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子育てエッセイ

ああ ベビーシッター事業・・・

2002年5月号

『ああ ベビーシッター事業・・・』  中舘 慈子

大きな岩に向かって、一人で立ち向かっているようにふと感じます。これからの日本の子育てに、従来の施設型保育だけではサポートしきれない部分があるのではないか、家庭に入って行う個別保育が必要なのではないか、という熱い思いを抱いてこの業界に入ったのが10 数年前。さらに、サポートしなければいけないのは子どもばかりでなくて、子育てをしているお母さんたちなのではないか、という思いにかられてファミリー・サポートを設立したのが1994 年でした。
その後、少子化が進み、働く家族の子育て支援は更に必要になりました。子育ては保育所などの施設型保育だけではサポートしきれないものです。まず、病後児。病後児の保育所を作るとしたら、施設に対するコストがかかりますが、家庭に伺
うベビーシッターでしたら、施設を作る必要もありませんし、保護者が施設にお子様を連れていったりする必要もありません。自宅で安静にしているほうが、お子様にとっても良いのではないでしょうか。その他、送迎保育 新生児の保育 急な仕事の場合の保育 など、働く家族にとってベビーシッターは無くてはならないものなのではないでしょうか。けれども「待機児童対策」の政策の中には、「ベビーシッター」の必要性は全く盛り込まれていません。さらに、子育ての支援は、「待機児童対策」ばかりでなくてすべての子育てをしている家庭に行われるべきものではないのかと思うのです。家庭で子育てに専念さ
れている方も、数多くいらっしゃいます。家庭で育てられた子ども達も、やがて社会に出て日本を支える大切な人材になります。家庭で子育てに専念するということは、それほどたやすいことではありません。一時的なものかもしれませんが、社会から隔絶され閉塞感や孤独感に陥ったり、情報の中で戸惑ったりして、これが育児不安に結びつくこともあります。このようなご家庭に、経験豊かなベビーシッターが伺い、時にはリフレッシュをしていただいたり、時には育児談義をしたりすることは、どんなにか子育てを生き生きとしたものにすることでしょう。どのご家庭にも「育児アドバイザー」としてのベビーシッターが必要なのではないでしょうか。現在の政策は「家庭で子育てに専念する家族」への子育て支援が全く盛り込まれていません。もちろん「ベビーシッター」の必要性も。
社団法人 全国ベビーシッター協会 という厚生労働省の認可団体があります。協会の理事として6 年め。「ベビーシッター認定資格」の確立に関わり、今は「解説 ベビーシッター」という在宅保育の専門教科書の作成に励んでいます。けれども、政策の風は「ベビーシッター」の上をさらさらと通りすぎていくのです。保育所などと同じ「子育て支援」の仕事でありながら在宅保育であるベビーシッター会社に補助金は0、税制の優遇もありません。介護の世界で「在宅介護」が叫ばれているのに。その結果、「ベビーシッター料金は高い」「ベビーシッターが定着しない」などの壁を打ち破ることはとうていできません。「営利事業」とは程遠い現状です。ふと気づくと、大きな岩に向かって一人立ち向かっている孤独を感じます。

