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子育てエッセイ

小さな夏休み

2007 年 9月号

『小さな夏休み』 中舘  慈子

今年の夏は南国のような厳しい厳しい暑さでした。そんな夏の一日、孫を「青山 こどもの城」に連れて行きました。月に何回かは仕事の関係で訪れるのですが、遊びに行くのは初めて。ほんの少しワクワクした気分でした。

パンフレットをながめていた孫は、さっそく
「ボールプールに入りたい!」
屋上まで行くと、係りの方にこう言われました。
「暑いので、ボールプールは閉鎖しているんですよ。」
「じゃあ  プールに入る!」
小さなプールにしか入れませんでしたが、水の中は快適な様子。いつまでもいつまでも遊んでいます。つきそいの身にとっては相当暑いのですが。  

灼熱の都心のビルの屋上の  子どもプールに風過ぎていく
 
音楽広場では一日中楽しいイベントが次々に行われていました。生演奏は、子どもたちの心に響くのでしょう。思い思いの楽器を手にした子どもたちの肩が、足が、リズミカルに揺れます。
 
○パーカッション 3 歳の肩弾んでる  奏でる曲は「聖者の行進」

「トルコ行進曲」になると座り込み、ドラムをたたく手の動きが緩やかになってきました。かなり疲れたようです・・・・。 アート、だまし絵、紙コップを使っての製作・・・  まだまだ楽しみは続きます。 小さな夏休み。3歳児とのふれあいに癒されました。

レッツ、震災対策!

2007 年 8月号

『レッツ、震災対策!』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

就学前の小さな子どもを持つ母親を対象にした地震対策本の執筆が、先週、ようやく終わった。あちこちに取材して半年がかりであったが、書きながら、これまでの我が家の震災対策がどれほどゆるかったか、そして大震災発生後のひと月を乗り切るための知識と情報を、いかに持ち合わせていなかったかを、切実に痛感した。

この本の製作にあたって、就学前の子どもがいるママ百人にアンケートをとったのだが、実は6割近いママが、たいした震災対策をしていないことがわかった。「起きたら起きたで、そのときは、しょうがない」「すぐそばに避難所もあるし、なんとかなるだろう」と、半ばひらきなおっているのだ。私自身、それほど本格的にやっていなかったのでエラそうなことは言えないが、そのひらきなおりが命とりであること、そして、たとえ無事でも、各家庭での最低限の用意・備蓄がないと、非常に苦しむことを知ってほしい。食料も水も、配給が始まるまでには相当の時間がかかるし、配られる量だって少ないのだ。

せめて、最低限の「安全な家づくり」だけは、やってもらいたいので、ここで簡潔に紹介する。まず、ホームセンターなどで、①家具固定グッズ、②扉開き防止ストッパー、③ガラス飛散防止シートを購入し、要所にとりつける。家具固定グッズは、L字型金具・前倒れストッパー・天井つっぱり型・床密着ラバーなど、さまざまな種類があるので、適切なものを選ぶ。。

そして、グラッ!と来たときに、家族がとっさにもぐりこむシェルターとして、頑丈なつくりのダイニングテーブルをひとつ、食堂に置いてほしい。テーブル板の裏中央にとりつけて補強する、いわば5本目の脚「シェルターポール」をとりつけるのもおすすめである。子どもに「グラッときたら、すぐにテーブルの下にもぐって、この『つかまりん棒』にしっかり捕まるのよ」と日頃から教えておくのだ。夜の地震で停電というケースを考えて、懐中電灯をテーブルの脚などに結びつけておくといい。

これだけで、生き残れる確立は各段に上がり、ケガの確立は各段に下がる。それだけではない。地震が起きる起きないにかかわらず、日頃からの震災対策は、日常のなかで子どもに、親がどれだけ子どものことを考えているか、想っているかを実感させることができる、愛情表現を兼ねた取組なのだ。さぁ、レッツ震災対策!

