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子育てエッセイ

身近にジイジ・バアバがいる子育て環境

2006 年 1月号

『身近にジイジ・バアバがいる子育て環境』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)
 

出産予定日が近いこともあって、今年の年末年始はたがいの実家には帰らずに、夫婦ふたりだけの最後のひとときを味わっている。近くに住む夫の両親が、大晦日に手作りのおせち料理やお惣菜を大量に持ってきてくれたので、身重の私は大助かりだ。

昨年の夏までは東京の杉並に住んでいた。当初は出産後もそこに住みつづける予定でいたが、夫婦共に仕事をつづけながらの今後の育児の大変さを思うと、やはりジイジ・バアバが身近な環境のほうがなにかと助かるという考えにたどり着き、9月に思いきって夫の両親が住む埼玉に引っ越したのだ。

正直、夫の実家の近くに住むことには、懸念もあった。これまで、さまざまな友人知人から「ダンナの親とは、なるべく遠く離れていたほうがうまくいく」 「会うのは年数回程度でいい」といった言葉をさんざん聞かされてきたからだ。二世帯住宅を建てて同居をはじめたものの、うまくいかなかった友人や、嫁姑問題が理由で離婚してしまった夫婦もいる。ゆえに、結婚しても義父母とは、ある程度距離を置こうと漠然と考えていた。

だが、これまでのシッター体験をつうじて、私の考えは少しずつ変わっていくことになる。派遣されるシッター先は、ほとんど核家族だが、近くに祖父母が住んでいる家庭も少なくない。そのような家庭でのシッターをつうじて、祖父母が身近な環境での子育ては、子どもの送り迎えを引き受けてもらったり、預かってもらったりといった物理的なメリットだけでなく、子どもの健全な人格形成においても良いのではと、子どもたちを見ていて感じることが多かったのだ。

いちがいには言えないだろうが、祖父母が身近な環境で育っている子どもたちは、総体的に「穏やかで、落ち着いている」子が多かった。自分のことを無条件にいとおしんで、大切にしてくれる大人の存在、忙しい親とは別に、じっくりと自分の話を聞いてくれる大人が日常的に存在する生活環境が、子どもの心を安定させるのかもしれない。

子どもの親と祖父母とでは、育て方や教育方針をめぐって意見がわかれることもあるだろうが、自分のことを心配して、かまってくれる大人が複数いることは、少なくとも子どもにとってはいいことだと思う。
両家の実家が遠く離れている核家族の場合、レギュラーのシッターが、その役割を担っているケースも多いだろう。子どもたちに「自分は大切にされている」「愛されている」という確信を漠然と抱かせてくれる大人の存在は、親だけでいいということはなく、ひとりでも多いにこしたことはない。親以外にも日常的にそういう大人が存在する子どもの生活環境の整備は、この数年、増えつづけている児童虐待や不登校、ひきこもり、「子どもが被害者・加害者の犯罪」の未然防止につながっていくだろうと、私は真剣に思っている。

2006年の課題

2006年 1月号

『2006 年の課題』 中舘 慈子

自分を客観的に見つめ、自分を振り返り、足りないところが自分の成長課題であると気づくことはとても大切なことだと思います。そこで、クラブ  デル  バンビーノのシッターさん全員が「2005 年ふりかえりチェックシート」に記入し、そこから気づいた決意、「私の 2006 年の課題」を書きました。次はその一部です。

「努力!!」
日々変化していく保育の現場。身近なところで言えば、子どもたちが興味を示すおもちゃ、キャラクターもどんどん変わっていき、話題についていくのが精一杯なのが今の現場です。そこで私はお子さまと共通の話題が持てるように努力していきたいと思っています。
また、お子様に限らず、今のお母様方はネットなどでさまざまな知識や情報を持っていらっしゃいます。その情報に遅れないよう努力すると共に、今までの経験を生かし、アドバイスできる立場になれるようにしていきたいと思います。それぞれのご家庭で違う教育方針に戸惑うことなく、柔軟に対応していけるよう、経験や知識を増やしていきたいと思います。

