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子育てエッセイ

悪夢のような日

2001年10月号

『悪夢のような日』  中舘 慈子

2001年9月11日。一瞬、映画のシーンかと目を疑いました。飛行機がビルに吸い込まれるように消えたとき、何が起きたのか分かりませんでした。この日の光景は多くの人の目に焼き付いて離れないでしょう。
ニューヨークのマンハッタンの世界貿易センタービル。ここはアメリカの繁栄と世界の経済を握る力のシンボルでした。繁栄も力も数時間のうちに無残に崩れ落ちて瓦礫と化した映像に激しいショックを感じました。しかもまだ数千人が行方不明のままです。ワシントン郊外の国防総省が破壊されたこと。これはまさにアメリカの防衛の心臓を刃物で突かれたようなものでしょう。
「報復」ということばが今、アメリカ国民の心を一つにしているようです。広辞苑によれば『仕返しをすること』『国家間で,一国の不当な行為に対して,他国が同等な不当な行為で報いること』とあります。本土での戦争を体験しないアメリカ人にとって「戦争」とはどこか遠い他国で行われるもの、と言う意識があるのではないかという気がします。戦争が長期化したときにいかに国土が破壊され、衣食住に困窮し、人の心がすさむかをどれほど実感しているのでしょうか。しかも戦争の後遺症はあらゆる形で子孫に至るまで影を落とすということを。
恐るべきテロ組織は壊滅されなければならないでしょう。しかし、人類の英知をすべて傾けて、「戦争」を避ける方法はないものでしょうか。「戦い」に対するエネルギーがマグマのように溜まって、一触即発になり兼ねない危機感を感じますが、地球全体を破滅へと導きかねない「報復」を避けることができたらと強く願います。
今、日本の具体的支援の有り方が問われています。日本の行方はどうなるのでしょうか・・・。
歴史の流れの中にいると、自分の置かれている場所が見えなくなります。
9月11日が、全世界が巻き込まれる悪夢のような永い日々のスタートでないことをひたすら祈っています。第3次世界大戦、世界大恐慌の予兆でないことを。
子育ては未来を育む営みです。子どもを育む大人が未来に夢を持てなければ、その不安はきっと子どもにも暗い影を投げかけることでしょう。「悪夢」から醒めて、平穏な夢のある日々が訪れることをひたすら祈っています。21世紀を支える子ども達の未来のために。

プレスクールのアンケートから

2001年9月号

『プレスクールのアンケートから』  中舘 慈子

小田急線新百合ヶ丘から徒歩5分ほどの場所にオープンした施設「カーサ デルバンビーノ」では、午前10時から12時の間、1歳~3歳のお子様対象のプレスクールを開いています。2001年7月に行ったアンケートから、ご利用者の声を拾ってみました。

  1. プレスクールに何を期待されていますか? (複数回答)
    ① 友達との関係を通じて人間関係の基礎を体験させる
    思っていることを言葉で言えるようにする 89%
    ② 楽しい時間を過ごさせる 84%
    ③ 幼児教育タイムを通じて能力を伸ばす 63%
    ④ 保護者がリフレッシュタイムを持つ 58%
    ⑤ 年齢に応じた基本的生活習慣をつける 47%
    ⑥ 幼稚園の3年保育の代わりにする 16%
    ⑦ 保護者が仕事に専念する 5%
     
  2. お子様の様子はどうですか? (複数回答)
    ① プレスクールでお友達や先生と遊ぶのを楽しみにしている 79%
    ② 幼児教育タイムで学んだことを家でもしてみる 58%
    ③ 絵を書くこと、本を読むことなどに興味を持ち始めた 53%
    ④ 語彙が増えた。ことばが話せるようになった 42%
    ⑤ 基本的生活習慣がついてきた 26%
    ⑥ 近所の子供達ともよく遊べるようになった 11%
    保護者の皆様のご意見から