ママのベストチョイス

2002年4月号

『ママのベストチョイス』  中舘 慈子

4月からCS デジタル放送「ベルメゾンテレビ」の30分番組「ママのベストチョイス」に出演しています。毎週金曜日9時13時 17時 20時 24時と1日5回の放映ですから、トータルすれば6月までのべ30時間の出演になります。
内容はジュニアまで使えるベッド、4ウェイに使えるベビーカー、スウェーデン生まれのベビーラックの良さを説明しながら育児の知識を話すというもの。ビデオ撮影をしたのはまだまだ寒い2月19日でした。
ロシアのテレビ出演の話が飛び込んできたのも唐突だったように、CM 番組出演の依頼も唐突なものでした。テレビ写りもカメラの前で話すこともあまり自信のない私は、一瞬迷いましたが、何事にもチャレンジ! の気持ちで承諾しました。
お蔭でビデオ撮影の前の1週間は、商品の勉強に費やされることになりました。私が子育てをしたのはともかく20数年前。生半可な知識では千趣会にも商品を作っている会社にも、そして視聴者にも申し訳ありません。わがカーサ デル バンビーノに見えるお母様たちのベビーカーに向ける目の色が変っていたのは言うまでも有りません。いくつかのデパートのベビー用品売り場をのぞいて他の製品を手で触れて確かめたり、ベビー用品の雑誌も2冊ほど求めたりしました。
そんなある日、1人の女性の言葉が強くひっかかりました。「赤ちゃんを抱いていると暑いのよね。だから私はキャリーバックでいつも運んだわ。」
車の中ではチャイルドシート そのままキャリーバックになって家まで運ぶことができて、今度はベビーラックとして使えるすぐれもの。良く寝ていればそのままベビーカーに乗せて使うことができる4ウェイベビーカー。成長期にいくつものグッズを買うのは無駄と言うもの。そういう意味で是非使っていただきたい安全なベビーカーの推薦をしなければならないと思っていたときに。赤ちゃんを抱くことがあまり好きでないから、ベビーカーや様々なグッズが使われるとしたら、「温かい人の手であまり触れないで行われる子育て」・・・「手抜きの子育て」になるのではないかと。
人間一人育つのはたいへんなこと、育てるのはもともと手のかかるものなのではないでしょうか。せめて赤ちゃんのときは「手抜き」ではなくて、「人の手」のぬくもりを伝えて上げたいような気がします。手抜きなどとんでもない、という精神論を述べているわけではありません。時には手抜き大歓迎、シッターさんに預けての気分転換は必要、というのが私の持論です。今、あまり抱っこやおんぶをされない赤ちゃんにとっては、ベビーカーの中やベビーラック、ベビーベッドにいるほうが慣れていて心地よいのかもしれない、とふと思ったりします。それならばなおさら良い製品を選んであげなければ。ビデオ撮影は寒い日でしたが、汗びっしょりになって行われました。そして最後にひとことだけ付け加えさせていただきました。「このように赤ちゃんにとって居心地の良いグッズがたくさん出ていますけれども、時にはお母さんの手でだきしめてスキンシップも取ってくださいね。」と。

魔法のミルク

2002年3月号

『魔法のミルク』  中舘 慈子

ファミリー・サポートのスタッフ、Kさんの発案したミルクです。これは、「夜更かしの子どもを心地よく寝かせることができる」という魔法の力を持っています。ハリー ポッターに夢中になっているお子様にはさらに効くかもしれません。
ブランドはどこのものでもかまいません。いつも冷たいものをあげているとしたら、少し温めて、できたら新しいカップも一つ用意してください。
「さあ、魔法のミルクを飲んでみよう。あ~・・・ パパは眠くなってきたぞ」(あくび)
「どこどこ? あら、ほんと。ママも眠くなってきた」(あくび)
「○○ちゃんも飲んでみる?」
「うん」(ごくんと飲む)
「ねんね ねんね ・・・・」
今まで、夜の一時、二時を過ぎても眠らず、夜のドライブ、夜のパソコンゲーム・・・と両親を振り回していた○○ちゃんは、自分からベッドに向かいます。
2月、日本テレビ 「プラス1」で実際に放映されたシーンです。夜更かしの子どもが実際に増えているそうです。保育所の延長保育から連れて帰り、夜遅い食事を取って帰ってきたパパとも遊ぶ。両親と一緒に深夜までテレビを見ている・・・。
睡眠時間が足りていればそれで大丈夫、というものでもないようです。人も生物。太陽の出ている間は活発に動き回り、夜になれば静かに休む、こんな自然の摂理に基づいたリズムが必要なのではないでしょうか。昼間起きて夜眠るふくろうやもぐらがいれば、その生理から見ても不自然なことですが。「眠りとは何か?」という問いに、いまだ満足な答えはないそうです。けれども睡眠不足であれば、いらいらしたり元気がなくなったりする経験を誰もが持っていると思います。全く睡眠できなければ、生命の維持に重大な支障をきたすことになるでしょう。
現代の脳科学では、睡眠は脳にとって能動的な重要な生理機能であると言われています。人の大きく発達した大脳を自然のリズムに基づいて休ませることで、よく活動させることができるそうです。「大脳の情報処理能力をよりよくする」ことは「自然のリズムに添ってよく眠る」ことと無関係ではなさそうです。「自然のリズムに基づいた眠りは脳の発達に必要である」といっても過言ではないようです。次は、夜更かしのお子様のための処方箋です。

