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子育てエッセイ

『全社イベントに行ってきた』

2008年3月号

『全社イベントに行ってきた』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

 

去る2月24日、あの突風の日に2008年度のファミリーサポート全社イベントに出席した。駅に着いたら、なんと電車が止まっている。最寄の地下鉄の駅までタクシーを飛ばし、埼玉から地下鉄を3本乗り継いで、会場である「青山こどもの城」にようやく辿り着いた。

まず、中舘社長による各部門の活動報告がはじまった。聞きながら、ファミリーサポートという会社は私が漠然と思っていたよりもずっと「スゴイ」会社なんだなぁと改めて感じた。事業の規模も、めざす質の高さも。現在、304人ものシッターを抱えていることも、ひとりで月に20件以上のシッティングに対応しているシッターがか大勢いることも、はじめて知った。いったい、どれほどの数の子ども達が、ファミサポのシッターと共に成長して行ったのだろう。日本一の子育て支援会社の一員であることが誇らしくもある。

2時から、「サービス業に従事する者として」というテーマでのパネルディスカッションがはじまる。皆、同じようなことに不安や疑問、喜びを感じているんだとわかり、うれしかった。シッターのような「基本ひとり」の仕事にこそ、こういう場が必要だと思う。

帰り道、スタバの前を通りながら、数年前、まだひとりで生きていた頃、夜間シッティングの帰りに、よくスタバで珈琲を飲んでいたことを思い出した。三十過ぎて、よその家のお風呂を洗い、子どもを入浴させながらシャワーを向けられ、ずぶぬれになって怒りまくる自分を、滑稽かつ哀しく感じることもあった。でも、あのシッティング経験、そしてたくさんの子ども達との出逢いがあったからこそ、わたしは今、自分の育児や子ども全体に対する「客観性」を多少は身につけている。すべての女性が母親になる前にシッター経験を持てたら、と切実に思う。

子どもの手が離れたら、いつかまた、シッターにカムバックしたい。ある程度の収入と、私自身の成長と、精神的な幸福を得るために。

 

『誰かのそばで本を読む幸せ』

2008年2月号

『誰かのそばで本を読む幸せ』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

 

2歳の娘を連れて、最寄の図書館に、よく絵本を借りにいく。行くたびに、わたしは図書館という場所が本当に好きだと思う。たくさんの人々が、たいていはひとりで、静かに新聞や書籍を読んだり、探したりしている空間は、わたしにはたまらなく居心地がいい。

図書館からの帰り道、ふと懐かしく思い出す場所がある。神奈川県の横須賀市に住んでいた小学生の頃、歩いて10分くらいの距離に、自宅のひと部屋を文庫にして、毎週土曜日に近隣住民に本を無料で貸しだしている家があったのだ。子供がいない家だったけど、児童書もいっぱいあった。その家の「おばちゃん」は、私の母よりずっと年上だったから、当時50代くらいだろうか。子どもが行くと歓迎してくれるので、よく行っていた。ふだんは、借りた本を返して、新しい本を借りてすぐに帰るのだが、その日は母親が出かけていて、すぐに帰宅する気になれず、子どもならではのあつかましさで、おばちゃんに「ここで、本を読んでいてもいい?」と聞いたのだ。

「お母さん、心配しない?」と聞かれ、「ママは6時に帰ってくる」と答えたら、「あら、じゃぁ、それまでここで読んでなさい」とにっこり言ってくれた。そして、わたしはその書庫のような部屋で、座ってもくもくと本を読み、その間、おばちゃんも窓際の机でなにか読んでいた。

たぶん、2~3時間くらいのことだが、あのとき、あの部屋に流れていた優しい空気を、今もぼんやりと覚えている。読書はひとりの、ある意味孤独な趣味だけど、同じ空間の中で、それぞれが本を読むひとときのあたたかさを、わたしはあのとき知った気がする。

我が家では、寝る前のひととき、和室にしきつめた布団の上で、夫が鉄道雑誌を読み、娘が絵本をめくり、わたしは小説を読んでいる。3人とも、それぞれの世界にいるため会話は無いが、わたしがもっとも好きな時間帯でもある。

 

『母が縫う服』

2008年1月号

『母が縫う服』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

 

