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子育てエッセイ

シッターVS子どもの生活習慣

2005年9月第2号

『シッターVS子どもの生活習慣』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

シッターをしていると、それぞれの家庭の親御さんがいかにがんばっているかにふれ、胸打たれることも多い。働くお母さんが朝、用意していったお夕飯を、夜、私があたためて子どもに食べさせ、朝、お母さんがベランダに干していった洗濯物をとりこみながら、「いったい、ここのお母さんの平均睡眠時間はどれくらいなんだろう…」と思ったりする。

いっぽうで、シッター先の子どもの生活習慣に不安を感じることも少なくない。もっとも不安に感じるのが、テレビとビデオ、テレビゲームが、なによりの趣味になってしまっている子どもの多さである。まぁ、子どもがテレビの前でおとなしく座っている間は事故の心配もないし、親も自分の時間ができて楽なぶん、ついつい見せてしまうのだろう。親御さんからのメモに「ポケモンのビデオはリビングに、ディズニーのDVDは和室にあります。リモコンの操作法は子どもが知ってます」などと書かれていることもあるが、安くないお金を払ってシッターに来てもらっているのだから、その時間帯はテレビもビデオもゲームも禁止にしてしまえばいいのにと思うこともある。シッターは、子どもにウケル遊びをけっこう知っているものだ。

次が子どもの食生活で、ポテトチップスなどの塩分、油分の多いスナック菓子や、カップ麺に代表されるインスタント食品が大好きな子どものなんと多いことか…。ひと昔前、そういった食品は多くの親が有害視していたが、現在は多くの家庭で常備されているから、時代も変わったものである。

そして、子どもたちの平均的な就寝時刻も、各段に遅くなっている。小学生以下の子どもで、午後11時頃まで起きているケースは全く珍しくなく、そのぶん朝が弱い子どもが増えている。不登校の理由が「朝、起きれない」という子どもたちが増えてきているのも事実で、「夜、早く寝なくちゃ」というと「眠れない」と言う。ようするに体内時計がくるってしまっているのだ。

一般的に、シッターに派遣先の子どもの生活習慣の改善までは求められていないと思うが、内心、私は、シッターこそ、その任務に積極的にかかわるべきだと思っている。学校や保育園がどんなに「テレビ・ビデオは時間を制限しましょう」「好き嫌いをなくしましょう」「早く寝かせましょう」と保護者にいったところで、限界がある。共働きの子育て家庭の場合、多くの親は、日々の生活をまわしてゆくための物理的な業務だけでいっぱいいっぱいなのだ。その親にかわって、ひとりひとりのシッターが根気よく、時間をかけて子どもと向き合い、少しでも改善していく努力や工夫をはかることで、現代の子どもの生活習慣は大きく改善してゆくだろう。

学校教育におけるボランティア体験のススメ

2005年9月第1号

『学校教育におけるボランティア体験のススメ』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

先日、育児雑誌の仕事で静岡県の某中学校の体験学習を取材した。この学校では、毎週、月曜の午後4時から6時までの2時間、中学2年生の生徒が、ふたり一組になって地域の子育て家庭を訪問し、ボランティアで子どもの世話をしているのだ。我が子が中学生のお兄ちゃん、お姉ちゃんと楽しく遊んでもらっている間、親は夕飯の支度や、たまっている家事をする。
学校と、地域の民生委員や児童委員、地域の子育て家庭が連携し、授業の一環としてスタートしたこの活動、スタート当初は「中学生じゃ、ちょっと心配…」「事故があったら、どうするの」と利用を躊躇していた子育て家庭も少なくなかったが、じょじょに利用希望が増えてきたそうだ。
この活動の関係者に話を聞きながら、「これは、一石二鳥ならぬ、一石三鳥にも五鳥にもなる取組かもしれない」と、心ふるえる想いであった。「たとえ2時間でも、ボランティアで子どもを見てくれて、どんなに助かるか」と、乳幼児を抱えたお母さんたち。中学生ボランティアが帰るときには、「また、来てね~」と笑顔の子や、「帰らないで~」と泣き出す子も。
そして特筆すべきは、中学生たちがアンケートに記した生の声である。「弟や妹ができたみたいでうれしい」「学校の人間関係での疲れが、このボランティア活動で癒される」「ふだんはギスギスした気持ちで過ごしていることが多いけど、小さい子といると、少しやさしい気持ちになる」「子どもって、かわいいけど大変だと思った」「自分を慕って抱きついてくる存在って、すごくうれしい」「子どもの言うことに、はっとさせられることがある」などなど、読んでいて中学生にとって、この活動がいかに得るものが多いかを実感した。
中高生が地域の子どもを傷つけたり、殺めてしまう事件が少なくない今、この活動をスタートするにあたっては、反対の声も少なからずあったろうと思う。でも、つきつめて考えていくと、青少年が乳幼児について理解し、接し方を学び、いとおしめるようになるには、やはり乳幼児と接する時間を定期的に設ける以外に方法はない。たとえ、週に2時間だけでも、青少年の頃に乳幼児と過ごした経験を持っている子とそうでない子とでは、将来、親になったときにも必ず違いが出てくるだろうし、それが結果的に育児不安や児童虐待の予防にもつながっているのではないだろうか。
いち教育・福祉関係のライターとして、この取組が全国的に普及していくよう、微力ながら役に立ちたいと思っている。