約束

2007 年 8月号
『約束』 中舘  慈子

もうすぐ3歳の誕生日を迎える孫のプレゼントを何にしようかと悩んでいた。子どもには「ほしいな」「こうだったらいいな」という夢をもってほしい。「すぐに手に入らないけれどほしいものがある」という思いが子どもを成長させると思う。ともかくまだ2歳の孫に聞いてみることにした。

「もうすぐ3歳のお誕生日よね。プレゼントは何がほしい?」
孫は、じっと考えていた。そしてはっきりした口調で言った。
「ひこーきかへりこぷたーがほしいな。おっきいのぉ~~」
「わかった。“お約束”する!!」

仕事をしていると買い物の時間は限られている。誕生日まで2週間足らずのある日、やっとデパートに行くことができて、ミニカーの入る飛行機のおもちゃを見つけて孫の誕生日に届くように配達を依頼した。 プレゼントをあけた孫は、 「わ~い。おっきいひこーきだあ~。おばあちゃんと“おやくそく”したんだぁ~」と、大喜びして叫び、その夜は飛行機のおもちゃをしっかりと抱いて寝たという。

その後、遊びにきたとき、しばらく使わなかった粘土が固くなってしまっていた。「固くなってしまったわねえ。今度来るまでに買っておくからね。」しかし、忙しい毎日、粘土を買うことをすっかり忘れていた。 次に遊びに来たとき孫が真っ先にとんでいったのは粘土のコーナーだった。「ごめんね。まだ買ってなかった。」
「“約束”はちゃんと守らなくちゃだめでしょ!!」

ママにちょっぴりしかられた。
今日孫が来る。この2・3日粘土を買う時間がなかった。大人は子どもへの“約束”を守らなければならない。孫の来る前に粘土を買いに出かけなくては・・・・。

個室が子どもをダメにする?

2007 年 7月号

『個室が子どもをダメにする?』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

今月も埼玉郊外の中古の一戸建て物件をいくつか見にいった。東北本線、埼京線、京浜東北線などのJR沿線は高いので、大宮を通る私鉄の野田線沿線ねらいで行ったのだが、やはり私達の、恥ずかしくてここには書けない予算内では、なかなかいい物件は見つからない。

今、住んでいるのは3LDKである。夫のアトリエ兼、額装済みの絵画の倉庫でひと部屋、私の仕事部屋兼、書庫でひと部屋、家族の寝室でひと部屋使っている。リビングは、デザイナーや印刷所などとの仕事の打ち合わせ場所を兼ねているので、正直、これより狭いところはつらい。その上、娘だってそのうち個室をほしがるだろう。

実家の母に電話でこぼしたら、「なに贅沢なこと言ってるのっ。昔はね、6畳2間で家族が暮らしてたのよっ」と激怒された。「それは、自宅が仕事場を兼ねてないからでしょ」という私の言葉には耳をかさず、母はつづけてまくしたてる。「だいたいね、個室文化がすすんだから、日本はダメになったのよ。子どもが加害者の犯罪が増えたのも個室育ちのせいね。あなたもね、教育関係のライターなら、「個室が子どもをダメにする!」って記事書きなさいっ」。

...母にも一理あるとは思う。子どもに個室をあたえることのデメリットを、これまでのシッター体験からも少なからず感じている。①まず、親子の会話や、居間で家族と共に過ごす時間が激減する。②親は知らない、子どもの秘密が増える。(中には、子どもの机の引出しや鞄などをこっそりチェックする親もいるが、私はそれはしたくない)。③子どもが今、なにをしているのか、なにを考えているのか、わかりにくくなり、親の目が行き届かない。④子どもが「自分の世界」を持ちすぎて、社交性や協調性がなくなる、などなど、マイナス面をあげたら、きりがない。

でも、それでも私は、子どもに個室をあたえてあげたい。なぜなら、私の本好きも、工作や手芸など、ものづくりの作業に熱中する集中力も、ひとりでいても退屈せず、けっこう楽しく過ごせる性格も、やはり個室がある環境で育ったからこそだと思うからだ。自分ひとりの時間と空間を愛せるということは、広い意味で「孤独にたいする強さ」にも、つながっていると思う。それは、長い人生を生きていくなかで、なにより貴重な、ありがたい能力ではないだろうか。

4000 時間効果

2007 年 7月号

『4000 時間効果』    中舘  慈子

あるシッターさんがこんなことを言っていました。

「この仕事をしていてうれしいことは、お子様の育ちをずっと見ることができることです。初めてうかがったときにはおむつを当てていた赤ちゃんが、保育所に行き、もう小学 4 年生。ときどき私の悩みを聞いて、慰めてくれることだってあるんですよ。」

