ホーム>子育てエッセイ

子育てエッセイ

イマドキの若者

2006 年9月号

『イマドキの若者』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

今年の夏の甲子園は見ごたえがあった。安易かもしれないが、今年の甲子園全体をつうじて、「これほど素晴らしい高校生達がいるんだから、そして、これだけ多くの国民が純粋に心打たれているんだから、日本もまだまだ大丈夫」と感じいってしまった。実際、多くのニュース解説者たちも同じ趣旨のことを口にしていて、そのたびに「皆、同じ気持ちなんだ」とニヤリとしてしまう。「イマドキの若者」は「捨てたもんじゃない」どころか、「スバラシイ」ケースもあるのだ。

甲子園の余韻がまだ冷めない中、先週、伊豆の実家から埼玉まで、ベビーカーに娘を乗せてひとり電車で戻ってきたのだが、このとき出会った「イマドキの若者」についても、ぜひ書きとめておきたい。彼も、私に「日本も、まだまだ大丈夫」と感じさせてくれたひとりである。

熱海で伊豆急行から東海道線に乗り換え、ベビーカーを押しながら車内にのりこんだ。隅の席に二十歳くらいの若い男性が、ヘッドフォンステレオを聴きながら、眼を閉じて座っている。長い足を大きく開き、音も多少洩れていて、くちゃくちゃとガムを噛み、いわゆる「周囲の迷惑を考えないイマドキの若者」に見えなくもなかった。次の駅に電車が止まったら、その若者はブスッとした仕草でたちあがり、私とまったく眼をあわさずに下車した。「やった、席があいた」と、私はいそいそとベビーカーを押し、その席に座った。それからしばらくして、娘がむずがりはじめたので膝にだっこしながら、なにげなく隣の車両をガラスごしに見たら、なんと先ほどの若者が奥のほうに座っているではないか。下車したふりをして、隣の車両に乗り換えていたのだ。たぶん、赤ちゃん連れの私に席を譲るために。

彼が降りたのは、私と同じ終点の東京駅だった。ホームに下りたとき、前方5メートくらいの位置を彼が歩いていた。お礼を言いたかったが、言われたくないだろうと思い、彼の背に向かって心でお礼した。黒い無地のTシャツの背に白いロゴで「ほっといてください」と書いてあるのが、おかしかった。どこで販売しているTシャツだろう。これがこの夏最後の、いい思い出だ。

バンビーノ子育て相談シリーズ 2 「おむつはずれ」

2006 年 9月号

『バンビーノ子育て相談シリーズ  2  「おむつはずれ」』

回答者  中舘  慈子

Q.
3歳5ヶ月の男の子です。2歳のときにおむつをうまくはずすことができませんでした。夫婦でおむつをはずすことに一生懸命なのですが、言えば言うほど反抗的になります。失敗するとついいらいらして、強い言葉で怒ったりしてしまう自分自身にも罪悪感を持ってしまいます。来年からは幼稚園に入れたいのですが、このままではとても心配です。

A.
一般的に、排泄の自立というのは  おしっこがたまったことがわかる⇒いまおしっこをしてはいけないと我慢できる⇒トイレに行っておしっこをする  という流れができることですが、発達には個人差があります。  おしっこの感覚が 2 時間くらいになってきたらそろそろおむつはずしの時期かもしれません。家では床が汚れず、濡れた感覚がわかるトレーニングパンツを使うのも良いと思います。床が汚れてもあまりいらいらしないお母さんなら、いきなりおむつからパンツでもいいかもしれません。紙おむつにも子どもに濡れた感じがわかるものなどいろいろありますので、お店の人に確認してみて下さい。  お昼寝の後などおむつに出ていないときトイレに連れて行き、もし出たときにはうんとほめてあげましょう。出た後に教えたときも、叱らずにほめてあげてください。  