  1. 昼間は外遊びなどをさせて充分にからだを動かすようにしましょう。
  2. お昼寝は2歳頃まで。3歳になればしたりしなかったりします。午後の早い時間に寝かせて、1・2時間で起こすようにしましょう。
  3. 就寝時間を決めて「食事」「トイレ」「おふろ」「魔法の牛乳」「ベッドに入って本を読む」など、順序を決めて儀式のように繰り返しましょう。
  4. 朝は、規則正しい時間に起こしましょう。

留意点

決して「早く寝かそう」といらいらしないこと。
小さいお子様にとって「眠ってしまう」ことは大好きなパパやママとしばしの別れ、と感じられるようです。いらいらしているとよけい不安になって眠れないのですね。
寝る前の「本読み」「うた」などをパパやママも楽しんでください。そして「いつまでもあなたのそばにいるから、安心して眠ってね。明日目覚めたら、ちゃんとパパもママもいるからね。」ということをお子様に伝えてあげて下さい。
お子様の夜更かしがなおれば、お子様の脳の発達に何らかのよい影響を与えるでしょう。
さらに、ご両親もくつろいだ時間を持つことができるのではないでしょうか。

ひとりっこ

2002年2月号

『ひとりっこ』  中舘 慈子

私は、ひとりっこです。4,5人きょうだいも珍しくない時代。ひとりっこはそれだけで問題児であると面と向かって言われたこともありました。「ひとりっこ」のイメージはどんなものでしょうか? きょうだいがいないので、物を分けることを知らない、わがまま、社会性がない・・・ 親に甘やかされるので、過保護、依頼心が強い・・・ など、良くないイメージがつきまとっているような気がします。
そんなところがないわけではありません。けれども、周りをちょっと見渡してみると、ひとりっこで独立心が強くて社会的に価値や責任のある仕事を続けている人もたくさんいます。生まれてから半世紀も経てば、むしろ友人や仕事を通じて触れ合う人間関係が、ひよわなひとりっこを強く変貌させてくれるのかもしれません。
小さいときに体験したかったことはきょうだいげんかです。思っている限りの言葉を投げつけ合い、時には手が出て足が出て泣きわめくこともあるけれども、いつか仲直りをして仲良く遊んでいる。「人は意見が違うことがあり、主張をぶつけ合っても、人間関係を修復することができるのだ」という体験です。けんかをしたらもう二度となかよくできないのではないだろうか、絶対的な力を持つ大人に反抗したらこの世で生きていけないのではないだろうか、幼い心はそんなことを感じていました。
今、出生率は1.39! 数字から見れば、「ついにひとりっこが市民権を得た!」と言えるのではないでしょうか? ということは、ひとりっこの持つ個性がこれからの社会を動かしていくと言えるのかもしれません。