産褥ヘルパー大盛況!!

2005年8月第3号

『産褥ヘルパー大盛況!!』 中舘慈子

在宅保育という分野の重要性がようやく公的にも認められてきました。各地方自治体で策定された「次世代育成支援行動計画」にも「産褥期ヘルパー」「訪問型一時保育」「派遣型病後児保育」などのメニューが組み込まれています。すでに行われている横浜市産後支援ヘルパー事業、10月から行なわれる世田谷区さんさんサポート事業などの産褥ヘルパー事業提供者には家事支援を行う事業者だけでなく、育児支援のプロであるベビーシッター事業者も組み込まれました。さらに10月から始まる川崎市の「川崎市産後家庭支援ヘルパー派遣事業」の認定事業者は育児支援の研修を行っていることが必須条件になっています。

出産までは病院で手厚くケアされます。たいへんなのが退院してから。赤ちゃんは夜2・3時間おきに泣くし、体が回復しないお母さまがひとりで赤ちゃんのお世話と家事をするとなると大変!!母親にとって心身両面のサポートが必要な産褥期に対する第三者によるサポートは今までほとんど行われていませんでした。「おばあちゃん」がいたからです。けれども核家族化が進み、働くおばあちゃんの社会進出も進む今、産褥期のサポートは真に必要なものとなりました。

産褥期のサポートは、産後の母親の心理や生理、赤ちゃんの沐浴や調乳・おむつ交換などのケアなどを学んだ専門スタッフが行います。サービスの内容は「赤ちゃんの沐浴とお世話」「家事援助(そうじ洗濯買い物食事作りなど)」「上のお子様の保育」など。さらに、お母さまの心のサポートをすることができます。出産後のホルモンの急激な変化によるマタニティブルー、産後うつなど心がデリケートになりがちな新米ママにとって身近な助っ人がいるということはどんなにか心強いことでしょう

産後の体が十分回復しないまま、誰の支援もなく無理をしながらこの時期を過ごすと「子育ては大変」「育児はつらい」という気持ちになりがちです。このまま進むと「育児不安」「虐待」になりかねません。一方、十分な支援を受けることで体が休まり、心も安定し、「赤ちゃんがかわいい」「子育てが楽しい」という母性が育っていきます。豊かな母性の元で育った赤ちゃんは心身ともにすくすくと育ちます。さらにお母さんは子育てには第三者のサポートが必要なのだということを実感します。少し赤ちゃんが大きくなったときにも在宅保育サービスを利用しながら上手にリフレッシュタイムを持ったり、育児に関する知恵を得たりすることができるようになるでしょう。

産休中のお母さん対象に社団法人全国ベビーシッター協会の「産前産後育児支援事業」の助成制度があります。さらに多くの自治体が助成金を支給することによって「産褥ヘルパー」を手軽に利用できるようになるでしょう。すべての子育て家庭が産後のサポートを利用してみることができたらいいなあという夢に大きく近づいたような気がします。

