代の子どもが昔より早熟だからだろうか。それとも、「一個人」として、または「女」としての自分自身を子どもに隠さない母親が増えたからだろうか。母子家庭の小学生が「ママの新しいカレシがさ~」とすまして言ったり、共働き家庭の中学生が「お母さんは家事はしないけど、そのぶん稼いでるから、まぁ、いいんじゃん」などと答えるのを聴くたびに、母子の関係もずいぶん変わったなと思う。ある意味、友達のような対等な関係になっているのだろうか。

私自身、二児の母になった今も、「一個人」としての自分を大切にしたい気持ちは確かにある。でも、子ども達の前では、できるかぎり「母の顔」を最優先して、子ども達にとって絶対的な、どっしりと安定した存在でありたい。老いた母の背を見つめながら、そう感じている。

 

『第二子出産をへて』

2008年12月号

『第二子出産をへて』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

 

予定日の11月3日を過ぎても産まれる気配がなく、結局、10日の朝、陣痛促進剤(点滴)を打つことになった。

朝、夫ともうすぐ3歳の娘と手をつないで病院に向かう道中、「3人家族も、これが最後か。今日の夕方頃には、私と夫は2児の親に、そして娘はお姉ちゃんになるんだ」と思うと、胸にくるものがある。

午前10時から点滴がはじまったが、なかなか陣痛が来ない。夕方になって、ようやく微弱陣痛がはじまったが、6時を過ぎた頃には、まだ子宮口もほとんど開いてないので、ひとまず点滴は中止して、明朝、再スタート、ということになった。

「じきに陣痛も治まる」とのことだったが、午後9時頃から陣痛の間隔が短くなり、徐々に痛みも強くなってきた。12時頃には全身汗だくになるほどで、助産師を呼んで「吐きそう」と告げたら、内診の結果、子宮口がだいぶ開いてきたので、点滴を再開して、急遽、産むことになる。明日の朝までこの陣痛に耐える自信はなかったので、ほっとした。

「二人目は楽」とあちこちから聞いていたが、赤ちゃんがお腹のなかで育ちすぎたのか、いきんだら体が縦に真っ二つに裂けそうで、なかなかいきめない。全然、助産師の指示通りにできず、赤ちゃんが出口でつかえていたときは、あまりの激痛に叫びまくってしまった。立ち会った夫は「あんなの男は絶対無理(涙)。女はスゴイ…」と思ったそうだ。

そして午前1時半、3730gの、これまたビッグサイズのおでぶちゃんな女児を無事、出産した。産まれた瞬間、赤ちゃんの元気な泣き声と、助産師の「まぁまぁ、大きな赤ちゃん」と笑う声が聞こえた。イタかったはずである。産まれたての赤ちゃんを胸に抱かせてもらったときは、二度めとは言え、やはり泣いてしまった。やっと逢えた…。

これからの二人の娘の育児と家事と仕事の両立は、想像以上に大変だろう。でも、しばらくの間は、この年にして2児の母になれた幸福と、娘に兄弟を授けてあげられた喜びにひたっていたい。

 

『訴訟風土の危険』

2008年11月号

『訴訟風土の危険』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

 

予定日まで、あと数日となった。自宅の電話の横には、主人が不在中、産気づいたさいに呼ぶタクシー会社数件の電話番号をメモした紙が貼ってある。先日、夫がそのいくつかに、営業時間と我が家の位置をどう言えば簡潔に伝わるかの確認の電話をしたのだが、困ったことがおきた。第一候補だった地元の大手タクシー会社が、「産気づいている妊婦さんは、付き添いの大人が同乗してくれないと困る」というのである。後部座席にひとりでいる妊婦が叫んだり、うめいたりしている状況では運転に集中できないし、万が一、事故を起こしたら大変だから、というのが理由らしい。主人が「自宅から病院までは、車で15分以内の距離なんですが…」とねばったがダメだった。

思うに、日本社会全体が、これだけリスクを極力回避するようになった背景には、米国をはじめとする欧米社会の「訴訟風土」が日本でも確実に浸透してきたからではないだろうか。被害者側が泣き寝入りしなければならない社会はよくない。だが、なにか起きたときに、お互いが相手の非を責めあうばかりでは、人は保身に走らざるを得なくなる。その結果、多少のリスクを背負っても、人として正しいと思うことをする勇気が希薄になる。現在の深刻な産科医・小児科医不足も、激務な上に訴えられやすいという実情があると思う。

先月、脳内出血を起こした妊婦が、8つの救急病院から受け入れを拒否され、結局、帝王切開で出産後、死亡するというなんとも痛ましい事件があった。昨日、御主人の記者会見をテレビで見たが、「誰も責めるつもりはない。妻の死をきっかけに問題が少しでも改善すれば、将来、母親が命とひきかえになしとげたことを、子どもに語ってあげられる」という言葉に、その無念さも伝わって、涙がこぼれた。たがいの非を責めあう訴訟風土ではなく、こういった切実な訴えと未来をみすえた思想こそが世の中を良くしていくんじゃないだろうか。

 

『世話好きなおばちゃん』

2008年10月号

『世話好きなおばちゃん』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

 

あと3週間で予定日となった。先週の検診で、経産婦は陣痛・破水から出産までの時間が短いので、産気づいたら、即、病院に来るようにと言われた。夫が不在で、私ともうすぐ3歳の娘だけの場合、娘も病院に連れてきていいものか伺ったら、「見ているスタッフがいないので、それは困る」とのことである。産科は特に人手不足なので当然だが…。

夫の両親は車で約30分の距離に住んでいるが、運悪く渋滞すると1時間近くかかる。それを待っての出発だと、病院に到着するまでに産まれてしまう危険もあるとのことで、急遽、約1時間、娘を預かってくれる先を確保せねばならなくなった。事前に預かる日時がわかっていれば、シッターをはじめ、いくらでも対策はあるが、陣痛・破水という、いつ来るかわからないものが来たら、すぐ…という条件で預かってくれる先を見つけるのはけっこう難しい。まず、近所でないと無理である。

夫と相談した結果、マンションのお隣と、そこが当日、不在だったさいの次の預け先として、下の階の2件にお願いしてみることにした。半年前、引っ越してきた時に挨拶には行っているけれども、日頃は階段等ですれちがったら挨拶を交わす程度のおつきあいで、世間話さえかわしたことがない。頼みにいくときは、かなりの勇気がいった。

けれど、お隣の奥さんも階下の奥さんも笑顔で快諾してくれ、拍子抜けするほどだった。2件とも子育てが終わった年代で、むしろ「喜んで」という感じだ。「たとえ承諾してくれても、内心では迷惑では」と、数日間、頼むのを躊躇していた自分達がおかしかった。

「地域の交流が希薄な現代の子育ては孤独」と言われて久しいが、実際は、おせっかいと思われたくないので自分から進んで世話は焼かないが、内心では近所の子育て中のママから頼られるとけっこう嬉しい「世話好きなおばちゃん」は、まだまだ少なからずいるのかもしれない。二人目を出産する直前のこの時期に、そう感じられることがうれしい。