次の文は、シッターさんから見た「ひとりっこ」です。等身大の自分でいられるように 八島 悠子少子化の核家族で,一人っ子も多い今の世の中,子ども達は家庭の中でも,幼稚園・学校でも自分の気持ちの表し方,友達とのかかわり方などに心を痛め,ストレスを感じている子が多いのではないでしょうか。一人っ子を長くみてきましたが,赤ちゃんから年中さん位までは親にペットのように可愛がられ,自己が芽生えてくると可愛げないと言われ,もっと大きくなれば年齢不相応の大人扱い。随分と背伸びをしながら親の要求に応じようと懸命になっているように,感じられます。子どもはパパにも,ママにも喜んでもらいたい,認めてもらいたいと思っているからでしょう。
こうした子ども達とシッターが過ごす時,等身大の自分のままにのびのびとした心で過ごしてもらいたいと思います。親と違って向き合える時間がたっぷりありますから,ゆったりと笑みをたやさず,何でも受けとめる心もちで接してゆくようにしています。それには,まず,お子様の興味を持っていることに私も入ってゆくようにします。
N 君は小さい時から絵を書くこと,虫のことについては虫博士といわれる位よく知っていました。東京育ちの私には虫採りの経験もあまりないのですが,自然の中を植物をみながら歩くのが大好きでしたから,たちまち,虫博士の話のとりこになってしまい,教わりながら畑でみつけてわけてもらった蛾や蝶・カブト虫の幼虫を持ち帰っては育てN 君に質問したり変化を報告したりと楽しみを共有しています。今はあげはのさなぎが部屋の壁で越冬しています。弟や妹のいないN 君には教えるのがちょっとばかりうれしいようです。虫採りから帰ると図鑑で調べること,ひろった葉や木の実・種を使った工作と,家でも工夫したり遊んだりと広がってゆき,思わぬ時に心のうちをみせてくれたりなんといってもこの人大丈夫なんだと認めてくれていると感じる時があり,心がほっかりする程うれしくなります。
レギュラーですとこんな積み重ねは大きくなると言葉で表すこともあれば,黙って身体を寄せてくることであったりします。何だかシッターって側にいてくれるだけで安心出来るオアシスみたいだなと思い,こんな存在になることも大切なことだと思います。
「ひとりっこ」はご両親にとってかけがえのないたった1人のお子さま。大切に、願いや期待を込めて育てるのは当然ですね。さらにご両親にとって子育てはいつまでも「初めて」の経験ばかりになります。小学生になり、中学生になり・・・おとなになるまで。
そんな中でお子様の「等身大」の姿、年齢相応のありのままの姿を見出していくことはなかなか難しいことかもしれません。<
ここでシッターさんのような第三者の目が必要になります。少し離れて温かく見守る目。ここからは「等身大」のお子様が見えるのです。
ひとりっこが多くの人との関わりを通じて、心豊かにたくましく育っていくことが、これからの社会にますます必要になっていくことでしょう。

梅干と出生率

2002年1月号

『梅干と出生率』  中舘 慈子

おいしい梅干だと思っていた。果肉が厚くてやわらかく、甘い中にほどよい酸味があり、塩っ辛さを感じない。フルーティで、従来のしわしわの梅干とはまったく異なった「果実」という印象だった。和歌山県日高郡南部川村産のものである。この村では、農業高校で何十年もの品種改良を重ねて、実が大きくて肉厚で種の小さい南高梅という種類を作り出した。この名前は農業高校の名前にちなんでつけられたという。さらにはちみつを加えるなどして今のおいしい梅干の加工方法を工夫したという。
努力の結晶であるおいしい梅干のおかげで、村の個人所得は高くなった。そしてこの村の出生率は近県に比べても高いものになっているという。「おいしい梅干が売れれば、出生率が高くなる」というとこじつけめいた感じもするが、所得水準が上がることが何かしら未来への夢を駆り立て、生活の余裕につながり、出生率向上につながっているのではないかと分析するテレビ番組を見て、なるほどとうなずいた。
それだけではないだろう。村には豊かな自然がある。子供が走り回ることのできる広い自然が広がっている。夫婦は共に同じ産業を支える仕事に従事しているだろうから、絆も深いかもしれない。子育て援助者世代(祖父母)が同居している可能性もある。出生率の向上が短絡的にすべて梅干とつながるとはもちろん思わない。けれども新春早々の「梅干と出生率」の話題は何かほほえましくて興味をそそられた。
目黒区の出生率は0.8であるという。日々著しい変化を遂げる情報化社会は、働く女性が育児休業を取る決意さえ鈍らせるのかもしれない。都会は、人が自然の一部であることを忘れさせる。梅干は自然の賜物である。都会の出生率を上げることにつながる「梅干」のようなもの、都会に住む人に人が自然の一部であることを思い出させる「梅干」に相当するものはないだろうか。そんなとりとめのないことを考えながら、南部川村産の梅干を味わう。もっとも、半額近い価格で中国産の南高梅で作ったかなりおいしい梅干が出回り始めたということだ。倍額でもよい。私は南部川村産の梅干を求め、2002 年、未来を担う子供の誕生を願ってみようか、と思う。
本年もファミリー・サポートのホームページに毎月お越しくださいますよう。ご意見などありましたら、メールでお寄せください。どうぞよろしくお願い申し上げます。