FS産後サポートメニュー
ABA産前産後育児支援事業
☆川崎市産後家庭支援ヘルパー派遣事業
☆世田谷区さんさんサポート事業

シッター先の子どもからの電話

2005年8月第2号

『シッター先の子どもからの電話』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

数年前の秋、それまでに何度かシッティングに伺ったことがある家庭の子どもから、胸が痛む電話をもらったことがある。「パパとママが、とうとう別々に暮らすことになった」というような内容の言葉をつぶやいたきり、電話の向こうで黙りこんでいた。

彼女の両親の不和については、何度かシッターに伺ううちに漠然と気づいていた。夫婦共働きで、ゴージャスなマンションに住む家族にも、いろいろあるんだなぁと思ったものだ。シッター中のある夜、ふだんは無口で無愛想な彼女が、「パパとママに、仲良くしてほしい」と言ったことがあった。シッター先の家庭の事情には極力口を出さないというシッターとしての立場と、なんとかしてあげたいという思いとの狭間で悩んだが、結局、私から両親に働きかけることはいっさい無いまま、その日以降シッターに行くこともなく、約ひと月が過ぎた頃の電話だった。

「…よかったら、来週、Aちゃんのお家のそばまで行くから、どこかで会って話そうか。駅前のマクドナルドまで、ひとりで来れる?」沈黙に耐えきれず、そう言ったら「いいよ、べつに」と、そっけない返事が返ってきた。それでも、私に電話をかけてきた彼女の孤独を思い、半ば強引に誘った。

ひと月ぶりに会う彼女は、思っていたより元気そうだった。母親と二人で、おばあちゃんの住む家のそばに引っ越すことになり、これからは学校が終わったら、おばあちゃんの家でお夕飯を食べるという。「…そうなんだ。おばあちゃんが近くにいれば、Aちゃんも淋しくないね」そう言ったら、少し怒ったような顔で、「まぁね」と言った。その少し後で、「ママは、これからはもっと、バリバリ仕事に打ちこむって感じ。家政婦さんも頼むらしいし」と言った。その言葉に、私は、いろんなことを思った。母子家庭が増えつづけている今、このような「母親が稼ぎ手になり、祖母やシッターが子の世話をし、家事は外注」というケースは、今後も増えつづけていくだろう。そして、それがいいのか悪いのか、私にはわからない。

以前、仕事で会った学者が、「多くの日本人が日常の中で宗教を必要としないのは、母親という神にかわる精神的支柱があるからだ。それほど、日本人にとって母親の存在は強い」と言っていた。この定義が、果たして20年後の日本に、まだあてはまるのだろうかと思うこともある。

ひとりっこの良いところ

2005年8月第1号

『ひとりっこの良いところ』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

私は3人兄弟の末っ子である。洋服、かばん、お習字セットまで、なにもかもが「おさがり」がつねであった私にとって、「ひとりっこの生活」は憧れであった。小学生の頃、ひとりっこの友達、レイちゃんの家に遊びにいくたびに「なんて優雅なんだろう…」と、切実に感じたものである。おもちゃやおやつなどの物理的な豊かさはもちろん、家の静けさ、レイちゃんのお母さんの、ゆったりとした雰囲気にも感動した。

当時は超少数派だったぶん、ひとりっこにたいして「親に甘やかされてワガママ」「兄弟がいなくて、かわいそう」といった多少ネガティブなイメージが、漠然とあった気がする。でも、わたしはおっとりとしたレイちゃんと遊ぶのが好きだったし、かわいそうに感じたこともなかった。そして、今、ひとりっこのシッターをするたびに、私はレイちゃんのことを懐かしく思い出すのだ。

ひとりっこといっても人それぞれ、いろんなタイプがある。だが、これまでに出逢ってきたひとりっこたちを平均すると、多くは、親の愛情と関心をひとり占めしているぶん、ひねくれたり、いじけたところが少なかった。親も人間、子どもたちを常に平等に愛することは難しい。親の愛情の偏りや、無意識に兄弟に優劣をつけた言葉が原因で屈折してしまう子も少なくない。でも、ひとりっこに限り、そういった危険とは無縁である。

そして、兄弟げんかをすることがないぶん、意地悪さや攻撃性もあまり育っていない気がする。私自身の子ども時代をふりかえっても、シッター先での兄弟げんかを見ていても、人間の意地悪な部分の多くは、兄弟げんかによって育っていくのではと真剣に思ってしまうほど、兄弟のけんかは意地悪さ剥き出しである。もちろん、けんかもひとつのコミュニケーションだが、はたしてこの日々の兄弟げんかがその後の人格形成にプラスかどうかは、正直、疑問である。ニュースを見ていても、兄弟間の確執を報じたものも多く、兄弟がいる=幸せとは、いちがいには言えないと思う。