「初心を忘れずに」
いつも子どもたちのたくさんの笑顔やつぶやき、素直な表現、優しさをもらっているのでとても感謝しています。仕事をしながらも勉強、勉強の毎日を今年も大切にしていこうと思います。
出会ったお子様やお母様方に少しでも「自分の存在が残ってくれれば」と感じます。それを意識することで、日々のシッティングに対し、責任やプロ意識を再確認できています。
そして、最近のニュースでは、子どもが犠牲となる悲しい事件や事故が多く、私自身一人の人間として、女性として、保育者として、子どもたちを守る立場として、真剣に取り組む問題だと感じています。他人事では決しては済まされないことであり、日々心に留めておくべきことだと思います。最後に、今年も初心を忘れずに責任感を持ってのシッティングに努めます。

「基本的な生活習慣の見直し」
私は現在主に小学一年生のYちゃん(女児)のシッティングに伺っています。Yちゃんとご両親との出会いは3年前。Yちゃんが保育園の年少さんのときでした。Yちゃんはとても賢く私とも信頼関係が築けて特に問題もなく過ごしております。
ただ、なれてきた分初めは見せなかったYちゃんのお行儀や行動が少し気になってきたのも事実です。たとえば以前は帰宅後まっすぐに洗面所に向かい手洗い、うがいをしていたのが、最近はすぐ日本を読み始めたりピアノを弾き始めたり・・・(もちろんその都度、手洗いのほうを先にと声かけをしていますが・・・・)
また、お食事中足が上がってしまったり、本を読みながら食事をしたり・・・なによりもお食事前の「いただきます」の挨拶ができないのは恥ずかしいこと。来年はYちゃんも 2 年生に進級し成長するわけですから、私も温かい心で初心に帰り、改めてご家庭の方針に添いながら生活習慣を見直すことが課題です。

子どもが健康に育つ社会

2005年12月第3号

『子どもが健康に育つ社会』 中舘慈子

2006年は「次世代育成支援行動計画」の取り組みが、国・地方自治体・事業主によって本格的に実施された年である。また、「子ども子育て応援プラン」(少子化社会対策大綱に基づく重点施策の実施計画について)の施策が開始された年である。これは10年後の「目指すべき社会の姿」の展望を示し、「子どもが健康に育つ社会」「子どもを産み、育てることに喜びを感じることのできる社会」に向かって進めていくプランである。この中に「在宅保育」が組み込まれていたことは、今までの保育所中心の施策から画期的な転換であったと思っている。

弊社においては、川崎市の「産後家庭支援ヘルパー事業」、世田谷区の「さんさんサポート事業」の指定事業者になり、産後の母子共に大切な時期に産褥期のサポートを利用すると自治体から助成が出ることになった。「在宅保育」が公的な子育て支援制度に浸透していくきっかけとなったのではないかと思う。

しかし、日本全体を見渡したときに「子どもが健康に育つ社会」「子どもを産み、育てることに喜びを感じることのできる社会」に向かって一歩でも進んでいるのだろうか?

むしろ子ども受難の年だった印象がぬぐえない。小学生が酷い事件の被害者になった。
「子どもが健康に育つ」どころか、かけがえのない命が奪われたり、いつまでもぬぐうことのできない深い心の傷を負ったりしている。このようなときにまず考えられていることは、被害者にならないための自衛手段である。スクールバスによる送迎、地域ボランティアによる巡回、集団登下校、非常ブザーなどの携帯・・・。もちろん弊社の学童サポーターによる送迎も含ま
れる。もう、日本は安心して登下校できる国ではなくなってしまったのだろうか?物騒な世の中、保護者は「子どもを産み、育てること」に「喜び」ばかり感じていられない。

次に考えなければならないのは、加害者を作らないことである。気質、家庭での生育歴、さまざまな社会的環境などの要素が複雑に重なり、犯罪者を生んでいるのだと思う。さらに、更生も含めた犯罪者の処遇や事件のマスコミ報道についても真剣に考えなければならない。犯罪者がスター気取りになるなど決して許されないことである。しかし、このような犯罪者はどんな子ども時代を送ったのだろうか・・・?ふと思う。

子どものときに認められ、肯定的に受け入れられた幸せな思い出がたくさんあれば、自分を認めて自分自身に自信を持つことができる人になる。そのような人は他者を認めて傷つけることはないだろう。こうして健康な人が育つ。逆の場合は悪循環になる。犯罪者のような不健康な人を生む。

「子どもが健康に育つ社会」に一歩近づくためには「心が健康に育った大人」の力が必要である。そして、そのためには親ばかりでなく、多くの健康な大人の力が必要なのだと思う。

