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子育てエッセイ

赤ちゃん連れ新幹線の旅

2006 年 8月号

『 赤ちゃん連れ新幹線の旅 』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

先日、6ヶ月の娘をA型ベビーカーに乗せて、新幹線で福島から戻ってきた。これまでベビーカーでの長い電車旅は、いつも夫がいっしょで、私ひとりははじめてだった。結果、予想以上に大変で、たくさんの人々のお世話になって無事に帰宅したので、そのことを書こうと思う。

まず、乗りこんだ新幹線の車両が 2 階建てだった(涙)...。カーブした狭い階段を降りなければならず、発車後数分、デッキでどうすべきか考え、結局、まず娘をだっこして降りた。座席に娘を寝かせ、近くに座る40代くらいの背広の男性に、デッキからベビーカーを降ろす間、赤ちゃんが椅子から落ちないよう、押さえていてくれませんかと、おずおずお願いする。男性は一瞬驚いたが、すぐに「いいですよ」と答え、ごつごつした大きな手で、娘のぽちゃぽちゃの体を押さえてくれた。急いでデッキに戻り、折りたたんだベビーカを抱えて階段を降り、席に戻ったら、フギャフギャむずがる娘を男性が非常に不器用にあやしてくれていて、じ~んときた。

宇都宮あたりでトイレに行きたくなったが、あと30分だからとガマンする。大宮で降りるさい、前述の男性はもう下車してしまっていたため、近くに座る別の50代くらいの男性に、また、おずおずお願いし、ベビーカーをデッキに上げている間、赤ちゃんを押さえていてもらった。

京浜東北線に乗り換え、ようやく最寄駅につき、やれやれと思ったが、この駅はのぼりのエスカレーターしかないことを思い出し、「はぁ...」とため息をつく。しばらく考え、結局、ベビーカーを改札の隅に置き、娘をだっこして階段を降り、娘をだっこしていてくれそうな女性をキョロキョロと探した。幸い、いかにも待ち合わせ中の20代後半くらいの女性がいて、おそるおそるお願いしたところ、「いいですよ~」と笑顔で娘を抱きとめてくれた。うれしかった。急いでベビーカーを抱えて降りたら、その女性が同世代の男性と親しげに話している。たぶん、待ち合わせしていた相手だろう。二人共、娘をあやしながら楽しげに笑っている。「...ありがとうございました。すごく助かりました」。お礼を言って娘を受け取り、べビーカーに寝かせている間、男性が「ほんと、超かわいいよなぁ」と言い、女性がしみじみしたまなざしで「うん」と言った。
お辞儀をして、たがいに背を向けた後、「俺らも産むか?」と冗談ぽく言う男性の声と、女性の笑い声が聞こえた。その会話のつづきが、今も気になっている。もしや、うちのおでぶ娘があの二人のゴールインに一役買ったかも知れず...。

※浅田さんの周りには、善意の方が集ってくるのですね。お子様を見ず知らずの人に預けざるを得ない場合は、慎重に人を選ぶようにしてください。(中舘)

バンビーノ子育て相談シリーズ 1 「双子の男の子」

2006 年 8月号

『バンビーノ子育て相談シリーズ  1  「双子の男の子」』

回答者  中舘  慈子

Q .
2歳半の双子の男の子です。A くんは乱暴で B くんのものをすぐにとっては泣かせてしまいます。ついつい A くんばかりしかってしまいます。A くんに言い返したり取り替えしたりできなくていつも泣かされている B くんがかわいそうでかばうのですが、すぐにおんぶをせがみます。
一日中  けんかとおんぶで、へとへと。食事作りに手間をかける時間もありません。どうしたらよいでしょう?