これから、ひとりっこは更に増えていくと予測されている。そのことを悲観的に語る教育・福祉関係者も少なくないが、ステレオタイプな「ひとりっこ=ワガママ」といった決めつけには断固反対である。親の愛情をたっぷりとそそがれて、穏やかな家庭環境で育った子どもの割合が増えるという見方も大切ではないかと思っている。

孫をシッターに預けるとき

2005年7月第3号

『孫をシッターに預けるとき』 中舘慈子

1歳の孫をシッターに預けることになった。前日朝急に40度の発熱、保育所では預かってもらえないので1日は母親が会社を休んで自宅で世話をしたが、2日続けて休むわけにはいかない。あいにく父親も海外出張中である。

朝大慌てで作ったお惣菜を持って娘の家を訪れた。ささやかなお見舞いの気持ちである。ドアを開けると孫の半泣きの顔にかすかな笑顔が浮かび、小さい手を精一杯伸ばしてきた。誰かに甘えたい、誰かにすがりたいという思いが痛いほど伝わってくる。小さな熱い体を思わず力いっぱい抱きしめた。「元気になるのよ!優しいシッターさんが来てくれるからね。」と。

・・・仕事も何もかも休んで熱い小さな体を一日中抱っこしていたい。しかし私には仕事がある。・・・駅に急ぎながら、「後ろ髪引かれる」とはこんな思いなのだろうと思った。

”おばあちゃんだから孫を見るのが当たり前”は“母親が子どもを見るのが当たり前”と共通する発想である。おばあちゃんで仕事を続けている人もいるだろうし、子育てに専念してきた人はやっと獲得した自分自身の時間を再び子育てに費やすのは・・・・と思うかもしれない。自分の親世代の介護に忙しい人たちもいるだろう。シッターは働くおばあちゃんや介護に忙しいおばあちゃんをサポートし、おばあちゃんにリフレッシュタイムを提供する役割もあるのかもしれない。こんなことを考えながらも「おばあちゃんなのに熱のある孫の世話をすることができない」ことにちくりちくりと罪悪感めいたものを感じた。

ある調査で首都圏30キロ圏に住む60歳前後の人を対象に「孫がいますか?」とたずねたところ、孫を持っている人はわずか16%に過ぎなかったという。団塊世代を主とした60歳前後の人が6人集まると内5人は孫がいないということになる。周りを見渡すと確かにそうかもしれない。おばあちゃんが孫を預かれないことと子ども世代の出生率の低いことと関連があるのだろうか?

夕方娘からメールが来た。孫はシッターさんとご機嫌で遊び、食事も良く食べた。「シッターさんがきて本当に助かった!」という。それほど悩むこともなかった。孫はシッターさんの温かいケアを受けて順調に回復し、自宅で一日を楽しく過ごすことができたようだ。在宅保育サービス、おじいちゃんおばあちゃん世代にもなくてはならないサービスだとつくづく思う。

シッターVS子どものわがまま

2005年7月第2号

『シッターVS子どものわがまま』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

「シッターとしょっちゅう過ごしている子どもは、わがままに育つのでは…」という声をよく聞く。いちがいには言えないが、これまで出逢ってきた子どもたちの中には、多少わがままな子も少なからずいた。でも、その子たちの多くは、シッターである私にたいしてはわがままだが、保育園・幼稚園の先生や友達にたいしてはそうでもなく、どちらかといえば「いい子」だった。言いかえれば、その子たちにとってシッターは、多少のわがままは許してもらえる貴重な存在なのだ。その理由のひとつに、子ども心に「シッターは、親がお金を払っている、自分専用の大人」という確信と安心があるからだと思う。