さて、ご質問のお母様ですが、失敗するといらいらする気持はとてもよくわかります。幼稚園に行けるのかしら?  と心配される気持もよくわかります。
しかし、みんなおむつはずしに悩んでいるのです。私も子育てをしていたころ、タイミングがずれて一日中おもらしになっていらいらすることがよくありました。しかしいつの間にか、ちゃんとトイレでできるようになりました。  今は「子どもがトイレに行きたいという気持ちが育てば自然に外れる」ということで「おむつはずれ」ということばもあるくらいです。「いつか必ずおむつが外れるときが来る」わけですから、おむつばかりに気持をとらわれることなく、お子様とのふれあいを楽しんでいただければと思います。おむつが早くはずれるよりもお子様が日々楽しく過ごすことのほうが大切なのです。意外とお母様の気持がおむつ以外のことに向いたときに、すんなり外れるものです。  お子様と幼稚園を見に行って、幼稚園に入ったら、楽しいことが待っているというようなわくわくするようなお話をしてみたらいかがでしょうか。

現代の忙しいおばあちゃん

2006 年 8月号

『現代の忙しいおばあちゃん』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

先週から、7か月になる娘を連れて、伊豆の実家に帰省している。出産前は、実家に帰省した時は娘の世話は親(母)に押しつけて、私は観劇やエステに行ったり、こころゆくまで惰眠をむさぼるつもりだったのだが、現実はそうもいかない。親も、けっこう忙しいのだ。仕事をしているわけでもないのに、である。父の定年後、両親は伊豆の山奥に引っ越し、念願の田舎暮らしをはじめた。畑仕事と、やたらと広い庭の植物の手入れで、父も母も、日中は家の外にいる時間が多い。だから、結局、私と娘が家に二人きりで、のんびり昼寝もできない。その上、陶芸やコーラス、ハーブ栽培など、趣味の活動でしょっちゅう外出する。孫が来ているときくらい、趣味の活動を少しは休んでもよさそうなものだが、「今月は窯炊き当番だから」とか、「発表会前で練習を休めないから」とか言いながら、出かけていく。...まぁ、食事の支度だけは母がしてくれるので、ありがたいと思うことにしているが、当初は少し不満であった。

もちろん、両親は孫である娘のことを大層いとおしみ、かわいがっている。娘をだっこしてあやしているときの親の表情は、「慈愛」という文字を絵にしたようで写真に撮りたくなるほどだ。けれど、親にとっては孫のいとおしさと、自分の生活を変えてまで孫の世話をするのとは、まったく別次元のことなのだと、最近になって思えるようになった。親には親の日常があり、すべきことや、やりたいことがいっぱいある。それらをすべて後回しにして、孫の相手を優先することを親に期待するのは私のワガママなのだろう。実際、「期待していたほど、親が子どもを預かってくれない」と友人もこぼしている。私の親に限らず、現代のおばあちゃんは皆、忙しいのだ。

昨日は、昼過ぎにぐずる娘の添い寝をしながら、いつのまにか寝てしまった。
夕方、起きて窓を見たら、コーラスから帰宅した母が、夕暮れの庭の水まきをしている姿が見えた。庭の木々も、畑の作物も、背景の山々も夕焼けで光っている。こんなに美しい、自然豊かな「田舎」を私と娘にあたえてくれただけでも、親に感謝すべきなのだろう。

赤ちゃん連れ新幹線の旅

2006 年 8月号

『 赤ちゃん連れ新幹線の旅 』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

先日、6ヶ月の娘をA型ベビーカーに乗せて、新幹線で福島から戻ってきた。これまでベビーカーでの長い電車旅は、いつも夫がいっしょで、私ひとりははじめてだった。結果、予想以上に大変で、たくさんの人々のお世話になって無事に帰宅したので、そのことを書こうと思う。

まず、乗りこんだ新幹線の車両が 2 階建てだった(涙)...。カーブした狭い階段を降りなければならず、発車後数分、デッキでどうすべきか考え、結局、まず娘をだっこして降りた。座席に娘を寝かせ、近くに座る40代くらいの背広の男性に、デッキからベビーカーを降ろす間、赤ちゃんが椅子から落ちないよう、押さえていてくれませんかと、おずおずお願いする。男性は一瞬驚いたが、すぐに「いいですよ」と答え、ごつごつした大きな手で、娘のぽちゃぽちゃの体を押さえてくれた。急いでデッキに戻り、折りたたんだベビーカを抱えて階段を降り、席に戻ったら、フギャフギャむずがる娘を男性が非常に不器用にあやしてくれていて、じ~んときた。

宇都宮あたりでトイレに行きたくなったが、あと30分だからとガマンする。大宮で降りるさい、前述の男性はもう下車してしまっていたため、近くに座る別の50代くらいの男性に、また、おずおずお願いし、ベビーカーをデッキに上げている間、赤ちゃんを押さえていてもらった。