A.
双子は泣くのも一緒。ミルクも一緒。お母さま、2歳半になるまで双子の男の子をほんとうによく育ててこられましたね。けんかとおんぶでへとへと・・・  がんばっているお母さまの様子がよくわかります。
2歳半はちょうど自我が出てきて「じぶんのしたいこと」「いやなこと」がはっきりしてきますが、ことばでうまく伝えられません。昔は「反抗期」ということばがありましたが、今は「自立期」すなわち、自分の意思がしっかりとできて自立に向かう時期とポジティブに捉えたいと思います。

とはいうものの、2歳半はまだまだお母さまが心の安全基地。A くんも B くんもお母さんにたくさん愛して欲しい、たくさん認めて欲しい  と思っています。乱暴に思われる A くんは、おんぶしてもらっている B くんがうらやましいのかも
しれません。A くんが何か良いことをしたときには、うんとほめてぎゅーっと抱きしめてあげてください。逆に B くんには「いや」ということをことばで言えるように伝えてみてください。
けんかはお母さまの愛情のとりあいっこかもしれませんよ。

食事作りは大変だとは思いますが、半製品を使ったり、お子様の寝ている間に作ったものを冷凍しておいたりするなど、ぜひ工夫してみてください。こんなにもてもてお母さまなのも今のうち。いつかそれぞれの世界に飛び立って
いってしまいますよ。時にはベビーシッターに預けたりしてリフレッシュしながら、もてもてお母さまの時間を楽しんでください。

赤ちゃん力(あかちゃんりょく)

2006 年 7月号

『赤ちゃん力(あかちゃんりょく)』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

先週から、主人の東北地方での個展がはじまった。廃線の危機にひんしているようなローカル線の旅をこよなく愛する夫は、会社員時代に鉄道のある風景画を趣味で描き始め、とうとう5年前、無謀にも会社を辞めて、絵描きの道を志すことになったのだ。退社後、知人がひとりもいない福島に移り住み、アルバイトしながら絵を描く夫を、幸運にも、たくさんの地元の人々や地元メディアが応援してくれた。3年前から、毎年夏には県内数ヵ所で個展を開催するようになり、今年もまた。その季節になった。昨年の暮れに、埼玉に戻った夫を、変わらず応援しつづけてくれる福島の人々には夫婦共々、心から感謝している。「御主人のお人柄ですよ」と言われるたびに、謙遜しながらも、夫の温厚さ、素朴さ、謙虚さは国宝級だと私も内心、認めている。

初日から数日間、私と6ヶ月の娘も個展会場にいるのだが、全身ぽちゃぽちゃで、よく笑う娘はまさしく「客寄せパンダ」で、大勢のお客様にだっこされ、会場に笑いと和みをもたらしている。不思議なもので、誰でも、娘を抱いてあやしているとき、なんとも穏やかな優しいまなざしになる。ひとりひとりがなんとも言えない、技巧的でなく、内側からやさしさが滲みでてくるような、いい表情をするのだ。赤ちゃんだけが持ち得る不思議な力が、そうさせるのだろうか。特に、70~80代の方々の、遥か遠い昔を思いだすような、少し切なさの混じった慈しみの表情が心に染みる。まだ、60代の私の親や主人の親には見られない表情である。人生の最終章に入ったことを自覚している人だけが抱く、赤ちゃんへの特別な想いがあるのかもしれない。

来場くださった方の中には、心の病気を患っている方もいたが、8キロになる娘を1時間ほどだっこしつづけ、「赤ちゃんてあったかいですね」と笑った。「よかったら、何度でもいらして、娘をだっこしてあげてください」と言ったら、「本
当ですか?」と花が咲いたような表情になり、「また来ます」と笑顔で帰っていった。

日頃の育児の中では、娘にたいして、その弱さ、危うさばかりが感じられ、「赤ちゃん=つねに大人が守ってないとだめな弱い存在」と思い込んでいた。でも、「ひとりじゃなにもできない」娘が、そのやわらかく、あったかいぬくもりと笑顔で、これだけ多くの人々から、やさしさをひきだし、心を明るくしている現実に、赤ちゃん力(あかちゃんりょく)の凄さを感じている。

ベランダ越しの親切

 2006 年 7月号

『ベランダ越しの親切』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

洗濯ものがなかなか乾かない梅雨どきは、「晴れ=洗濯」である。昨日は朝からいい天気だったので、さっそく布団をベランダに干し、洗濯を開始した。大量の洗濯物をベランダに干し終え、掃除機をかけ、離乳食をつくった後、ようやく寝返りをうちはじめた娘に添い寝して、しばらく相手をしているうちに、いつのまにか寝てしまった。