クラブ  デル  バンビーノのご利用者は永く続けて利用されることが多く、いつの間にかお子様が中学生、さらに高校生になったという例さえあります。 1 名のシッターさんが月曜日から金曜日まで、週 5 日  1 日 2 時間  9 年間  うかがった例があります。さて全部で何時間になるでしょう?  と計算機をたたいてみると、なんと 4320 時間になりました。4000 時間効果にはどんなものがあるでしょうか。1 対 1 でやさしいシッターさんにしっかりと気持を受け止めてもらうだけでも、子どもの育ちにとってかけがえのない時間です。実の親でも、1 日2時間子どもと本当に向かい合うことは難しいものですから。

お子様とシッターが向き合う時間、これがプラスのものになるように、シッターにはいつもプラス思考をするようにすすめています。たとえば、4000 時間「心配だ」「あまり良くない」「失敗するかもしれない」「だめだ」「できないのね」「つらいことばかりでかわいそう」「無駄だった」などということばを繰り返していては、お子様の人格形成に悪影響を与えてしまいます。「良かったね」「大丈夫」「失敗しても今度は必ずできる」「すばらしいね」「がんばっているね」「楽しいね」というプラスのことばかけを繰り返すことがまさにプラスの 4000 時間効果をもたらすと思うのです。

そして、自分に対してプラスのことばかけをするようにシッターさんにすすめています。実は、私自身にも・・・・。

家がほしい!

2007 年 6月号

『家がほしい!』 浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

今、私達が住んでいるのは賃貸住宅である。ふりかえれば、大学生の頃から約17年に渡って、家賃を払いつづけてきているわけで、これまでに払いつづけた家賃を、ざっと計算すると信じられないほどの額になった。な、な、なんと、1300 万円である...。 これに、家賃以外の礼金や敷金(ほどんど戻らなかった)、更新料、不動産屋への手数料などをプラスしたら、と思うと、ぞっとして計算する気が失せた。「これだけ払ってきて、なにひとつ自分のものになってないんだから、家賃ほど無駄なものってないよねぇ...」。夫と二人、深いため息をついてしまった。

そして、とうとう私達も不動産の購入を考えるようになった。予算は恥ずかしいのでここには書けないが、もちろん中古ねらいである。最寄駅から徒歩30分以内、都心まで在来線で片道1時間半以内と、かなり条件はゆるいのだが、なかなか予算内で希望条件を満たすものに出会えない。やはり、群馬か栃木までくだるしかないのだろうか。だが、あまりくだると、早朝に東京駅や羽田空港を発つ地方取材にさしつかえてしまう。

先週、遊びに来た田舎の母に、この話をしたら、34年前に神奈川県の横須賀に家を買ったときのことを話してくれた。「小さな建売住宅だったけど、ちゃんと庭もあって、縁側もあってねぇ。それまではずっと社宅住まいだったから、二階のベランダで布団を干しながら、庭で子供達が遊ぶ様子に見とれてしまうこともあったわ」。

そうなのだ。わたしもやはり、家事をしながら、娘を太陽の下で遊ばせられる「土のある庭」がほしいのだ。そのためには、やはり予算をあげて、夫婦でもっと仕事を増やさなくては!
 
...でも、私はこれまで、家のローン返済のために夫婦共働きでがんばる家庭をたくさん見てきた。どこの親も、子ども達のために家を買っているのに、当の子どもたちは親と家で過ごす時間が少なすぎることが淋しそうだった。わたしも自宅仕事とは言え、パソコンに向かっている間は娘の相手をしてやれず、かわいそうな思いをさせている。夫と話しあったところ、当分はこれ以上仕事は増やさずに、上手に節約する方向で、貯蓄を増やすことにした。もうすぐスーパーのタイムセールの時間である。行かなければ!

はしか

2007 年6月号

『はしか』 中舘  慈子

「大学ではしかが大流行して、大学が閉鎖になった」ときいてびっくりした。上智大学に続いて早稲田大学も閉鎖だと言う。こんなことは前代未聞なのではないだろうか?
 