3年保育の代わりに
「幼稚園の3年保育に行かせるのは、ちょっと」
「でも、集団の中に早く入れてあげることも必要」
「英語に触れさせたい」と、思っていたときに、"カーサ"と出会いました。私達の希望にピッタリと当てはまるものでした。1月から通い始めて毎回楽しんで活動できているようです。又、幼稚園と違い、先生方のきめ細かい心配りや,様々の活動の機会に喜んでいます。
ただ、A は、3歳半になるので、2時間の保育では少し物足りなくなってきているようです。ときどき延長してお弁当を持たせると、とても楽しみにしています。「お弁当を食べて1時半ごろお帰り」というクラスなどがあれば、なおよいのではないでしょうか。9時ごろから玄関で待ってます。カーサへ通い始めて3ヵ月が過ぎ、子供はカーサへ行くことをすごく楽しみにし
ています。
「○○先生が、ぼくのシャツかわいいね! って言ってくれた!」
「○○の本を読んでくれたよ!」
「今日は時計の歌を歌ったの!」
いろいろカーサのお話を聞かせてくれます。
毎週木曜日になると
「今日カーサに行くの! ○○先生いるかな? ○○ちゃんくるかな?」
朝9時ごろからかばんを持って玄関で待っているんです。
生活のリズムができた
プレスクールに通うようになって早3 ヶ月も終わってしまいました。・・・やさしく明るくて寛容なスタッフの皆さんのお蔭で,すっかりプレスクールになじみ,今ではカーサに行って先生に会ったり、友達と過ごす時間がとても楽しいようです。
以前は自分のことしか話してくれませんでしたが、最近は友達の名前や様子もしゃべってくれるようになりました。また、私の知らない歌もよく口ずさむようになり、カーサでの楽しい時間を垣間見るようで 嬉しく思います。また、体をリズムに合わせて動かしたり,ジャンプしたり,転がったりと身体から喜びがみなぎっている様子に目を細める毎日です。
プレスクールに通うようになって,生活のリズムが規則正しくなってきました。以前は、夫が帰ってくるころ(午後11 時~12 時)まで起きていることが多々あったのですが、プレスクールに行くと身体も心も満足するのか眠りにつくのが早くなり、翌日も早起きをして,午後の早い時間にお昼寝をして・・・ というのがスムーズにできるようになりました。
リフレッシュができます!
カーサに入れて、とてもよかったと思っています。親も2時間「自分の時間」を持ててリフレッシュでき、子どもも母親と離れると言う体験ができ、言うこと無し! です。
毎月のカーサの様子のレポートが写真つきで、とてもかわいらしく、また、先生のコメントがとても楽しみです。自分のいない2時間になにをしていたのかも分かって安心です。おじいちゃん おばあちゃんも楽しみにしています。(毎月 コピーして送ってます!)
おもちゃがとても素敵です。大人の私も少しワクワクしてしまいます。おたまじゃくしとか笹の葉とか、自然のものも取り入れているのもよかったです。
幼稚園と違って、子ども5 人に先生1人がつくのが、ひとりひとりに目が届いてよいと思いました。やはり小人数制がいいです。

まだまだ たくさんのご意見をいただきました。ご意見を取り入れながら、もっともっとすてきなプレスクールにしていきたいと、一同、張り切っています。
カーサ デル バンビーノについて詳しくご覧になりたい方は、トップページからお入りください。
21世紀に羽ばたくの国際人を育む子どもの家
カーサ デル バンビーノ
川崎市麻生区上麻生1-10-6 井上ハイツ101 号室
TEL 044-969-4782