「松本さぁん、松本さぁん!!」人の声でぼんやりと目を覚まし、目をこすりながら、「そうそう、私は『松本』だった...」と起き上がった。結婚後も、仕事は旧姓でつづけているため、今だに「松本さん」と呼ばれても、ときどきピンとこ
ないことがあるのだ。宅急便だと思いこんで玄関へ向かったら、「松本さぁん!」という声がベランダのほうから聞こえてきた。「...あれぇ、うちじゃないわ。どこか近所にも『松本さん』がいるのかなぁ」と思いながら、ぼんやりしていたら、「雨!雨!」という声が聞こえ、3秒後、私はすべてを理解した。隣の奥さんが、ベランダごしに、雨が降ってきたから、大至急、布団と洗濯物をとりこむよう、叫んでくれていたのだ。
「きゃぁ~っ!!」ベランダに飛び出し、隣のベランダで、慌てて洗濯物をとりこんでいる奥さんに「ありがとうございます!」とひと声叫び、とりこみを開始した。まだ、雨はパラパラ程度だったが、布団は屋根がない柵に干しているため、一刻を争う。日頃の腰痛も忘れて、必死の思いでとりこんだ。幸い、まだ被害は少なく、布団はソファや椅子にかけて乾かすことにした。

夜、帰宅した夫にその日のエピソードを話しながら、二人で「隣の奥さんに感謝だねぇ」と言いあった。昨年の秋、ここに引越してきたときと、娘が生まれたときに挨拶に行っただけのおつきあいだが、うちの布団と洗濯物を心配して、ベランダごしに何度も叫んでくれたことが、とてもうれしかった。親元を離れ、東京で暮らした十数年の間に、漠然と「都会では皆、わずらわしい近所づきあいを求めてない」という概念を抱くようになり、隣人とはほとんどかかわることがなかった。でも、隣人からの親切がこんなにうれしいなんて、自分でも少し驚いている。

フィレンツェの幼稚園視察旅行から

2006 年7月号

『 フィレンツェの幼稚園視察旅行から 』

中舘  慈子

6 月 23 日  イタリアフィレンツェの2つの幼稚園の視察に行ってきました。  

○尊重することを学ぶ園  
ひとつは伝統的なカトリックの園  Scolopi。 道路に面した大きなドアを開けると、その中はもう Scolopi。重厚な美しい絵が壁にいくつも飾られていました。とても魅力的な美人、副学長の Laura  Gallerani が、ぶしつけな私たちの質問に1 時間あまり快く答えてくださいました。  今は小・中学校が併設されており、秋から保護者の要望に応じて幼稚園を新設するとのこと。日本の幼稚園でしたら 4 クラス分には当たるかと思う虹色の柱のあるスペースが、約 20 人の新入園児のために用意されていました。  印象的だったのはさながら小さな科学博物館のような理科室。剥製の鳥や動物が自然の生態のように飾られていたこと、「音」「光」「動力」などさまざまな分野の実験器具が展示されていて授業で実際に使うということ、もちろん骸骨もありました。小学校のころ科学室の骸骨はこわかったし、独特なにおいがしたのをちょっと思い出しましたが、もちろんこれほど充実していませんでした。イタリアでは小さいときから「本物の環境」を与えることを大切にしているのだとため息をつきました。  

園の方針は「教育する」というより「一緒に過ごすことを大切にすること」「遊びの中で学ぶこと」。大切にしていることは「他の友達を尊重すること」「ものを大切にすること」「場所を大切にすること」。こんな環境の中で人を大切に尊
重し、地域や国を大事にする気持ちが育まれるのかもしれませんね。  

○夢を育む園  
次に行ったのはインターナショナルスクールKindergarten。こちらはハンサムは副園長先生  Leonardo  Amulfi、がやはり 1 時間以上質問に答えてくださいました。  
この園はいろいろな国の  どちらかというと恵まれた層のこどもたちが通っていて、日本人も通っていたそうです。ちなみに80%が共働きですが、母親の職業は医師  弁護士  教師などということ。手作りの昼食(もちろんパスタやピザ!おいしそう・・・)やおやつがついて、1 ヶ月 400 ユーロ。日本の感覚から行けば結構安いのではないでしょうか。  開園時間は9時30分から18時。ただし16時以降が延長保育扱いになるそうです。  毎日の活動に「座ってきちんと集中する時間」「自由にのびのびと動く時間」のほかに「面白いことをする時間」があるというのがとても印象的でした。「面白いこと」というのは、楽しいし、大人になっても必ず「面白いこと」をさがせる人になるし、いいですね。「面白いことを生み出す力」を育むというのは。 