京浜東北線に乗り換え、ようやく最寄駅につき、やれやれと思ったが、この駅はのぼりのエスカレーターしかないことを思い出し、「はぁ...」とため息をつく。しばらく考え、結局、ベビーカーを改札の隅に置き、娘をだっこして階段を降り、娘をだっこしていてくれそうな女性をキョロキョロと探した。幸い、いかにも待ち合わせ中の20代後半くらいの女性がいて、おそるおそるお願いしたところ、「いいですよ~」と笑顔で娘を抱きとめてくれた。うれしかった。急いでベビーカーを抱えて降りたら、その女性が同世代の男性と親しげに話している。たぶん、待ち合わせしていた相手だろう。二人共、娘をあやしながら楽しげに笑っている。「...ありがとうございました。すごく助かりました」。お礼を言って娘を受け取り、べビーカーに寝かせている間、男性が「ほんと、超かわいいよなぁ」と言い、女性がしみじみしたまなざしで「うん」と言った。
お辞儀をして、たがいに背を向けた後、「俺らも産むか?」と冗談ぽく言う男性の声と、女性の笑い声が聞こえた。その会話のつづきが、今も気になっている。もしや、うちのおでぶ娘があの二人のゴールインに一役買ったかも知れず...。

※浅田さんの周りには、善意の方が集ってくるのですね。お子様を見ず知らずの人に預けざるを得ない場合は、慎重に人を選ぶようにしてください。(中舘)

バンビーノ子育て相談シリーズ 1 「双子の男の子」

2006 年 8月号

『バンビーノ子育て相談シリーズ  1  「双子の男の子」』

回答者  中舘  慈子

Q .
2歳半の双子の男の子です。A くんは乱暴で B くんのものをすぐにとっては泣かせてしまいます。ついつい A くんばかりしかってしまいます。A くんに言い返したり取り替えしたりできなくていつも泣かされている B くんがかわいそうでかばうのですが、すぐにおんぶをせがみます。
一日中  けんかとおんぶで、へとへと。食事作りに手間をかける時間もありません。どうしたらよいでしょう?

A.
双子は泣くのも一緒。ミルクも一緒。お母さま、2歳半になるまで双子の男の子をほんとうによく育ててこられましたね。けんかとおんぶでへとへと・・・  がんばっているお母さまの様子がよくわかります。
2歳半はちょうど自我が出てきて「じぶんのしたいこと」「いやなこと」がはっきりしてきますが、ことばでうまく伝えられません。昔は「反抗期」ということばがありましたが、今は「自立期」すなわち、自分の意思がしっかりとできて自立に向かう時期とポジティブに捉えたいと思います。

とはいうものの、2歳半はまだまだお母さまが心の安全基地。A くんも B くんもお母さんにたくさん愛して欲しい、たくさん認めて欲しい  と思っています。乱暴に思われる A くんは、おんぶしてもらっている B くんがうらやましいのかも
しれません。A くんが何か良いことをしたときには、うんとほめてぎゅーっと抱きしめてあげてください。逆に B くんには「いや」ということをことばで言えるように伝えてみてください。
けんかはお母さまの愛情のとりあいっこかもしれませんよ。

食事作りは大変だとは思いますが、半製品を使ったり、お子様の寝ている間に作ったものを冷凍しておいたりするなど、ぜひ工夫してみてください。こんなにもてもてお母さまなのも今のうち。いつかそれぞれの世界に飛び立って
いってしまいますよ。時にはベビーシッターに預けたりしてリフレッシュしながら、もてもてお母さまの時間を楽しんでください。

赤ちゃん力(あかちゃんりょく)

2006 年 7月号

『赤ちゃん力(あかちゃんりょく)』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

先週から、主人の東北地方での個展がはじまった。廃線の危機にひんしているようなローカル線の旅をこよなく愛する夫は、会社員時代に鉄道のある風景画を趣味で描き始め、とうとう5年前、無謀にも会社を辞めて、絵描きの道を志すことになったのだ。退社後、知人がひとりもいない福島に移り住み、アルバイトしながら絵を描く夫を、幸運にも、たくさんの地元の人々や地元メディアが応援してくれた。3年前から、毎年夏には県内数ヵ所で個展を開催するようになり、今年もまた。その季節になった。昨年の暮れに、埼玉に戻った夫を、変わらず応援しつづけてくれる福島の人々には夫婦共々、心から感謝している。「御主人のお人柄ですよ」と言われるたびに、謙遜しながらも、夫の温厚さ、素朴さ、謙虚さは国宝級だと私も内心、認めている。