愛子様 お誕生

2001年12月号

『愛子様 お誕生』  中舘 慈子

12月1日、皇太子ご夫妻に元気なお子様が産まれたというときめく話題が世界を駆け巡りました。ご退院の折り、イタリアの知人が、国内の旅先にいた私たちよりも先に愛子様の映像をイタリアのテレビで見て、「黒い髪のふさふさとしたかわいい赤ちゃんだった」と知らせてきました。ひょっとすると海外の反応のほうが熱かったかもしれないと思われるほどです。
少子化 育児不安 児童虐待 など、どうも暗い言葉が飛び交っている日本社会で、愛子様に関わるニュースが、子どものいる家庭の幸せ、子育てに対する楽しさをもう一度見直すきっかけとなってほしいと思います。男女共同参画時代である21 世紀、女のお子様が生まれたというのも意味深いことなのではないでしょうか。
ご夫妻の子育てがどのように行われるのかは国民にとって興味深いものでしょうけれど、堅苦しい「完璧な子育て」というのではなくて、伝統や規律を尊重しながらも、お子様が国際的にも自由に羽ばたく可能性を育む「柔軟な子育て」をされることと期待させていただいています。
国家レベルでは「待機児童対策」という旗の元に、保育所の増設、保育所における0 歳児保育・長時間保育・病後児保育などの施策が推進されています。今後も公的補助は、保育所を中心に行われていくことでしょう。しかし、保育所中心の発想は、日本独特のものです。一般的に保育=保育所 といった捉え方がなされているような気がします。「保育を必要とする子ども」は、大勢います。これを即、「保育所を必要とする子ども」「待機児童」と捉えるのが日本の発想なのです。保育には、ベビーシッターのように家庭で個別的に行う保育もあることをもう一度、見直してほしいのです。0歳のときから1日11時間以上、施設保育を行うことが果たして子どもにとって適した保育なのでしょうか? 病気のときにわざわざ病児保育所まで連れて行くことが必要なのでしょうか?
集団保育と個別保育、施設保育と在宅保育 この二つの保育が両輪となって、21世紀の子育てを支えていくことが必要なのだと思います。
2001年、師走のニュースは本当に明るいものとなりました。2002年が、子どもたちにとって、子育てをしているすべてのご家族にとってさらに明るいものとなるようにと心からお祈り申し上げます。