さらに、1 年に 1 人、空想上の人物を作ってイメージを膨らませる  という活動があるそうです。今年は「巨人」。子どもたちがみんなでシチュエーションを作って、物語を作っていくのです。「プロジェクト活動」のようなものかと思われますが、「空想上の人物」というところが面白いですね。  「面白いことをする」「空想上の人物を作る」って、実は人間にしかできないすばらしい創造性、想像力、そして夢を育むのではないでしょうか。  飾ってある絵や壁面構成は、類型的なものが並んでいて、ちょっと日本の幼稚園のよう・・・・。でも、はじけるような笑顔のかわいい園児たちは「夢見る天使」のようでした。  

日本の幼児教育  保育のあり方が今大きく変わろうとしています。もちろん利用者のニーズにあった園作りは大切ですが、園として子どもに何を与えていくのか、何を育むのかといった理念を忘れてはならないと思います。

授乳の喜び

2006 年 6月号

『授乳の喜び』 浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

早いもので、娘も丸5ヶ月になった。そろそろ離乳食を開始しなくてはと市の離乳食教室に参加したり、離乳食のレシピ本を買ったりしている。昨日はデパートで赤ちゃん用の食器やスプーン、マグなどを物色しながら、これからはどんどん授乳回数が減っていくんだなぁと思ったら、なんだか少し淋しくなった。

生後3か月くらいまでは、24時間営業での2~3時間ごとの授乳に喜びを感じるゆとりはなく、娘がうまく乳首に吸いつけずに大泣きするわ、あちこちに母乳がこぼれるわで大変だった。特に深夜の授乳は眠いし寒いしで、「粉ミルクのほうがずっと楽だなぁ...」と思ったものだ。だが、母乳育児の良さを病院や友人からたっぷりと聞いていたため、慢性的寝不足と戦いながら、ほとんど母乳のみでがんばり、そのかいあってか、これまで病気ひとつせずに順調に成長している。

この太りっぷりを見れば、母乳だけでも栄養は足りているのが一目瞭然である。最近は育児にもゆとりがでてきて、授乳のひとときを味わえるようになった。フンギャフンギャ泣きだした娘をすっぽりと胸に抱く。とたんに娘は泣きやんで、小ちゃなお口をひらき、唇と歯茎を上手につかって、ウックンウックンおっぱいを吸い始める。どんどん母乳が出て、それまで張っていた乳房がみるみる軟らかくなっていくいっぽう、娘の体が重たくなっていく。気のせいか、娘の体温もあがっているようだ。ときどき、娘は吸う口を休めて、つぶらな瞳でじぃ~っと私を見つめる。にっこり笑い返すと、娘はまたチュッチュクチュッチュクおっぱいを吸い出す。その感覚とぬくもりを味わいながら、私は女に生まれてよかったと思い、母になった幸せを静かにかみしめる。男性には決して、味わえない喜びである。

おむつ変えやお風呂のたびに、娘のムチムチの腕や太ももをさわりながら、「おっぱいだけで、よくぞここまで肥えたもんだ」と満足気ににんまりするのも、母乳育児における大きな楽しみだ。しかし、毎日これだけ大量の母乳を出しているのに、期待していた母乳ダイエットの効果がさっぱりなのは、なぜだろう。

週に一度のギタークラブ

 2006 年 6月号

『週に一度のギタークラブ』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

昨年の秋、妊娠を機に都内からさいたまに引越したさい、それまで所属していた趣味のクラシックギターアンサンブルも、遠くなって通うのが大変だからと退会した。今後、再開するにしても、これからは子どもを抱えての生活になるため、出産後、ひと段落したら、練習場所が近いアンサンブルを改めて探そうと思ったのだ。