弊社でも、心身ともに健康な保育者の育成に努め、一人ひとりのお子様が健康に
育つための支援を行いたいと気持ちを新たにしている。

小学生による「詩のボクシング」

2005年12月第4号

『小学生による「詩のボクシング」』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

先日、都内の某私立小学校が、国語の授業の一環として行っている詩の朗読イベント「詩のボクシング」に招いて頂いた。とてもおもしろく、得るものの多い体験だったので、今回はそのことを書こうと思う。

「詩のボクシング」は別名、「言葉の格闘技」とも呼ばれ、青・赤コーナーにわかれた詩人(朗読ボクサー)がリング上で順番に自作の詩を朗読しあい、会場の審査員や観客の多数決によって、勝敗を決めるものである。現在、日本各地で大会が行われ、全国大会は数年前からNHK‐BSでも放映されている。勝ち負けを競うところが、賛否両論わかれるところだが、だからこそおもしろい、盛りあがる、という面もあるようだ。

当日は、5年生の児童10名が、青、赤にわかれての朗読ボクサーになり、教室の前にセッティングされたリング上で自作の詩を朗読した。両コーナーのボクサーが読み終わると、観客である他の児童たちがそれぞれの詩についての感想を発表しあい、プリントに感想を記入する。判定タイムになると、青か赤、より自分の心に響いたほうのプレートを掲げ、先生がその数をカウントし、勝者の手をとってボクシングの試合のように高だかと掲げる。大拍手の中、勝った児童は照れくさそうな笑みを浮かべながらも、うれしそうだ。

当日は、まずなにより、児童による自作の詩の内容に驚かされた。文学的にどうこうということではなく、聴いていて「こんなことを、まだ11歳の子どもが考えているのか」「私が思っているより、11歳ってずっと大人なんだなぁ…」と感じいってしまうことの連続であった。作文とはちがう「詩」だからこそ書ける、表現できる部分が、子どもの世界にも存在するのだろう。これをきっかけに、それまでは知らなかった級友の一面を知ったり、他者と心が響きあう喜びを知る児童もいるだろうなと思う。

そして、それ以上に驚かされたのが、児童たちの、級友による自作の詩の朗読を、真剣に聴く力である。後で先生に指名されて感想を聞かれるということもあり、皆、しっかりと耳を傾け、感想をプリントに書きこんでいる。後半になってくると、数名の児童から「疲れた」「しんどい」といった声があがる。「他者の心の言葉を真剣に聴く」「そこから、なにかを感じとろうとする」という行為が、実はとても労力を必要とするものなのだということに、改めて気づかされる。

ITが普及して以降、誰でも全世界に向けての自己表現、自己発信が可能になった。もちろん、自己表現はいいことだが、いっぽうで、他者と「生」のやりとりをする、他者の言葉に耳を澄ますといった行為が、どんどん失われていっている気もする。自己表現力だけでなく、「聴く力」「他者の感情、言葉、世界を受けとめる力」を養う教育という意味でも、これは非常に意義深いとりくみだと思った。また、ぜひ参加したい。

誰かに、心底必要とされる

2005年12月第2号

『誰かに、心底必要とされる』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

早いもので、もう12月。この一年もずいぶんいろんなことがあった。世界各地での大規模な自然災害、IT長者による企業買収、小泉圧勝の衆院選、外交問題…。この国と日本人が向かう方向性が大きく変化していることを実感するなか、私自身にとっての今年最大の出来事は、はじめての懐妊であった。現在9ヶ月で、来年の1月中旬頃、生まれてくる予定だ。
正直なところ、私は20代の頃から「いったい、この世の中は、人間が生まれてきたいと積極的に思えるものなのだろうか」「生きるに値するものなのだろうか」といった思いを漠然と抱いている。現代の、この複雑で混沌として、先の見えない時代に、私自身、心の底から生まれてきたいとは思えない。自ら命をたってしまう人々の多さ、そして連日報道される、子どもが被害者・加害者の事件を見るたびに、それまで必死で育ててきた親御さんの無念さ、哀しみ、絶望を思って胸がキリキリと痛み、子どもを持つのが怖くなることもあった。
なので懐妊を知ったときは、手放しで喜ぶといった心境ではなく、ぼんやりと考えこんでしまった。数日後、2児の母である女性編集者とランチを食べながら、「子どもって、やはりいいですか?」と尋ねたところ、心理学専攻だった彼女らしい返事が返ってきた。「…まぁね。大変だけど手がかかるぶん、少なくとも自分が生きる具体的な理由には、なってるわよね」。
「生きる具体的な理由?」
「そう。私に限らず、人間て誰でも漠然と、自分が生きる必要性、存在意義が欲しいと思うの。自分が死んでも特に世の中変わらないし、誰も切実に困らないって思うのって、やっぱり哀しいじゃない。子どもは、たぶん多くの人間にとってはじめての『自分がいなくなったら切実に困る』存在で、それって責任重大だけど、背負うものがあったほうが、実はずっと生きやすいと思う。子どもっていう、すごく手がかかる存在をあえてつくることで、多くの人は無意識に自分自身を支えているんじゃないかなぁ」。