育児の悩みを持つ専業ママたちへ

2001年11月号

『育児の悩みを持つ専業ママたちへ』  中舘 慈子

あるアンケートを見て、気になりました。専業ママたちの子育てに対する孤独な悩みが並んでいたからです。それは私が子育てをしていた時に感じたことと同じような悩みでした。泣く、おっぱいを飲む、おむつを汚す、眠る・・・を繰り返す赤ちゃん。夜もゆっくり眠れない、病気をする・・・ 赤ちゃんを育てるとはまさにこのようなことの繰り返しなのですが、ひとこと「疲れた」というと「世の中のお母さんはみんなちゃんと子育てをしているだろう?」という夫の言葉、「母親なのだからがんばりなさい」という実の母親の言葉。家事と子育てを完璧にこなそうと思えば思うほどストレスが溜まり、母親失格なのでは? と、落ち込む新米ママたち。
少し大きくなれば、子どもたちはいたずらの天才になります。危険があってはならない、と子どもを追いかける日々の中で、「子どものママ」としてだけ自分は存在しているのではないだろうかと悩み、いらいらして子どもにあたってしまったり、子どもを心からかわいいと思えなかったりする自分をさらに責めてしまうママたち。会社の元同僚からの電話が涙の出るほど嬉しかったという大人との会話に飢えているママ、社会から置き去りにされたような孤独感。・・・わかる、わかるという気持ちで読みました。
1ヶ月にほんの2、3時間でよいのです。赤ちゃんやお子様ををベビーシッターに預けて外出してみませんか? 久々自分の歩幅で歩いたり、自分が見たいものの前でじっと立ち止まったりするだけで、不思議と心が和むものです。「バブ バブ ウックン ウックン」赤ちゃんのメッセージも大切な言葉ですが、ママも1人の大人。たまには熱いコーヒーを飲みながら大人の言葉で思いきり友人と語り合ってみたらいかがですか?
そして「子育てはママに任せたよ」というパパと二人で、ちょっとおめかしして手をつないでデートを楽しんで見ましょう。久しぶりにゆっくりお食事をしたり、映画を見たり。
「時には子どもと離れてみたい」「時には、子どもを人に預けたい」と言う気持ちは、当たり前の気持ちなのです。365日24時間 「完璧ママ」を目指してがんばり続けていたら、いらいらするのが当たり前。子育てはマニュアルどおり完璧にできるものではないのです。リフレッシュができたら、にこやかな笑顔に戻って家に帰りましょう。初めてのシッターさんにも思いのほか慣れて、お子様は楽しそうに過ごしているものです。そんな我が子がたまらなくいとおしく思えるはず。思いきりぎゅっと抱きしめてあげてください!
リフレッシュのためにベビーシッターを利用することは、ママにとって大切なこと。自分を大切にするママの笑顔をみることが、お子様にとっても幸せなことなのです。

悪夢のような日

2001年10月号

『悪夢のような日』  中舘 慈子

2001年9月11日。一瞬、映画のシーンかと目を疑いました。飛行機がビルに吸い込まれるように消えたとき、何が起きたのか分かりませんでした。この日の光景は多くの人の目に焼き付いて離れないでしょう。
ニューヨークのマンハッタンの世界貿易センタービル。ここはアメリカの繁栄と世界の経済を握る力のシンボルでした。繁栄も力も数時間のうちに無残に崩れ落ちて瓦礫と化した映像に激しいショックを感じました。しかもまだ数千人が行方不明のままです。ワシントン郊外の国防総省が破壊されたこと。これはまさにアメリカの防衛の心臓を刃物で突かれたようなものでしょう。
「報復」ということばが今、アメリカ国民の心を一つにしているようです。広辞苑によれば『仕返しをすること』『国家間で,一国の不当な行為に対して,他国が同等な不当な行為で報いること』とあります。本土での戦争を体験しないアメリカ人にとって「戦争」とはどこか遠い他国で行われるもの、と言う意識があるのではないかという気がします。戦争が長期化したときにいかに国土が破壊され、衣食住に困窮し、人の心がすさむかをどれほど実感しているのでしょうか。しかも戦争の後遺症はあらゆる形で子孫に至るまで影を落とすということを。
恐るべきテロ組織は壊滅されなければならないでしょう。しかし、人類の英知をすべて傾けて、「戦争」を避ける方法はないものでしょうか。「戦い」に対するエネルギーがマグマのように溜まって、一触即発になり兼ねない危機感を感じますが、地球全体を破滅へと導きかねない「報復」を避けることができたらと強く願います。
今、日本の具体的支援の有り方が問われています。日本の行方はどうなるのでしょうか・・・。
歴史の流れの中にいると、自分の置かれている場所が見えなくなります。
9月11日が、全世界が巻き込まれる悪夢のような永い日々のスタートでないことをひたすら祈っています。第3次世界大戦、世界大恐慌の予兆でないことを。
子育ては未来を育む営みです。子どもを育む大人が未来に夢を持てなければ、その不安はきっと子どもにも暗い影を投げかけることでしょう。「悪夢」から醒めて、平穏な夢のある日々が訪れることをひたすら祈っています。21世紀を支える子ども達の未来のために。