出産してから数ヶ月、ようやく赤ちゃんのいる生活にも慣れた頃、近くの公民館をいくつか当たってみた。すると、なんと家から徒歩10分の最寄の公民館にギタークラブがあったのだ。代表者の連絡先を教えてもらい、それから数日後、思いきって電話をかけてみた。「うちはメンバーの平均年齢がかなり高いですが、よかったら一度練習を見学にきてください」と言ってくださり、翌月、娘は主人に見ていてもらい、見学に行った。階段をあがってつきあたりの部屋に向かう途中、ギターの音色が聞こえてきた。久しぶりに聴く、生のギターアンサンブルの音色はせつなく心に響いて、「一個人」としての感覚が自分のなかにわきあがってくるのがわかった。扉を開けると、
50~70代くらいの男女7、8人が練習していて、見学に来たという私を笑顔で迎えてくれた。最高齢の方は87歳と知って驚いたが、「83歳からギターをはじめて、今はギターが楽しくてしょうがない。生きているかぎり、つづける」
という言葉に、「これぞ生涯青春だなぁ...」と思った。

あの日から3ヶ月、毎週1回、娘をベビーカーに乗せてギターの練習に行くのが、現在の私のなによりのリフレッシュである。幸い、娘にとってギターの音色は子守唄に近いらしく、練習中は私の隣で、ほとんどぐずりもせずに、驚くほどぐぅぐぅ寝ている。なによりありがたいのは、子育て経験豊富なメンバーの方々に育児におけるさまざまな疑問や不安をあれこれ聞けることだ。実家が遠いぶん、私には同世代のママ友達以上に、母世代の頼れる存在にほっとする。

「毎週、ここに来て、さっちゃん(娘のこと)をだっこするのが楽しみよ」と言ってくれるメンバーの方々の言葉に、「我が子をいとおしんでくれる人々が地域にいるということは、母親にとってなんて深い安心感と幸福感をもたらすのだろ
う」と感じいってしまう。ギターをつうじて、私はリフレッシュするだけでなく、最高の「子育て支援」にめぐりあえたのだと思っている。

0.98ショック!!

2006 年6月号

『0.98ショック!! 』 中舘  慈子

0.98。これは2005年の東京都合計特殊出生率である。単純に見れば、東京都の女性が生涯に産む子どもの数がついに1人を割ったことになる。全国平均は1.25。もちろん、過去最低である。
「厳しい数字ですね。」
「今年になって出生率の回復のきざしがあるとの報告を受けていたんですけれど、今後、少子化対策は最重要課題になってくると思いますね。」
6月1日に小泉首相が記者団に漏らしたという。

エンゼルプランから始まり、さまざまな少子化対策が講じられているが、出生率の低下はとどまるところを知らない。社会保障が危ぶまれるといったところで、今まで「子どもは女性の問題」という意識を持っていたお役人たちも、やっと自分自身の問題として腰を上げざるを得ないのではないかと思う。

在宅保育サービスの仕事に関わって16年、自分の会社を創って12年になる。もちろん保育所などの施設型保育の充実は必要であるが、「家庭での子育ての支援」の必要性を説き続け、サービスを行い、大学での「在宅保育論」を立ち上げたりしてきた。しかし、国や自治体の在宅保育サービスに対する施策は遅々として進まず、ようやく自治体(川崎市 世田谷区 渋谷区)による産後ヘルパー事業の委託を受け始めたところである。

次は世界の出生率の推移のグラフである。フランスでは1994年ごろから出生率が上がり、現在は1.9である。フランスの子育て支援政策にはベビーシッター料金の助成も含まれている。少子化対策にかける費用も、フランスではGDP(国内総生産)の2.8%であるのに対して、日本は0.6%に過ぎない。
 
最重要課題といわれる日本の少子化対策が、従来の発想で行われたとしても出生率の上昇は望めない。今こそ、在宅保育サービスも含めたトータルな子育て支援が必要である。

バスのなかでの優しい時間

2006 年 5月号

『 バスのなかでの優しい時間 』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

今日は娘の4ヶ月健診に出かけたついでに、久しぶりに隣町で買い物をすることにして、普段はあまり使わないバス停に向かった。娘をだっこしてバスに乗りこんだとき、一瞬、バスの中の雰囲気がなんとなく不自然に感じた。ひとりがけの空席を見つけて座ったら、突然、最後尾の席に座っていた高校生くらいの男の子がやってきて、後ろの席を指でさした。より広い席をゆずってくれたのだ。お礼を言って後ろの席に移動したら、だっこしていた娘がぐずりはじめた。あやしながら、私が「暑いのかな...」とつぶやいたら、隣に座っていた若者が、壁についているエアコンの噴出し口の向きを変えて、娘のほうに冷風がいくようにしてくれた。お礼を言うと、何度もおじぎした。いよいよギャンギャン泣き出した娘をあたふたしながらあやしていたら、前の席の男の子がじぃ~っと娘の顔をのぞきこみ、「しょうがない!しょうがない!」と叫んだ。