彼女の言葉を聞きながら、私は自分が時々シッターをしている理由を考えていた。たぶん私も、地震のさいに全身でしがみついてきたり、私の姿が見えなくなると泣き出したり、保育園に迎えにきた私に走って飛びついてくる子どもたちのぬくもりに、「誰かに、心底必要とされること」の意義深さをほんの一瞬でも感じて、癒されていたのだと思う。

懐妊してから、それまで月に数回していたシッターを休業して7か月になる。ライター業だけの日々は、なにか物足りない。「出産後は、またシッターをつうじて、いろんな子どもたちと出逢いたい」という私に、主人は「当分は我が子の子育てだけで、いっぱいいっぱいに決まってるだろう」と、あきれながら笑っている。

プーさんの鼻

2005年12月第1号

『プーさんの鼻』 中舘慈子

俵万智さんの最新歌集を手にしました。
子育てをしている人、子育てをしたことのある人ならだれでも共感できる思いが見事に詠われています。344首の中から20首を選ばせていただきました。

プーさんの鼻

腹を蹴られなぜかわいいと思うのかよっこらしょっと水をやる朝夕飯はカレイの煮つけ前ぶれを待ちつつ過ごす時のやさしさ
秋はもういい匂いだよ早く出ておいで八つ手の花も咲いたよ母となる俵さんのやさしさが胸の奥底までじーんと伝わってきます。どこまでも歩けそうな皮の靴いるけどいないパパから届くバンザイの姿勢で眠りいる吾子よそうだバンザイ生まれてバンザイ泣くという音楽があるみどりごをギターのように今日も抱えて生きるとは手を伸ばすこと幼子の指がプーさんの鼻をつかめり
生まれたばかりの幼子はみずみずしい感動を与えてくれます。生きるとは手を伸ばすこと・・・大人になっても人はまだ手を伸ばし続けているのでしょうか。我よりも年若きベビーシッターに子は生き生きと抱かれており子を真似て私も本を噛んでみる確かに本の味がするなりろうそくの炎初めて見せやれば「ほう」と原始の声をあげたり夏の子ども夜泣きするおまえを抱けば私しかいないんだよと月に言われる舟になろういや波になろう海になろう腕にこの子を揺らし眠らしもじょもじょぷつり初めてのもじょもじょぷつり今朝吾子はエノコログサの感触を知るママとのみ呼ばれて終わる離乳食講習会のテキスト軽し

木馬の時間

初対面の新聞記者に聞かれおりあなたは父性をおぎなえるかと揺れながら前へ進まず子育てはおまえがくれた木馬の時間
靴を履く日など来るかと思いいしに今日卒業すファーストシューズ半年で買い換えてゆく子の靴にわが感慨も薄れてゆかん
「靴」は俵さんにとって特別な感慨を思い起こさせるものなのでしょう・・・。月まで行って
着ぶくれて石拾う子よ人類は月まで行って拾ってきたよ
リセットのできぬ命をはぐくめば確かに我は地球を愛す

新しい「家族」の形

2005年11月第3号

『新しい「家族」の形』』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

これまで、取材やシッティングをつうじて、たくさんの家族と出逢ってきた。そして実感しているのは、現代社会には、さまざまな家族の形があるということだ。「家族=血のつながりのある人間関係」という漠然とした定理は、もはや時代遅れなのだろう。