初日から数日間、私と6ヶ月の娘も個展会場にいるのだが、全身ぽちゃぽちゃで、よく笑う娘はまさしく「客寄せパンダ」で、大勢のお客様にだっこされ、会場に笑いと和みをもたらしている。不思議なもので、誰でも、娘を抱いてあやしているとき、なんとも穏やかな優しいまなざしになる。ひとりひとりがなんとも言えない、技巧的でなく、内側からやさしさが滲みでてくるような、いい表情をするのだ。赤ちゃんだけが持ち得る不思議な力が、そうさせるのだろうか。特に、70~80代の方々の、遥か遠い昔を思いだすような、少し切なさの混じった慈しみの表情が心に染みる。まだ、60代の私の親や主人の親には見られない表情である。人生の最終章に入ったことを自覚している人だけが抱く、赤ちゃんへの特別な想いがあるのかもしれない。

来場くださった方の中には、心の病気を患っている方もいたが、8キロになる娘を1時間ほどだっこしつづけ、「赤ちゃんてあったかいですね」と笑った。「よかったら、何度でもいらして、娘をだっこしてあげてください」と言ったら、「本
当ですか?」と花が咲いたような表情になり、「また来ます」と笑顔で帰っていった。

日頃の育児の中では、娘にたいして、その弱さ、危うさばかりが感じられ、「赤ちゃん=つねに大人が守ってないとだめな弱い存在」と思い込んでいた。でも、「ひとりじゃなにもできない」娘が、そのやわらかく、あったかいぬくもりと笑顔で、これだけ多くの人々から、やさしさをひきだし、心を明るくしている現実に、赤ちゃん力(あかちゃんりょく)の凄さを感じている。

ベランダ越しの親切

 2006 年 7月号

『ベランダ越しの親切』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

洗濯ものがなかなか乾かない梅雨どきは、「晴れ=洗濯」である。昨日は朝からいい天気だったので、さっそく布団をベランダに干し、洗濯を開始した。大量の洗濯物をベランダに干し終え、掃除機をかけ、離乳食をつくった後、ようやく寝返りをうちはじめた娘に添い寝して、しばらく相手をしているうちに、いつのまにか寝てしまった。

「松本さぁん、松本さぁん!!」人の声でぼんやりと目を覚まし、目をこすりながら、「そうそう、私は『松本』だった...」と起き上がった。結婚後も、仕事は旧姓でつづけているため、今だに「松本さん」と呼ばれても、ときどきピンとこ
ないことがあるのだ。宅急便だと思いこんで玄関へ向かったら、「松本さぁん!」という声がベランダのほうから聞こえてきた。「...あれぇ、うちじゃないわ。どこか近所にも『松本さん』がいるのかなぁ」と思いながら、ぼんやりしていたら、「雨!雨!」という声が聞こえ、3秒後、私はすべてを理解した。隣の奥さんが、ベランダごしに、雨が降ってきたから、大至急、布団と洗濯物をとりこむよう、叫んでくれていたのだ。
「きゃぁ~っ!!」ベランダに飛び出し、隣のベランダで、慌てて洗濯物をとりこんでいる奥さんに「ありがとうございます!」とひと声叫び、とりこみを開始した。まだ、雨はパラパラ程度だったが、布団は屋根がない柵に干しているため、一刻を争う。日頃の腰痛も忘れて、必死の思いでとりこんだ。幸い、まだ被害は少なく、布団はソファや椅子にかけて乾かすことにした。

夜、帰宅した夫にその日のエピソードを話しながら、二人で「隣の奥さんに感謝だねぇ」と言いあった。昨年の秋、ここに引越してきたときと、娘が生まれたときに挨拶に行っただけのおつきあいだが、うちの布団と洗濯物を心配して、ベランダごしに何度も叫んでくれたことが、とてもうれしかった。親元を離れ、東京で暮らした十数年の間に、漠然と「都会では皆、わずらわしい近所づきあいを求めてない」という概念を抱くようになり、隣人とはほとんどかかわることがなかった。でも、隣人からの親切がこんなにうれしいなんて、自分でも少し驚いている。