そして私を含め、多くのシッターは、やはり、よくも悪くも子どもに甘くなりがちだろう。なにより子ども好きだし、「お金をもらって預かっている」という思いもある。本来なら、その子のために本気で叱らなければならない状況でも、なかなか人の子を強くは叱れない。なので、子どもが多少わがままになってしまうのもいたしかたない面がある。中には、対等な関係の友達と遊ぶより、シッターと遊ぶほうが好きな子も多く、これはどうかなぁ…と考えこむこともあった。だが、それでも私は、シッターと過ごすひとときが子どもにあたえるメリットも実感している。親はどうしても、家事をしながら、なにか考え事をしながらと、「ながら的」に子どもの相手をしがちだと思う。また、保育園などの集団社会では、先生をひとり占めできない。その点、シッターというのは2時間なら2時間、1対1で自分と遊ぶことに集中してくれ、「見て見て」と言わなくとも、つねに自分のことを見ていてくれ、自分の話を全身を耳にして「うんうん」と聞いてくれる夢のような大人なのだ。そういう存在をときどきでも与えられることで、日頃、蓄積されている欲求不満やストレスが、どれほど解消されるだろう。特に、下にまだ手のかかる弟や妹がいて、あまり親にかまってもらえない上の子にとって、シッターの存在は大きい。実際、「シッターさんに来てもらうようになってから、子どもが落ち着いてきた」「下の子をいじめなくなった」と、たくさんの親に言われてきた。そんなとき、私はこんなしょーもない自分でも、他人の健全な精神の育成に少しでも貢献できる喜び、人に感謝される幸せをかみしめる。過去の、人間関係で悩んだり、挫折したときの心の傷が薄まって、私自身がなんだか救われた気持ちになるのだ。

ライター、シッターに目覚める

2005年7月

『ライター、シッターに目覚める』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

ベビーシッターをはじめたのは4年前、取引先の女性編集者から、「新しいシッターが決まるまでの間だけでいいから!深夜までOKのシッターってなかなかいないのよ」と頼まれたのがきっかけだった。シッターをすることになったと告げたときの、周囲の反応はかなりシビアであった。「三十にもなって、人の子どもお世話してる場合じゃないでしょっ!早く結婚して自分の子産みなさい!」と田舎の母。「学歴もあるし語学もできるのに、なんでシッター?」と怪訝そうな友人たち。私はと言えば、子どもと過ごすほのぼのとした時間の中で、失ったものを取り戻せたら…などと、優雅なことを考えていた。

だが、5歳と3歳の子どもふたりのシッターは、ほのぼのどころか嵐であった。「シッターは怒らない」という確信があるのか、二人ともご飯は食べずに勝手にお菓子を出してくる、テーブルから飛び降りる、すぐに兄弟げんか、お風呂ではシャワーを持って大暴れ、なかなか寝ない、と手がかかることこの上なく、本気で怒ることもしばしばだった。シッターをした翌日は、前日のにぎやかさが耳鳴りのように残っていたほどだ。

ある夜、騒ぐ子どもたちをなんとか寝かしつけ、恐ろしく散らかったリビングを片づけていたら、グラリと揺れを感じた。「地震…」慌てて子どもたちの寝室にかけていき、ドアを空けた瞬間にグラグラッと強い揺れがきた。「キャーッ!!」まだ、眠ってなかった子どもたちが、布団から飛びだしてしがみついてきた。守らなければいけない存在がいる状況での地震ははじめてで、私も心底怖く、暗闇のなか、3人できつく抱きあいながら、揺れがおさまるのを待った。親でもない私に痛いほど全身でしがみついてくる子どもたちが、無性にいとおしかった。

3カ月後、ようやく新しいシッターが決まり、晴れてお役御免となったが、ひと月もしないうちに、また、シッターがしたくなってファミリーサポートに登録した。それから今まで、さまざまな子どもたちとたくさんの「日常」を共に過ごしてきた。そのなかで、感じたこと、考えさせられたことを、これから、ときどきこの場を借りて紹介したいと思っている。

授乳の喜び

2006年6月第3号

『授乳の喜び』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

早いもので、娘も丸5ヶ月になった。そろそろ離乳食を開始しなくてはと市の離乳食教室に参加したり、離乳食のレシピ本を買ったりしている。昨日はデパートで赤ちゃん用の食器やスプーン、マグなどを物色しながら、これからはどんどん授乳回数が減っていくんだなぁと思ったら、なんだか少し淋しくなった。