この数年で、もっとも増えたなぁと感じているのが、母子と母親のパートナーである男性とが支えあって生きている家族である。入籍はしていないので、法律上、その男性は母親の夫でも、子どもの父親でもない。母子と男性は、いっしょに暮らすか、もしくはすぐ近くに住んでいて、男性は、保育園のお迎えなど、子育てにも協力的だ。子どもは男性を「お兄ちゃん」、もしくは「○○くん」と呼び、大層なついている。休日には家族そろって出かけたりと、はたから見ると、ふつうの家族そのものである。入籍しない理由は人それぞれだが、母親のほうが入籍を希望していないケースも少なくない。私の友人にも、そういう「家族」を築いている女性が数人いるが、彼女達いわく「子どもには、母親である私と二人だけの世界も必要だから」「彼も私も、夫婦という枠組でたがいを縛りあいたくないから」「一度してみて、妻の立場は自分には向かないことがわかった。生涯、一個人としての自分を大切に持ちつづけたい」などが主な理由である。

昨年は、子連れ同士の再婚によるステップファミリーを数世帯取材する機会があったが、かなりおもしろい取材だった。子連れ同士の良さは、なんといっても親子共々「おたがいさま」なことで、どちらかがどちらかに自分の子が世話になっているといった遠慮や肩身の狭さがないことだそうだ。「再婚して、これまではそれぞれが大変な思いをしてきた経済的問題、または家事、育児の問題が大きく改善したことで、おたがい、配偶者に多大な感謝の思いが常にある」など、父母にとっての利点をたくさん挙げてくれた。子ども同士の関係については、「親には言わない複雑な想いもあるだろうけど、今後の長い人生を歩んでいく上で、たとえ血のつながりはなくとも、子ども時代を共に暮らした「兄弟」の存在が、少しでも心の支えになってくれればいい」という親の言葉に、心から共感した。

そのほかにも、児童養護施設の子どもをひきとって育てている「里親家庭」や、複数の家族が共に暮らすグループファミリーの取材などをつうじて、家族というものについて、考えさせられることが多々あった。

今後、こうした新しい「家族」は、欧米のように増えつづけていくだろうと感じている。そのことにあまり肯定的でない人々の声も聞くけれど、それが結果的に、親だけでなく子どもにとっても以前の生活より幸福を感じられる環境であれば、それに越したことはないのではと感じている。

「認定ベビーシッター」の卵たち

2005年11月第2号

『「認定ベビーシッター」の卵たち』 中舘慈子

「今と昔では家族を取り巻く環境が全く変わった。子育てをするとき、昔は身近な人が助言をしてくれ、サポートをしてくれた。現代ではそれを補うために家庭をサポートする子育て支援の制度ができ、ベビーシッターはその中の一つであることがわかった。

今日の講義では母親が子育てから離れてリフレッシュをすることでより子どもを大切なものとして捉え、子どもと向き合うことができるということに気付いた。また、いろいろな大人とのかかわりの時間、環境が少なくなった現代の子どもたちにとっても、ベビーシッターの存在は新鮮であり良い刺激となることがあるということがわかった。」「今日の講義でベビーシッターの重要性が少しわかったような気がしました。既存している施設型保育では対応しきれない部分をサポートする(リフレッシュタイムを作ってあげるなど)ことで、家庭状態や夫婦関係、子育ての仕方が良好になったというお話を聴き、やりがいのある大切な仕事だと思うと同時に、とても感動し、興味がさらに湧きました。」

9月から目白短期大学で「在宅保育論」の講義を始めた。約50名の学生たちは保育士資格と「在宅保育論」2単位が取れると「認定ベビーシッター」の資格を取得できることになっている。授業が終わると、講義の重要なポイントと、感想を書いて提出してもらっている。上記は「本日の講義で特に心に残った事柄を書きなさい」という私の問いかけに対する学生の答えである。学園の木々は美しく紅葉し始め、子ども学科のある校舎にはハムスターせきせいいんこ亀などの小動物も飼われている。豊かな環境で学ぶ学生たちは少しおしゃべり好きでときどき私に怒られたりしているが、「子ども」に関する仕事を目指すだけあって明るく優しい。

短大や大学における「在宅保育論」開設は長い夢だった。施設型保育とは異なった専門性を必要とする保育、施設型保育だけではカバーしきれない子育て支援を行う保育である在宅保育について学ぶことは学生たちの視野を広くするに違いない。「ひとりひとりの子どもの心を受容し、共感する」ことは、施設型保育に従事するようになったとしても、将来子育てをするようになったとしても役立つと信じている。できれば、より多くの学生に「ベビーシッター」として、子どもたちの優しいお姉さん役として活躍して欲しい。