今月、娘は満2歳の誕生日を迎えた。誕生日に、田舎の母から宅急便が届いた。中を開けると、庭の畑でとれた野菜と、娘にと縫ってくれた洋服が入っている。手にとりながら、母の縫った服を着ていた小学生の頃を思い出した。そして、母を傷つけたことも。

当時、わたしは母が縫ってくれる服が、あまり好きではなかった。どれもちょっと時代遅れというか、いわば少女趣味で、ミニのキュロットやトレーナーなど、カジュアルでおしゃれな既製服を着た同級生の女の子のなかで、わたしの服装はかなり浮いていた。ただでさえ、外国から帰国した転校生だったので、服装でさらに浮くのは嫌だった。

だから、母に12歳の誕生日プレゼントになにがほしいか聞かれたときは、即座に「服」と答えた。縫うつもりで「ワンピース?」と笑顔で聞く母に、「ママが縫ったのじゃないよ。売ってるのがいいのっ」と、キツイ口調で言ったことを覚えている。

かくして、さいか屋(神奈川県のデパート)で、私はロゴ入りのトレーナーと当時はやっていた7分丈のズボンを買ってもらい、しばらくの間、それはお気に入りの服になった。母はそんなわたしを見て、少しずつ既製服を買うようになり、中学生の頃には、母の縫った服はほとんど着なくなった。母が「この生地の色、しづちゃんにすごく似合うと思って買っちゃった。なに、縫ってほしい?」と聞かれても、「いいよぉ。それよりジージャン買って」と言った。

今、孫娘の服を縫う母は70歳になる。送ってくれた服は、やはり時代遅れというか、昭和の雰囲気が漂っている。でも、いいのだ。この服を着た娘の写真とビデオを、すぐに母に送ってあげよう。春に実家に帰省するときは、この服を持っていこう。それによって、かつて、母を傷つけていた罪ほろぼしが、少しでもできる気がする。

 

北上市の「おかあさんの詩」コンクール

2007 年 12 月号

『北上市の「おかあさんの詩」コンクール』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

先月末、田舎の母と、もうすぐ2歳の娘との3人で、2泊3日で岩手に行ってきた。北上市が主催する、サトウハチロー記念「おかあさんの詩」全国コンクールの表彰式に出席するためである。

当コンクールでの数回の受賞を機に、平成 14 年に詩集「最後のだっこ」を上梓した。その巻末に収録した受賞作を、当時、福島県に住む男性が読み、その詩にあわせた絵を描いて贈ってくれた。それが今、隣の部屋で、締切間近の絵を描いている夫である。このコンクールがなかったら、夫とも娘とも出会えず、今もひとりで生きていたのではなかろうか。そう思うと、毎年、この大規模なコンクールの開催に尽力されている関係者の方々への感謝の想いでいっぱいになる。

さくらホールでの盛大な表彰式には、全国各地から招待された約40人の受賞者が出席した。小学生の小さな詩人達は、みな背広やワンピースの正装で、そのかわいらしさと言ったらない。そして、付添の母親達の表情は、みな、誇らしさ、晴れがましさが満ちあふれている。我が子が母の詩で受賞するなんて、子育て中の母親にとっては、たぶん最高の喜びだろう。

リハーサルをへて、驚くほどの観客を前に本番の表彰式がはじまった。舞台上でスポットライトを浴びて、賞状と副賞を受け取る子ども達ひとりひとりの、緊張気味の横顔を見ながら、「一生の思い出になる親孝行をしたね」と、心の中でそっとつぶやく。今後、中高生くらいになると、親子の関係が悪化して、悩むこともあるかもしれない。そんなときこそ、この受賞の思い出が親子の絆や情愛を支える、核としたものになったらいい。表彰式の最中、客席から我が子の晴姿をハラハラしながら見守っている、たくさんの母親たちを見ながら、そんなことを思った。
 
帰りに母が言った一言もすごかった。「子育て中は毎日が戦争で、なんで3人も産んじゃったんだろうって泣けてきたこともあったけど、3番目が4度も母の詩で受賞するなんて、とにかく産んどくもんだわねぇ」。