プレスクールのアンケートから

2001年9月号

『プレスクールのアンケートから』  中舘 慈子

小田急線新百合ヶ丘から徒歩5分ほどの場所にオープンした施設「カーサ デルバンビーノ」では、午前10時から12時の間、1歳~3歳のお子様対象のプレスクールを開いています。2001年7月に行ったアンケートから、ご利用者の声を拾ってみました。

  1. プレスクールに何を期待されていますか? (複数回答)
    ① 友達との関係を通じて人間関係の基礎を体験させる
    思っていることを言葉で言えるようにする 89%
    ② 楽しい時間を過ごさせる 84%
    ③ 幼児教育タイムを通じて能力を伸ばす 63%
    ④ 保護者がリフレッシュタイムを持つ 58%
    ⑤ 年齢に応じた基本的生活習慣をつける 47%
    ⑥ 幼稚園の3年保育の代わりにする 16%
    ⑦ 保護者が仕事に専念する 5%
     
  2. お子様の様子はどうですか? (複数回答)
    ① プレスクールでお友達や先生と遊ぶのを楽しみにしている 79%
    ② 幼児教育タイムで学んだことを家でもしてみる 58%
    ③ 絵を書くこと、本を読むことなどに興味を持ち始めた 53%
    ④ 語彙が増えた。ことばが話せるようになった 42%
    ⑤ 基本的生活習慣がついてきた 26%
    ⑥ 近所の子供達ともよく遊べるようになった 11%
    保護者の皆様のご意見から

3年保育の代わりに
「幼稚園の3年保育に行かせるのは、ちょっと」
「でも、集団の中に早く入れてあげることも必要」
「英語に触れさせたい」と、思っていたときに、"カーサ"と出会いました。私達の希望にピッタリと当てはまるものでした。1月から通い始めて毎回楽しんで活動できているようです。又、幼稚園と違い、先生方のきめ細かい心配りや,様々の活動の機会に喜んでいます。
ただ、A は、3歳半になるので、2時間の保育では少し物足りなくなってきているようです。ときどき延長してお弁当を持たせると、とても楽しみにしています。「お弁当を食べて1時半ごろお帰り」というクラスなどがあれば、なおよいのではないでしょうか。9時ごろから玄関で待ってます。カーサへ通い始めて3ヵ月が過ぎ、子供はカーサへ行くことをすごく楽しみにし
ています。
「○○先生が、ぼくのシャツかわいいね! って言ってくれた!」
「○○の本を読んでくれたよ!」
「今日は時計の歌を歌ったの!」
いろいろカーサのお話を聞かせてくれます。
毎週木曜日になると
「今日カーサに行くの! ○○先生いるかな? ○○ちゃんくるかな?」
朝9時ごろからかばんを持って玄関で待っているんです。
生活のリズムができた
プレスクールに通うようになって早3 ヶ月も終わってしまいました。・・・やさしく明るくて寛容なスタッフの皆さんのお蔭で,すっかりプレスクールになじみ,今ではカーサに行って先生に会ったり、友達と過ごす時間がとても楽しいようです。
以前は自分のことしか話してくれませんでしたが、最近は友達の名前や様子もしゃべってくれるようになりました。また、私の知らない歌もよく口ずさむようになり、カーサでの楽しい時間を垣間見るようで 嬉しく思います。また、体をリズムに合わせて動かしたり,ジャンプしたり,転がったりと身体から喜びがみなぎっている様子に目を細める毎日です。
プレスクールに通うようになって,生活のリズムが規則正しくなってきました。以前は、夫が帰ってくるころ(午後11 時~12 時)まで起きていることが多々あったのですが、プレスクールに行くと身体も心も満足するのか眠りにつくのが早くなり、翌日も早起きをして,午後の早い時間にお昼寝をして・・・ というのがスムーズにできるようになりました。
リフレッシュができます!
カーサに入れて、とてもよかったと思っています。親も2時間「自分の時間」を持ててリフレッシュでき、子どもも母親と離れると言う体験ができ、言うこと無し! です。
毎月のカーサの様子のレポートが写真つきで、とてもかわいらしく、また、先生のコメントがとても楽しみです。自分のいない2時間になにをしていたのかも分かって安心です。おじいちゃん おばあちゃんも楽しみにしています。(毎月 コピーして送ってます!)
おもちゃがとても素敵です。大人の私も少しワクワクしてしまいます。おたまじゃくしとか笹の葉とか、自然のものも取り入れているのもよかったです。
幼稚園と違って、子ども5 人に先生1人がつくのが、ひとりひとりに目が届いてよいと思いました。やはり小人数制がいいです。