生後3か月くらいまでは、24時間営業での2~3時間ごとの授乳に喜びを感じるゆとりはなく、娘がうまく乳首に吸いつけずに大泣きするわ、あちこちに母乳がこぼれるわで大変だった。特に深夜の授乳は眠いし寒いしで、「粉ミルクのほうがずっと楽だなぁ…」と思ったものだ。だが、母乳育児の良さを病院や友人からたっぷりと聞いていたため、慢性的寝不足と戦いながら、ほとんど母乳のみでがんばり、そのかいあってか、これまで病気ひとつせずに順調に成長している。この太りっぷりを見れば、母乳だけでも栄養は足りているのが一目瞭然である。

最近は育児にもゆとりがでてきて、授乳のひとときを味わえるようになった。フンギャフンギャ泣きだした娘をすっぽりと胸に抱く。とたんに娘は泣きやんで、小ちゃなお口をひらき、唇と歯茎を上手につかって、ウックンウックンおっぱいを吸い始める。どんどん母乳が出て、それまで張っていた乳房がみるみる軟らかくなっていくいっぽう、娘の体が重たくなっていく。気のせいか、娘の体温もあがっているようだ。ときどき、娘は吸う口を休めて、つぶらな瞳でじぃ~っと私を見つめる。にっこり笑い返すと、娘はまたチュッチュクチュッチュクおっぱいを吸い出す。その感覚とぬくもりを味わいながら、私は女に生まれてよかったと思い、母になった幸せを静かにかみしめる。男性には決して、味わえない喜びである。

おむつ変えやお風呂のたびに、娘のムチムチの腕や太ももをさわりながら、「おっぱいだけで、よくぞここまで肥えたもんだ」と満足気ににんまりするのも、母乳育児における大きな楽しみだ。しかし、毎日これだけ大量の母乳を出しているのに、期待していた母乳ダイエットの効果がさっぱりなのは、なぜだろう。

週に一度のギタークラブ

2005年6月第2号

『週に一度のギタークラブ』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

昨年の秋、妊娠を機に都内からさいたまに引越したさい、それまで所属していた趣味のクラシックギターアンサンブルも、遠くなって通うのが大変だからと退会した。今後、再開するにしても、これからは子どもを抱えての生活になるため、出産後、ひと段落したら、練習場所が近いアンサンブルを改めて探そうと思ったのだ。

出産してから数ヶ月、ようやく赤ちゃんのいる生活にも慣れた頃、近くの公民館をいくつか当たってみた。すると、なんと家から徒歩10分の最寄の公民館にギタークラブがあったのだ。代表者の連絡先を教えてもらい、それから数日後、思いきって電話をかけてみた。「うちはメンバーの平均年齢がかなり高いですが、よかったら一度練習を見学にきてください」と言ってくださり、翌月、娘は主人に見ていてもらい、見学に行った。

階段をあがってつきあたりの部屋に向かう途中、ギターの音色が聞こえてきた。久しぶりに聴く、生のギターアンサンブルの音色はせつなく心に響いて、「一個人」としての感覚が自分のなかにわきあがってくるのがわかった。扉を開けると、50~70代くらいの男女7、8人が練習していて、見学に来たという私を笑顔で迎えてくれた。最高齢の方は87歳と知って驚いたが、「83歳からギターをはじめて、今はギターが楽しくてしょうがない。生きているかぎり、つづける」という言葉に、「これぞ生涯青春だなぁ…」と思った。

あの日から3ヶ月、毎週1回、娘をベビーカーに乗せてギターの練習に行くのが、現在の私のなによりのリフレッシュである。幸い、娘にとってギターの音色は子守唄に近いらしく、練習中は私の隣で、ほとんどぐずりもせずに、驚くほどぐぅぐぅ寝ている。なによりありがたいのは、子育て経験豊富なメンバーの方々に育児におけるさまざまな疑問や不安をあれこれ聞けることだ。実家が遠いぶん、私には同世代のママ友達以上に、母世代の頼れる存在にほっとする。

「毎週、ここに来て、さっちゃん(娘のこと)をだっこするのが楽しみよ」と言ってくれるメンバーの方々の言葉に、「我が子をいとおしんでくれる人々が地域にいるということは、母親にとってなんて深い安心感と幸福感をもたらすのだろう」と感じいってしまう。ギターをつうじて、私はリフレッシュするだけでなく、最高の「子育て支援」にめぐりあえたのだと思っている。