赤ちゃんと仲良くなるコツ

2007 年 12月号

『赤ちゃんと仲良くなるコツ』 中舘  慈子

11月27日にNHK総合テレビ「生活ほっとモーニング」に少しだけ出演しました。

「68歳と62歳のAさんご夫婦が娘さんの社会復帰に伴い、お孫さんを預かることになった。けれども、Aさんの奥様は専業主婦として子育てを終えて今は趣味や地域活動に忙しい毎日。Aさんは元企業戦士で、わが子を抱いた経験もあまりない。赤ちゃんをどうしてだっこしたらよいか、泣かれたらどうしたらよいかわからない。そのAさんに赤ちゃんとの接し方を教えてほしい」というものでした。

現場については専門家というほどではありませんが、3人の子育て経験がありときどき孫の世話をしている現役、直営施設では子どもたちと触れ合っているし、何よりも同世代の悩みです。お引き受けすることにしました。 孫がかわいくてたまらないのに、どう接したらよいかわからないと心から悩んでいるAさん。確かに目を合わせないし、こわごわと後ろむきに抱っこしています。寝かそうとすれば頭を床にごつんとぶつけ、赤ちゃんはうわ~~んと泣き出します。
途方にくれるAさん。 そこで、3つのアドバイスをしました。

1  アイコンタクト  赤ちゃんは人の顔、特に目が大好きです。にっこりとしながら赤ちゃんと目を合わせましょう。

  ことばかけ  赤ちゃんに話しかけましょう。赤ちゃんが何を言いたいのか読み取ってみましょう。こうしてお互いにコミュニケーションをとります。赤ちゃんは大人が思う以上にことばが分かっています。   

3  スキンシップ  赤ちゃんを抱きしめてあげてください。赤ちゃんのほうもぬくもりを感じ、心が安定します。 そして、泣いたときには、おろおろしたり「どうしよう・・・困ったなあ」と思ったりすると心配な気持が伝わってしまうので、「悲しいの?」と気持を受け止めてから「だいじょうぶ」とゆったりした気持で赤ちゃんが安心するように働きかけてほしいとお伝えしました。

Aさん、本当に真剣にアドバイスを聞いてくださいました。そして、一生懸命な気持が伝わったのか、お孫さんも上機嫌でだっこされ、Aさんと大の仲良しになったようです。

お古はあったかい!

2007 年 11月号

『お古はあったかい!』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

今朝、友人から宅急便が届いた。娘より9カ月ほど年上のお嬢さんの、もう小さくなった洋服を、まとめて十着ほど送ってくれたのだ。お古とは言え、どれもこれもきれいで、さっそくお礼状に図書カードを添えて出したら、「みんな思い出のある服だから、捨てるのはもちろん、リサイクルショップに二束三文で売る気にもなれない。着てもらえるのがなによりうれしい」という返事がきて、心がぽっとあったかくなった。

哀しいことだが、現実にはお古やリサイクル品をまったく受けつけないママもいる。理由は「気持ち悪い」「貧乏くさい」などさまざまだ。だから、差し上げたくても「迷惑かな」「気を悪くしないかな」と躊躇してしまうのは私だけではないだろう。でも、あえて言わせて頂くと、リサイクル文化は決して貧しさから来たものではない。「いいものを大切に長く使う」をコンセプトにした、知的かつエコロジーな文化であり、「新品だけど、長持ちしない安物を使い捨てる」文化よりも、遥かにモダンで崇高なのである。

田舎の母いわく、昔は年に数回しか着ないよそゆきの子ども服が、必ず近所の年下の子にゆずられ、その家がまたほかの子にゆずったりしたから、知らない子どもが我が子の思い出の服を着ていることもよくあったという。そういえば、私が5年生のときに作文の表彰式で来た服は、お手製のベルベットの紺のワンピースだった。近所の洋裁が上手なおばさんが、娘に縫ったものを譲ってくれたのだが、おでぶちゃんな私が着てみたら、ウエストまわりが少しきつかった。そうしたら、その場でウエストのダーツをほどき、ちょうどいい具合にダーツをしつけして持って帰り、わざわざ縫い直してくれた。

ビジネスライクなリサイクルショップもいいけど、やはりこうした、人と人との直接のやりとりはあったかい。「3丁目の夕陽」じゃないけど、いい時代だったんだなと思う。 夜、さっそく娘の「お古ファッションショー」をした。親バカだが、あまりのかわいさに写真もいっぱい撮った。明日、お古を贈ってくれた友人にメールで送ってあげよう。