フィレンツェの幼稚園視察旅行から

2006 年7月号

『 フィレンツェの幼稚園視察旅行から 』

中舘  慈子

6 月 23 日  イタリアフィレンツェの2つの幼稚園の視察に行ってきました。  

○尊重することを学ぶ園  
ひとつは伝統的なカトリックの園  Scolopi。 道路に面した大きなドアを開けると、その中はもう Scolopi。重厚な美しい絵が壁にいくつも飾られていました。とても魅力的な美人、副学長の Laura  Gallerani が、ぶしつけな私たちの質問に1 時間あまり快く答えてくださいました。  今は小・中学校が併設されており、秋から保護者の要望に応じて幼稚園を新設するとのこと。日本の幼稚園でしたら 4 クラス分には当たるかと思う虹色の柱のあるスペースが、約 20 人の新入園児のために用意されていました。  印象的だったのはさながら小さな科学博物館のような理科室。剥製の鳥や動物が自然の生態のように飾られていたこと、「音」「光」「動力」などさまざまな分野の実験器具が展示されていて授業で実際に使うということ、もちろん骸骨もありました。小学校のころ科学室の骸骨はこわかったし、独特なにおいがしたのをちょっと思い出しましたが、もちろんこれほど充実していませんでした。イタリアでは小さいときから「本物の環境」を与えることを大切にしているのだとため息をつきました。  

園の方針は「教育する」というより「一緒に過ごすことを大切にすること」「遊びの中で学ぶこと」。大切にしていることは「他の友達を尊重すること」「ものを大切にすること」「場所を大切にすること」。こんな環境の中で人を大切に尊
重し、地域や国を大事にする気持ちが育まれるのかもしれませんね。  

○夢を育む園  
次に行ったのはインターナショナルスクールKindergarten。こちらはハンサムは副園長先生  Leonardo  Amulfi、がやはり 1 時間以上質問に答えてくださいました。  
この園はいろいろな国の  どちらかというと恵まれた層のこどもたちが通っていて、日本人も通っていたそうです。ちなみに80%が共働きですが、母親の職業は医師  弁護士  教師などということ。手作りの昼食(もちろんパスタやピザ!おいしそう・・・)やおやつがついて、1 ヶ月 400 ユーロ。日本の感覚から行けば結構安いのではないでしょうか。  開園時間は9時30分から18時。ただし16時以降が延長保育扱いになるそうです。  毎日の活動に「座ってきちんと集中する時間」「自由にのびのびと動く時間」のほかに「面白いことをする時間」があるというのがとても印象的でした。「面白いこと」というのは、楽しいし、大人になっても必ず「面白いこと」をさがせる人になるし、いいですね。「面白いことを生み出す力」を育むというのは。 

さらに、1 年に 1 人、空想上の人物を作ってイメージを膨らませる  という活動があるそうです。今年は「巨人」。子どもたちがみんなでシチュエーションを作って、物語を作っていくのです。「プロジェクト活動」のようなものかと思われますが、「空想上の人物」というところが面白いですね。  「面白いことをする」「空想上の人物を作る」って、実は人間にしかできないすばらしい創造性、想像力、そして夢を育むのではないでしょうか。  飾ってある絵や壁面構成は、類型的なものが並んでいて、ちょっと日本の幼稚園のよう・・・・。でも、はじけるような笑顔のかわいい園児たちは「夢見る天使」のようでした。  

日本の幼児教育  保育のあり方が今大きく変わろうとしています。もちろん利用者のニーズにあった園作りは大切ですが、園として子どもに何を与えていくのか、何を育むのかといった理念を忘れてはならないと思います。

授乳の喜び

2006 年 6月号

『授乳の喜び』 浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

早いもので、娘も丸5ヶ月になった。そろそろ離乳食を開始しなくてはと市の離乳食教室に参加したり、離乳食のレシピ本を買ったりしている。昨日はデパートで赤ちゃん用の食器やスプーン、マグなどを物色しながら、これからはどんどん授乳回数が減っていくんだなぁと思ったら、なんだか少し淋しくなった。