ようやく、私はこのバスの乗客である高校生くらいの若者達数名が、軽い知的障害を持っている方たちだと理解した。市内にある学園の生徒さんたちかもしれない。「しょうがない!」と叫んだ若者がバスを降りるさい、突然、「ない!ない!」と叫んで、定期を探し始めると、近くの若者が鞄の中をいっしょに探し始め、運転手はよくあることなのか「大丈夫ですよ~」とのんびり言った。定期が見つかって降りた若者に、バスの中の若者たちが、バイバイと手を振り、降りた子も笑顔で手を振って、バス停で待っていた母親らしき人と歩いていった。

健常者、若者や子ども達が、精神を病み、人を傷つけ、殺める事件が後を立たない。そのいっぽうで、知的障害のある彼らは、見ず知らずの他人をいたわり、友を思い、社会のルールを守って暮らしている。彼らは、こんなにまっとうで、おだやかな世界をつくりあげているのに、なぜ、健常者の生きる社会は、こんなにゆがんでしまったのだろう。

私はできることなら、バスを降りて、バス停で息子を待っていたあの母親らしき人を追いかけてつたえたかった。「あなたの息子さんと、息子さんの友達は、今日、赤ちゃんを連れた私をいたわってくれました。そういう存在が、育児中の多くの母親の心を和ませ、それは少子化とか虐待とか、さまざまな社会問題の改善につながっていくと思います」。

キレる子をつくらない方法

 2006 年5月号

『 キレる子をつくらない方法 』 中舘  慈子

5月10日、たまたまつけたテレビで、「脳科学で防ぐ“キレる子”」(NHK 総合「クローズアップ現代」)が放映されていました。文部科学省が脳科学の立場から「キレる子」の調査に取り組み始めたという番組で、思わず食い入るように見ました。

まず、感情を司る扁桃体の発達を促すためには、身近な親や友達などの笑顔、喜ぶ声、楽しい様子などのコミュニケーションが必要であるということが実証されていました。この実験から、キレない脳にするためには、まず保護者や保育者が笑顔で子どもと接すること、楽しく子どもと接することが必要だといえます。逆にテレビに任せっきりにしていたり、いつも怒った顔や悲しい顔で子どもと接したりしていると、キレる脳になりやすいと言えます。
それらの感情の表出をコントロールするのが前頭前野の46野であり、その様子が光トポグラフィで記録できるということ。たとえばオセロゲームを1人でパソコンに向かってしても46野は働きませんが、友達と対戦するとたちまち赤く光って、大いに活動している様子がわかります。同じゲームでどうしてこのようにちがうかというと、人と対戦するときには「相手の表情を読む」「相手と言葉を交わす」といった脳の働きがあるからだそうです。
この実験から、キレない脳にするためには、家族や友達と直接接することが必要であるということが出来、逆にパソコンなどだけを相手にしていると、キレる脳になりやすいと言えます。

これらの両方を実践する活動として、宇都宮の幼稚園で行われている「じゃれつき遊び」が紹介されました。朝の30分、親  先生  子どもが大声を出しながらスキンシップを取って思い切りじゃれついて遊ぶのです。子どもたちの表情の生き生きとしていたこと!!    「じゃれつき遊び」をしている間は、笑顔での強い感情の表出があり扁桃体が活性化されます。大切なことは終わり方で、「おしまい」の合図でじゃれつきあそびを一斉にやめます。これが感情の激しい表出を抑える前頭前野の46野の働きを高め、「興奮」を「抑制」するブレーキの力を育むということです。
ともかくこの幼稚園では、「じゃれつき遊び」を続けていることで荒れた行動がなくなったということです。

人は人の間で育って、人間になると昔から言われています。しかし、きょうだいもなく、テレビやパソコンなどと向かい合って幼児期を過ごす子供たちも増えてきているのではないでしょうか。
「キレる子」を作らないために、せめて小学校低学年くらいまでは、親子での素朴なスキンシップ遊びを楽しくする時間を作って欲しいと思います。家族でおなかをかかえて笑いあうような時間を作って欲しいと思います。