親になること

2007 年 11月号
『親になること』 中舘  慈子

天文学的な確率で生命は誕生します。こうして子どもが胎内に宿り成長する過程を実感しながら、人はだんだん親であるという意識を持ち始めます。もともと親だった人はありません。初めて親になったとき、人は今までとは違う自分を見出すことでしょう。わが子はかつての自分の投影であったりします。母親に抱かれて満足そうに乳を飲む姿は、赤ちゃんだったころの幸せな自分かもしれません。

子どもを持つことで、子ども時代が思い返され、親の思いに気づいたりします。 親になったことで「育てる営み」が始まります。しかし前述のような親子の一体感はいつまでも続くわけではありません。2歳ぐらいになると子どもには自我が芽生え、親とは違う意思を持つ一個の主体であることを自覚します。

子どもは親の願いや夢を実現するためにあるのではありません。親が子どものために良いだろうと思うことを押し付けているだけでは子どもは主体として育つことができません。また、完璧な子育てを目指すあまり、完璧でないことで育児不安に陥るケースもあります。果たして完璧な子育てというのがあるのか、完璧な親というものがあるのか?  実は親が自分の物差しで完璧であることを目指すこと自体が、子どもの主体性を押しつぶしているような気がします。

親と子どもは共に生きていく存在です。しかし、親は子どもの人生をいつまでも見届けることはできません。子どもの気持ちを受け入れ、理解していることを示し、しかし自分や他者を傷つけたり社会規範から外れたりすることをいさめながら、子どもの主体性を育む柔軟な営みが親になることだと思います。 様々なかたちの親子、家族がこれからの日本には生まれてくることでしょう。どのような形の親子、家族であれ、親になることとは、子どもを一個の主体として受け止め、子ども自身の人生を主体的に生き抜いていく環境や力を与える営みだと思います。
          
(株式会社  ファミリー・サポート代表取締役  目白大学・上智社会福祉専門学校  講師)

自己肯定感を育む

2007 年 10月号

『自己肯定感を育む』 中舘  慈子

汐見稔幸先生の「親子ストレス」少子社会の「育ちと育て」を考える(平凡社新書)を読みました。その中に、次のような内容がありました。   
 
ある民間の教育研究所の調査で東京、中国のハルビン、アメリカ西海岸のサクラメント、スウェーデンのストックホルムの11歳の子ども3400人にアンケートをした。その結果、「あなたは勉強ができる子ですか?」「あなたは人気のある子ですか?」「あなたは正直な子ですか?」「あなたは親切な子ですか?」「あなたはよく働く子ですか?」「あなたはスポーツのうまい子ですか?」「あなたは勇気のある子ですか?」  というすべての項目で日本は最低の%を示した。 これは、自己評価、自尊心が極端に低いということ、予想以上に日本の子どもが自分に自信を持っていないことにつながる。

また、将来の見通しについて、次の項目で「きっとそうなれる」と答えた%も最低であった。「幸せな家庭を作る」「よい父(母)になる」「仕事で成功する」「みんなから好かれる人になる」「有名人になる」 現在にも将来に対しても悲観的であり、夢がないといえる。

これらの結果から、日本の子どもの自己評価の低さは、ある何かができないから私はだめだというような、対象が限定された感情ではもはやないと考えられる。もっと一般的に、日常的に、かつ何に対してもつい自己を卑下してしまうような心の構えができてしまっていると考えたほうが合理的であろう。 自己評価が低い  ということは、「ありのままの自分を受け入れられない」ことに結びつく。ありのままの、弱点も持ち味もいっぱい持っている、隠すことのない自分をそのままでいい、と感じる感情を自己肯定感というが、それが極めて低いと考えられるのである。

・・・・
要するに、ありのままの自分をそれでいいとあまり感じていない、というような心の状態である。
 
保護者は「こうあってほしい」という要求を子どもに抱きます。子どもは親や周囲の期待を敏感に感じて、それにそいたいと思います。「現代の日本の育児が、子どもの自然な感情や意欲の発現を上手にうながすのでなく、親の期待する行動の枠組みを先に示して、そこに子どもの行動を押し込んでいこうとする発想が強すぎる」と汐見先生は述べています。