暑い夏

2001年8月号

『暑い夏』 中舘 慈子

どうしたのでしょうか! 今年は7月初めから猛暑が続いています。カラカラの土にかろうじてつるを伸ばしている朝顔には、花がまだ咲きません。本社のある新宿新都心も道路の照り返しとビルから排出されるクーラーの熱で、むせるよう。小さい子ども達は、地面に近いところに頭があるわけですから、40度を越えるような熱地獄にさらされるのではないかと心配です。一方、親がパチンコに興じている間に、車の中で熱に苦しみながら尊い命を無くす気の毒なお子様が今年こそ出ないようにと、祈るばかりです。どうしても、大人の用事で出かけなければならない、リフレッシュをしたい、こんなときには、ぜひベビーシッターなどを利用して涼しい家の中で子ども達が過ごせるようにしていただきたいと思います。
明石の花火見物の雑踏でいくつもの幼い命が消えました。よその子どもを救っている間にわが子を失った父親、子どもを気遣いながら亡くなった高齢の方がいらっしゃった反面、なぜ弱い子どもを多くの人が踏み潰していったのかと、怒りが込み上げます。もちろん、それ以前に混雑にたいする安全対策が十分になされていなかったことへの責任が問われるべきですが・・・。子どもに花火を見せたい、という思いが悲しい結果になりました。遠回りしても雑踏は避けたいものですね。
夏は水の事故も多いとき。子どもは15センチの水溜りでも命を落とすと言われています。顔が水に浸るとパニックになって、水を肺まで吸い込んでしまうこともあるとのこと。ちょっと目を離したときにビニールプールで命を失うこともあるということです。くれぐれもご用心くださいますよう。
ここで少し昔の子どものお話を。日本では平安時代の貴族階級の子どもから明治時代の庶民の子どもに至るまで、一糸まとわぬ裸ん坊が大勢いたということが、絵巻作品(「扇面法華経」など)から分かるそうです。
また、1878年 外国女性として最初に東北地方を旅行したイサベラ=バードの『日本奥地紀行』には幼い男子は何も着ていなかった。大人でも男子はふんどしだけしか身につけておらず、女子は腰まで肌をさらしており・・・・・幼い子ども達は首からお守り袋をかけたままの裸姿である・・・と、述べてあるそうです。
日本の子どもが裸ん坊だった一つの理由は江戸中期の京都の医者 香月牛山が育児全書「小児必用養育草」のなかで「小児は熱つよき(体温が高い)ものなれ
ば、ねつをつつみこめ」てはならない。「衣を重ねて温むべからず、温むれば汗出やすく、汗出れば皮膚弱くなりて風を引きやすきなり、常に衣を薄くすべし」と、述べているとおり、体温が高いので重ね着をさせなかったと言うことが考えられます。
もう一つは、日本の夏の気候が高温多湿だから、薄着か裸のままでいたと言う理由も考えられるそうです。
クーラーも扇風機も無い昔の夏、多くの子ども達は裸ん坊で夏をしのいだでしょう。今年は21世紀初めての夏。子ども達にとって少しでも過ごしやすいものとなるように大人が工夫をこらしてあげたいものですね。

参考文献 上 笙一郎著「日本子育て物語」筑摩書房

「安全」に保育する

2001年7月号

『「安全」に保育する』  中舘 慈子

大阪の付属小学校で刃物を持った男が何人もの児童を殺傷した地獄のような事件が起きてしまいました。犠牲者のご冥福を心からお祈り申し上げるとともに、残されたお子様たちの心の傷が少しでもいえて、学校生活が再開される日が訪れることを願っています。

以前にも保育園児が通りすがりの男に線路に投げられた事件がありましたし、大阪の事件の後も類似した事件が続いています。
ベビーシッターの仕事で「安全」への配慮と言えば、まず、転倒・転落、誤飲、やけど などの事故予防を考えます。「環境を整備する」「目を離さない」「万一起きてしまったときには迅速に最善の対処をする」といったことをシッターに対して繰り返し教育してきました。
しかし、いまや「安全」を確保するためには、事故を予防するだけでは不充分な時代になりました。「安全」への配慮には危機管理、すなわち外から襲ってくる思いがけない危険・災難からお子様の命を守るということが含まれなければなりません。保育園や学校の帰り道、ご自宅での保育、あらゆる場面でシッターはお子様の大切な命を守る必要があります。今の世の中、帰り道に襲われたり、いきなり刃物を持った男が家庭に侵入して来たりしかねないからです。家に入ったら「施錠」して保育をすることは、大前提となります。
さらに、お子様だけを置いて外出されることがいかに危険なことか、シッターを利用されない方々に知っていただきたい思いでいっぱいです。日本でも小さな子どもだけを置いて留守番をさせてはいけないという法律が必要なのではないでしょうか。
もうひとつは、お子様に「危険とは何か」を教えること。「命を落としかねない危険なことをしたら教える」「人に危険を及ぼす事をしたら教える」「危険な状態から身を守らなければならないことを教える」こと。これもシッターの大きな役割ではないかと思っているのです。
これからの日本で生きていくために、1 人1 人のお子様の危機管理能力を育むことも必要なのか・・・ と、ちょっと重い気持ちで考えています。