生後3か月くらいまでは、24時間営業での2~3時間ごとの授乳に喜びを感じるゆとりはなく、娘がうまく乳首に吸いつけずに大泣きするわ、あちこちに母乳がこぼれるわで大変だった。特に深夜の授乳は眠いし寒いしで、「粉ミルクのほうがずっと楽だなぁ...」と思ったものだ。だが、母乳育児の良さを病院や友人からたっぷりと聞いていたため、慢性的寝不足と戦いながら、ほとんど母乳のみでがんばり、そのかいあってか、これまで病気ひとつせずに順調に成長している。

この太りっぷりを見れば、母乳だけでも栄養は足りているのが一目瞭然である。最近は育児にもゆとりがでてきて、授乳のひとときを味わえるようになった。フンギャフンギャ泣きだした娘をすっぽりと胸に抱く。とたんに娘は泣きやんで、小ちゃなお口をひらき、唇と歯茎を上手につかって、ウックンウックンおっぱいを吸い始める。どんどん母乳が出て、それまで張っていた乳房がみるみる軟らかくなっていくいっぽう、娘の体が重たくなっていく。気のせいか、娘の体温もあがっているようだ。ときどき、娘は吸う口を休めて、つぶらな瞳でじぃ~っと私を見つめる。にっこり笑い返すと、娘はまたチュッチュクチュッチュクおっぱいを吸い出す。その感覚とぬくもりを味わいながら、私は女に生まれてよかったと思い、母になった幸せを静かにかみしめる。男性には決して、味わえない喜びである。

おむつ変えやお風呂のたびに、娘のムチムチの腕や太ももをさわりながら、「おっぱいだけで、よくぞここまで肥えたもんだ」と満足気ににんまりするのも、母乳育児における大きな楽しみだ。しかし、毎日これだけ大量の母乳を出しているのに、期待していた母乳ダイエットの効果がさっぱりなのは、なぜだろう。

週に一度のギタークラブ

 2006 年 6月号

『週に一度のギタークラブ』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

昨年の秋、妊娠を機に都内からさいたまに引越したさい、それまで所属していた趣味のクラシックギターアンサンブルも、遠くなって通うのが大変だからと退会した。今後、再開するにしても、これからは子どもを抱えての生活になるため、出産後、ひと段落したら、練習場所が近いアンサンブルを改めて探そうと思ったのだ。

出産してから数ヶ月、ようやく赤ちゃんのいる生活にも慣れた頃、近くの公民館をいくつか当たってみた。すると、なんと家から徒歩10分の最寄の公民館にギタークラブがあったのだ。代表者の連絡先を教えてもらい、それから数日後、思いきって電話をかけてみた。「うちはメンバーの平均年齢がかなり高いですが、よかったら一度練習を見学にきてください」と言ってくださり、翌月、娘は主人に見ていてもらい、見学に行った。階段をあがってつきあたりの部屋に向かう途中、ギターの音色が聞こえてきた。久しぶりに聴く、生のギターアンサンブルの音色はせつなく心に響いて、「一個人」としての感覚が自分のなかにわきあがってくるのがわかった。扉を開けると、
50~70代くらいの男女7、8人が練習していて、見学に来たという私を笑顔で迎えてくれた。最高齢の方は87歳と知って驚いたが、「83歳からギターをはじめて、今はギターが楽しくてしょうがない。生きているかぎり、つづける」
という言葉に、「これぞ生涯青春だなぁ...」と思った。

あの日から3ヶ月、毎週1回、娘をベビーカーに乗せてギターの練習に行くのが、現在の私のなによりのリフレッシュである。幸い、娘にとってギターの音色は子守唄に近いらしく、練習中は私の隣で、ほとんどぐずりもせずに、驚くほどぐぅぐぅ寝ている。なによりありがたいのは、子育て経験豊富なメンバーの方々に育児におけるさまざまな疑問や不安をあれこれ聞けることだ。実家が遠いぶん、私には同世代のママ友達以上に、母世代の頼れる存在にほっとする。

「毎週、ここに来て、さっちゃん(娘のこと)をだっこするのが楽しみよ」と言ってくれるメンバーの方々の言葉に、「我が子をいとおしんでくれる人々が地域にいるということは、母親にとってなんて深い安心感と幸福感をもたらすのだろ
う」と感じいってしまう。ギターをつうじて、私はリフレッシュするだけでなく、最高の「子育て支援」にめぐりあえたのだと思っている。