自己肯定感の高い子どもを育むために、保護者はどんなことができるでしょうか。目の前にいるお子様を見つめ、それ以上を求めたり足りない部分を見つけたりするのではなく、ありのままに肯定的に受け入れることも、自己肯定感の高いお子様を育むことにつながるような気がします。自己肯定感の高いお子様こそ、将来伸びていく大きな能力を備えることができるのではないでしょうか。

はじめての大病をへて

2007 年 10月号

『はじめての大病をへて』        

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

1歳9ヶ月になる娘の「病気知らず」の記録は、先週、とうとうピリオドを打った。前日からの微熱が、翌朝には7度5分にあがり、はじめて病気で病院に連れて行った。のどが腫れていて、風邪と診断される。「多分、これから熱はあがるけど、けいれんや激しい嘔吐がなければ大丈夫です。熱冷ましは6時間の間隔を空けて、1日2回まで。食欲がなくても無理じいせずに、とにかくまめに水分補給するように」という先生の予想通り、それから娘は3日間、ほとんどなにも食べずに、9度前後の熱を出しつづけた。

幼子が9度の熱で苦しむ姿は、心臓が痛くなるほどつらい。おでこはもちろん、手足もびっくりするほど熱くなり、授乳のさいには、娘の口の中の熱さに、私が「あっち!」と言ってしまうほどである。つい、熱冷ましを与えたくなるが、医師の指示は守らねばならない。少しでも娘が楽になればと、アイスノンをあてて、夜通しだっこしつづける。

熱が下がり始めた4日めからは、なんと全身に赤い発疹が出はじめた。ピークのときは「ギャ~!!」と叫びたくなるほどだったが、「たぶん、2~3日でひく」という医師の言葉を信じて、処方されたぬり薬をぬりつづける。幸い、医師の予想どおり3日で消えて、昨日、8日めにして娘はようやく完治した。朝、久しぶりの笑顔で、娘が私を揺り起こしたときのうれしさといったら...。カーテンから差し込む朝日をバックに、発疹がひいた娘は天使のようにいとおしかった。
 
大変な一週間だったが、おかげで私も少し成長した気がする。あの、真っ赤な顔をして泣く娘の熱い体を抱いて、必死で神様に祈った心境を思い出せば、今、襖の落書きを発見しても、仕事カバンを荒らされても、以前のように激しく怒る気にはならない。「元気でいてくれるだけで、まぁ、いいか」と思える。日頃、娘を叱る私の声に辟易している夫は、「子どもも、たまには病気するもんだねぇ」といたくご満悦である。
 

ずっと赤ちゃんのままでいて?

『ずっと赤ちゃんのままでいて?』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

夫が毎年、個展を開催する福島県の郡山市に泊りがけで行ってきた。昨年の夏は、まだ6ヶ月だった娘を連れていったのだが、そのときの娘を知っている方々と再会するたびに、「まぁまぁ、すっかりお姉ちゃんになって!」と感嘆の声を浴びる。

親は、その成長を実感できないものだが、1年前に娘と撮った写真を持ってきてくださった方もいて、その写真の中の娘と比べると、娘は「赤ちゃん」から「幼児」へと劇的に成長したことを実感する。「赤ちゃんの時期ってあっという間に終わっちゃうのよねぇ」といった言葉をかけられるたびに、うれしいような淋しいような、なんとも複雑な心境になった。

母として、もちろん我が子の成長はうれしいが、いっぽうで、いつまでも赤ちゃんでいてほしい気持ちもあるのだ。私は自他ともに認める「赤ちゃんフェチ」で、我が子に限らず、すべての赤ちゃんがかわいくてしょうがない。輪ゴムをはめているようなムチムチあんよといい、もみじまんじゅうのようなお手てといい、とにかくもう、たまりませんワ。

けれど、多くの赤ちゃんは1歳を過ぎる頃から、身長も手足も伸びて、運動量も増えるため、ある程度スリムになっていく。スーパーなどで、「かわいいわねぇ」と見知らぬ人々から声をかけられる頻度が減っていくのは、やはり淋しいものである。

でも、ずっと赤ちゃんのままだったら、今のように、わたしにむかって満面の笑顔で走って抱きついてくることもないし、音楽にあわせて、ノリノリで踊る姿を見ることもない。たとえ、ぬいぐるみのようなかわいさは薄まっても、それを上回る喜びが、子どもの成長にはあるのだと、自分に言い聞かせている今日この頃である。