まだまだ たくさんのご意見をいただきました。ご意見を取り入れながら、もっともっとすてきなプレスクールにしていきたいと、一同、張り切っています。
カーサ デル バンビーノについて詳しくご覧になりたい方は、トップページからお入りください。
21世紀に羽ばたくの国際人を育む子どもの家
カーサ デル バンビーノ
川崎市麻生区上麻生1-10-6 井上ハイツ101 号室
TEL 044-969-4782

暑い夏

2001年8月号

『暑い夏』 中舘 慈子

どうしたのでしょうか! 今年は7月初めから猛暑が続いています。カラカラの土にかろうじてつるを伸ばしている朝顔には、花がまだ咲きません。本社のある新宿新都心も道路の照り返しとビルから排出されるクーラーの熱で、むせるよう。小さい子ども達は、地面に近いところに頭があるわけですから、40度を越えるような熱地獄にさらされるのではないかと心配です。一方、親がパチンコに興じている間に、車の中で熱に苦しみながら尊い命を無くす気の毒なお子様が今年こそ出ないようにと、祈るばかりです。どうしても、大人の用事で出かけなければならない、リフレッシュをしたい、こんなときには、ぜひベビーシッターなどを利用して涼しい家の中で子ども達が過ごせるようにしていただきたいと思います。
明石の花火見物の雑踏でいくつもの幼い命が消えました。よその子どもを救っている間にわが子を失った父親、子どもを気遣いながら亡くなった高齢の方がいらっしゃった反面、なぜ弱い子どもを多くの人が踏み潰していったのかと、怒りが込み上げます。もちろん、それ以前に混雑にたいする安全対策が十分になされていなかったことへの責任が問われるべきですが・・・。子どもに花火を見せたい、という思いが悲しい結果になりました。遠回りしても雑踏は避けたいものですね。
夏は水の事故も多いとき。子どもは15センチの水溜りでも命を落とすと言われています。顔が水に浸るとパニックになって、水を肺まで吸い込んでしまうこともあるとのこと。ちょっと目を離したときにビニールプールで命を失うこともあるということです。くれぐれもご用心くださいますよう。
ここで少し昔の子どものお話を。日本では平安時代の貴族階級の子どもから明治時代の庶民の子どもに至るまで、一糸まとわぬ裸ん坊が大勢いたということが、絵巻作品(「扇面法華経」など)から分かるそうです。
また、1878年 外国女性として最初に東北地方を旅行したイサベラ=バードの『日本奥地紀行』には幼い男子は何も着ていなかった。大人でも男子はふんどしだけしか身につけておらず、女子は腰まで肌をさらしており・・・・・幼い子ども達は首からお守り袋をかけたままの裸姿である・・・と、述べてあるそうです。
日本の子どもが裸ん坊だった一つの理由は江戸中期の京都の医者 香月牛山が育児全書「小児必用養育草」のなかで「小児は熱つよき(体温が高い)ものなれ
ば、ねつをつつみこめ」てはならない。「衣を重ねて温むべからず、温むれば汗出やすく、汗出れば皮膚弱くなりて風を引きやすきなり、常に衣を薄くすべし」と、述べているとおり、体温が高いので重ね着をさせなかったと言うことが考えられます。
もう一つは、日本の夏の気候が高温多湿だから、薄着か裸のままでいたと言う理由も考えられるそうです。
クーラーも扇風機も無い昔の夏、多くの子ども達は裸ん坊で夏をしのいだでしょう。今年は21世紀初めての夏。子ども達にとって少しでも過ごしやすいものとなるように大人が工夫をこらしてあげたいものですね。

参考文献 上 笙一郎著「日本子育て物語」筑摩書房