少子化VS子どもが欲しい独身女性

2005年11月第1号

『少子化VS子どもが欲しい独身女性』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

先日、会社勤めをしていた頃の先輩と久しぶりに飲んだ。2年半前、結婚相談所に入会した彼女は、週末、会員男性に会うたびに、翌日、興味津々な後輩たちにその様子を実況中継してくれた。姉御肌で気さくな彼女が、私は大好きだった。

そんな彼女が、結婚相談所をつうじて出会い、結婚を申し込まれたけど、その気になれず、それっきりだった男性と1年ぶりにまた会い、結婚することになったのだ。居酒屋で鍋をつつきながら、彼女は淡々とその過程を話してくれた。「正直、全然タイプじゃないし、去年出会ったときは、勢いで結婚しても長くつづかないかもって思ってやめたんだけど…。でも、私ももう37だし、このまま、どんどん年をとっていって、子どもがいない人生を送るよりは、たとえ離婚することになっても、子どもは産めるうちに産んでおいたほうがいいと思ってね。彼は子ども好きで、すぐに子どもをつくることに同意してくれてるし…」真面目にそう語る彼女の横顔を見ながら、私は、数日前の「少子化」をテーマにした取材での、有識者たちの「現代の女性は、自分自身の人生を優先したい欲求が強くて、なかなか子どもを産みたがらない」といった見解とのギャップを感じていた。

もちろん、そういう女性もいるだろうが、現実には、子どもを産みたい、持ちたいと切実に思っている独身女性もいっぱいいる。でも、結婚相手に巡り逢えなかったり、恋人はいても、相手が結婚を考えてなかったりと、なかなか子どもを持てる環境にない。なかには、「主人があまり子どもを欲しがってくれない」「なかなか子どもを授からない」のを理由に、離婚する既

シッターVS女中さん

2005 年10 月

『シッターVS女中さん 』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

子ども時代をふりかえったときに、懐かしさで胸がいっぱいになる人に「ルーガ」という女性がいる。彼女は、私が父の仕事の都合で南米のチリ・サンチャゴに住んでいた1970年代後半、住みこみで働いていた女中さんだった。女中さんがいたなどと言うと、家庭が裕福だったと誤解されかねないが、当時(多分、今も)の南米では、日本人の駐在員家庭は、しょっちゅう自宅に来客があり、奥さんは台所にこもっていてはいけないので、必ず女中さんを雇わねばならなかったのだ。あの頃、小学校低学年だった私にとって、ルーガは大人の女性としてうつっていたが、今、思えば、彼女はまだ二十歳前後の娘さんだった。貧富の差が激しい南米では、住みこみの女中さんというのは、貧しい家庭の女性にとって、もっともオーソドックスな仕事である。ルーガの家も貧しく、週末だけ家に帰っていた。三人兄弟の末っ子だった私は、ルーガに大層なついていて、台所や裏庭で、彼女の仕事を手つだうのが好きだった。

あの頃、まだ40歳前後だった母は、言葉のつうじない国で、父の仕事関係の方々を招いてのホームパーティーなどの接待、私立の現地校に通う三人の子どもたちの勉強や学校行事、節約したくても、できない環境でのお金のやりくりなどで、かなり疲れていた。イライラやヒステリーはしばしばで、「日本に帰りたい」と泣いていたこともあった。なので、あの頃、母に遊んでもらった記憶は、残念ながらほとんどない。にもかかわらず、特に淋しいと感じなかったのは、ルーガがいつも私たち兄弟の相手をしてくれたからだろう。

当時、お菓子づくりが大好きだった中学生の姉を手伝い、わんぱくで宿題から逃げ回る兄を箒を持って追いかけまわし、裏庭で大量の洗濯をしながら、甘ったれの私のなぞなぞの相手をしてくれたルーガ。両親がそろって外出して、帰りが遅い夜などは、自室に戻って寝ようとする彼女を、いつまでも子ども部屋にひきとめていた。

日本でシッターをしていて、私はルーガのことを、ときどきふっと思い出す。南米の住みこみの女中さんと、日本のシッターは、置かれた立場も、勤務形態も、報酬も役割もまったく異なる。けれど、家という子どもの日常空間の住人となり、親だけではカバーできない部分を埋めて、子どもの安全や笑顔を守る存在という部分は、共通していると思う。そして、そういう存在がいるということは、やはり子どもにとって、幸せなことだと感じている。