「安全」に保育する3か条

  1. 保育環境を整えて事故を予防すると共に、万一事故が起きたときは最善の対処をする。
  2. 外からの危険からお子様を守る。
  3. お子様自身が「危険」から身を守る力を育む。

(社)全国ベビーシッター協会でも、「子どもの安全の確保について」次の4か条を会員宛て通達しました。

  1. 不審者に係わる事実は、警察(110番)へ通報するように努めること。(詳細な事実確認に時間を取られ,警察への通報が遅れないようにする)
  2. 在宅保育の場合、必ず施錠を点検し、来訪者に対しては入念な確認をすること。
  3. 送迎の際は、日頃から死角になりやすい場所や不審者に注意し、子どもの安全を確保すること。
  4. ベビールームで保育を行っている会員は、入り口や受付を明示し、特に、来訪者の出入りを常に明らかにしておくなどの措置を講じ、万一の場合に備えること。

以上

ベビーシッターは「安全」にお子様を保育することに最大限の努力をいたします。お子様のかけがえの無い「命」を守ることを常に念頭に置きながら、保育することをお約束致します。

シッターさんから見た「ひみつの顔」

2001年6月号

『シッターさんから見た「ひみつの顔」』

4月に「ひみつの顔」というエッセイを載せましたが、ファミリー・サポートのシッターさん達に次のように問い掛けてみました。 小学校1 年生女の子。「シッターさん きらいだもの。」と言って、手をつないで帰ろうとしません。ほかにもいろいろシッターさんを困らすような言動をするのですが、そのことを絶対に秘密にしてと言います。どうしたらよいでしょうか?

● M.Mさん(50代 保育士・幼稚園教諭資格 子育て経験あり)

遊びを通して、女の子とシッターの関係をよくしていかなければいけないかもしれません。女の子の主張を受け入れながらもシッターはなんでも許してくれるただの優しい人ではないということを伝えていく・・・・・。と、言うと厳しそうですが、よい友達関係を築くように女の子との関係を一方的ではない相互の関係にしていけるとよいのではないかと思います。・・・そしてその女の子とのスキ
ンシップを多くしていくと気持ちも落ち着くかもしれません。

● Y.Mさん(30代後半 子育て経験あり)
「シッターさん、きらいだもの」という子どもの心は、何か満たされずストレスを感じているのでしょう。嫌いという言葉には『お母さんに甘えたい』『寂しい』と言う気持ちが隠されているかもしれませんし、困らせる言動には「こんな私でも好きでいてくれる?」という自信のないメッセージが含まれているのかもしれません。「シッターさん、きらいだもの」と言う言葉には「そう、きらいなんだ。どこがきらい?」「わたしは○○ちゃんが大好きよ。○○ちゃんと遊ぶととても楽しいし、○○ちゃんのこんなところがとても好きよ。」などといいところをみつけてたくさん誉めてあげると少しずつ反応が変わってくるかもしれません。

● M.Kさん(40代 子育て経験あり)