昔、はしかは怖い病気だった。はしかで亡くなる子どももいたから、私がはしかにかかったときも親は本当に心配しながら看病してくれた。今でも感染者の1000人に1人が脳炎を併発し、うち15%が死亡するという。 私が子育てをしていたころははしかのワクチンがあった。子どもたちには早速接種したから、はしかの看病をした経験はない。

それが今、なぜ大学生のはしかの大流行なのだろう?  おそらく今の大学生は、はしかの予防接種を受けていないからだと思われる。もちろん子どもの時にはしかにかかったことがないのだと思う。 大人になってからのはしかは、子どものころより重症になるといわれている。私も子どもたちが次々にかかった風疹が 35 歳にしてうつったとき、娘たちよりもはるかに重症だった。高い熱が出て体中がバンバンに腫れて動けなくなり、小学生の娘に病院まで薬を取りに行ってもらった。

同じように子どものときに体験していれば軽いことが、大人になってから体験すると重いことが色々あると思う。施設では子どもがけんかをするとすぐにとめる。けがをしてはいけないからだ。そして子どもはけんかの体験を知らずに育つ。叱られた経験、失敗した経験などもそうだ。子どものときに経験しておいたほうがよいことは何なのだろうか?  大学生のはしか大流行のニュースから、そんなことを考えた。

認知症の高齢者と子ども

2007 年 6月号

『認知症の高齢者と子ども』     

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

先週、夫と1歳4ヶ月の娘と、一泊旅行したときのことだ。私達は、とある民宿に泊まったのだが、食堂で夕飯を食べているときに、この民宿の家族であろう、おばあちゃんがやってきて、いろいろと話しはじめた。はじめは、私達も笑顔でうんうんとうなづきながら聞いていたが、十分もするうちに「どうやら、このおばあちゃんは認知症だ」と感じ始めた。

しばらくすると、民宿のおかみさんがやってきて、「あらぁ、すみませんねぇ。うちのおばあちゃん、ボケちゃってから、赤ちゃん連れのお客さんが来ると、いてもたってもいられなくなって、いつのまにかお客さんのところ、いっちゃうんですよ」と言う。

「おばあちゃん、子ども好きなんですね」。私がそう言うと、おかみさんが淡々と言った。「20年間、保母をやってましたから、ボケても、そのときの感情が今も残ってるんですかねぇ」。

結局、「私達も助かりますから」とおかみさんに言って、食事中、そのおばあちゃんに娘の相手をしてもらうことになった。娘をだっこしてほおずりしたり、ボールをころがしっこしたり、手をつないで歩いたりするおばあちゃんの目は、とてもいきいきとしてうれしそうだ。娘も、きゃっきゃと声をあげて笑っている。子どもをあやす技は、さすが元プロと思わせる。

これまで、福祉雑誌の取材で、グループホームやデイサービスなど、認知症の高齢者を対象とする施設をたくさん訪れてきたが、そのたびに「どんなに年をとっても、なにかしら役割を持つことが、生きるはりあいになる」事実を実感してきた。一度、「軽度の認知症の高齢者施設内に、保育士付きの託児所を設け、有志の高齢者に幼児と遊んでもらったら、保育士も助かるし、子どもも楽しいし、高齢者もはりあいが持てるから、一石3鳥では」という考えを口にしたが、「危険すぎる」という理由であっさり却下されたことがある。だが、今回の旅行での、あのおばあちゃんと娘の幸福そうな笑顔、あの仲良しぶりを思い出すたびに、私はまだ、この考えをあきらめきれずにいる。この高齢化時代に、認知症の高齢者が地域の子育て支援に有効にかかわれる方法が、なにかないものだろうか。

在宅ワークママの決心

2007 年5月号

『在宅ワークママの決心』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

1歳3か月の娘がとうとう歩き始めた。ぽてぽてと二足歩行する娘は太っちょペンギンそのものである。生まれたときは、顔にかかったタオルを払うこともできずに泣き叫んでいたのに、子どもって確実に成長していくんだなぁ...としみじみしたのは、歩き始めた最初の数時間だけであった。自由になった両手で、あらゆるものをつかんでは投げ、また、別の場所に移動し、つかんでは投げ、の繰り返しである。数日前から、台所や戸棚の扉を開けられるようになってしまい、事態はより深刻になってきた。

夫も私も、それぞれの仕事部屋は、大切な書類や資料、画材などが山積みなので、これまで娘はいれないようにしてきた。だが、最近はさすがに目が離せないので、私の仕事部屋に娘をいれて仕事することになった。恐れていたとおり、30分で大地震の後のような状態になる。

先日、いつものごとく「なに、やってるのっ!」という私の怒声と、手にしたボイスレコーダーをとりあげられて、「ギャア~!!」と泣き叫ぶ娘の声に、とうとう夫が私の仕事部屋にやってきて「うるさすぎて、絵が描けない...」とため息まじりに言った。

「さっちゃんに言って」と口をとがらせると、「さっちゃんより、君の声のほうがうるさい...」と夫。その言葉に私が深くキズつき、それ以上にムッとしたのは言うまでもない。「だったら、パパが見てよっ」という言葉をなんとか飲みこんだのは、もし娘が夫の部屋で水さしをひっくりかえして絵を汚しでもしたら、大損害になるからだ。私達のシリアスな雰囲気を敏感に察してか、娘が「ひっく、ひっく」と泣き始める。結局、私がため息と共に仕事を中断し、夜、娘が寝てから、深夜3時まで仕事した。

在宅ワークは、ともするとダラダラと慢性的に「仕事モード」になってしまう。子どもにしてみたら、親はそばにいるのに、いつも相手をしてもらえないわけで、ストレスや不満が募るとも言える。でも、まだ保育園へ預ける気にはなれない。いろいろ考えた結果、ダラダラ仕事モードを防ぐために「夜、娘が寝た後の4時間と、お昼寝中の2時間を「お仕事タイム」として集中し、それ以外は極力パソコンに向かわない」と紙に書いて壁に貼った。まずは、娘を夜9時には寝かしつけることから、はじめることにしよう。

子どもを預けること

2007 年5月号

『子どもを預けること』 中舘  慈子

もうすぐ 3 歳になる孫がやってきた。大人たちを前に、ご機嫌なAくんは、大きな声で言った。
「乳児集会をしま~~す。」
「ええつ!?  乳児?」
「そう。0・1・2 歳児さんは乳児なの。」と、ママの声。
4 月に 2 歳だったAくんは、あと 1 年間は乳児さんということらしい。
エプロンシアターが始まった。
「先生のほうを見てくださ~~い。」
エプロン代わりのポケットから、トーマスやらゴードンを切り抜いたものを後ろ向きにしたもの(真っ黒な影絵のようになっている)・・・・が、次々と出てきて、それが何であるかを当てていくのである。ああ・・・!  私には全然わからない。Aくんは、あきらめたのか、 「これはマードック  これはスペンサー  これは・・・だよ~。」と説明してくれた。

Aくんは0歳のときから保育園に通っている。母乳で育てられた甘えん坊さんは、最初の 1 ヶ月くらいは誰よりも大きな声で一日中泣いていたようだ。そんなときに先生が電車の見えるところまで連れて行くと、ふっと泣き止んだそうだ。最初のことばが「デンチャ」であり、今でも電車が大好きである。 うずらぐみさんからあひるぐみさんに進級して、
「今は  何組さん?」
「えっとね~~。ぺんぎんぐみさんだよ~~。」
お友達もいっぱい。名前も次々に出てくる。休日には家族ぐるみでお食事に、テーマパークにお出かけをしているようだ。

パパとママが、「ちょっとお仕事に行ってくるね。」と出かけた。 「パパとママは、会社に行ってお仕事をするんだよ。お仕事に行くと、ちょっとさみしいなあ。でも、Aくんは、パパとママ  いちばん  だ~~~いすき!」 おばあちゃんは、パパやママにとうていかなわない。 子どもを預けることにはいろいろな考えがあると思う。 私の母は、「子どもはお母さんが家庭で育てるのがいちばん。0 歳から集団に預けるのはかわいそう。」と考えている。

専業母親で、サポートしてくれる人のいない地方で 3 人の年子の子育てをした私は、 「0 歳から保育所やベビーシッターに預けながら、両親が仕事を続けていくことに賛成!  ほどよく仕事をしながら人に預けることも必要。」という考え方である。 親子の絆はいつも一緒にいることだけではないと思う。十分に配慮することで 0歳から保育所やベビーシッターに預けたとしても、親子のアタッチメントの形成は十分にできると思う。 それぞれの家庭が、さまざまな考え方や要因によって、子育ての方法を考えていると思う。どんな方法であっても、子どもが「両親に愛されている」「人に愛されている」ことを実感し、「両親を信頼する」「人を信頼する」ことに結びつくことが、人格の形成に最も大切なことなのではないかと思う。