「きらいだもの」この言葉は、そのまま私達シッターに対して向けられた言葉と思ってはいけません。彼女の気持ちの中には大好きなママではないという思いからこの言葉が出るのだと思います。"なんで ママじゃないの?"だからあなたはイヤでイコール キライ なのです。
そんな子どもには「私は○○ちゃんが大好きよ」と言って手を思いっきりつないだり、時には抱きしめてあげたり、膝の上に載せてあげます。困らせるということは、なんとか自分のストレスをぶつけたいのだと思います。だから○○ちゃんのママにはなれないけれども、○○ちゃんの事が大好きなシッターになってあげられるように努力をすればきっとよい関係になれるのではないでしょうか。

● K.Kさん(20代 保育園経験あり)

「シッターさんきらいだもの」といわれた場合、お子様に秘密にしてといわれるより前に、私自身がお母様に相談するのは難しいです。『シッターに対して傷つける言葉を言う。使用人としてあしらう。制止を聞かずに悪さをする。』というのは、ベビーシッターとしての私に日常よくあることです。あまりにひどい場合ほど』ご家族に相談しにくいのが現状です。また、幼児なら笑える言動も小学生となるとこちらが構えてしまうこともあります。
お母様がしかってしまう場合、お子様が"シッターさんが言いつけたから怒られた""もうあのシッターさんはいやだ""お母さん、お仕事休んでよ"となったら・・・・と考えてしまいます。ご家族とは少しお話をするだけでご家族とのコミュニケーション不足も感じています。その度、ご家族の子育ての考え方などを踏まえながら対応して行くしかないと思っています。

 

「きらい」と言われても、シッター達はその言葉に込められたメッセージを一生懸命読みとって、なんとかお子様との信頼関係を築こうと努めています。お子様も「きらい」と言ってみたものの、「○ちゃん だいすきよ。」と言うシッターの優しい笑顔に、ありのままの自分を受け止めてもらえる安心感、人への信頼感をもてるようになっていくのではないでしょうか。
最後によりよいサポートをさせていただくために二つお願いがあります。一 シッターは、プロの在宅保育者です。このような問題が起きたときは、シッターさんは使用人でもお子様の召使でもないということを、保護者の方からお話しください。二 お子様の育ちについてご一緒に考えるために、保護者の方とコミュニケーションを取る機会をいただければ幸いです。

「飴玉ひとつ」の苦悩

2001年5月号

『「飴玉ひとつ」の苦悩』  H.H

これまでに幾度か、別のシッターさんが、散歩の途中でお菓子を買ってくれることがあったようですが、今回は、新しいシッターさんがおもちゃやさんでおもちゃを買ってくださいました。私が帰宅すると、子どもは自分が欲しかったおもちゃを手にし、満面の笑みをうかべておりました。それもそのはず。うちでは、おもちゃはあふれているので、もう、できるだけ買わないように、なんとか子ど
もをいいくるめているのですから。
子どもは、絵本やテレビにでているおもちゃ、友だちが持っているおもちゃを際限なく欲しいといいます。最近も、テレビで流行し、多くの小学生がもっているおもちゃを欲しい欲しいとねだっていました。友だちがもっているからといって、すぐに買い与えず、少しは我慢させようと、あえて買いにいかず、うちにある材料でいっしょに作りました。絵本にでているおもちゃも、すぐに欲しいといいま
すので、作れば?と幾度も言っているうちに、材料はないかな?と聞いてくるように、やっとなってきました。子どもと一緒に工作をするのは、時間もかかるし、面倒ですが、あえて、買いにいかないために、つきあっています。何でもすぐに買ってもらえるのではなく、がまんをさせ、自分でつくる工夫をさせるために、どれだけ、親が子どもをなだめすかし、時には叱り、エネルギーを使っていることか。おもちゃを買ってやることや、子どもが欲しいといったお菓子を買ってあげることは、どれだけ簡単なことか。
こんな苦労を日々重ねているのに、シッターさんがある日、いとも簡単に子どもがねだるもの、あるいはねだりもしないのに買いに行こうというのは、あんまりです。親の日ごろの苦労を踏みにじるものです。その場限りで、子どもにいい顔をしていただくと、その後の修正に数倍の苦労を要します。シッターさんは、子どもがあんまりかわいいので・・・とおっしゃりますが、かわいければ、かわいいだけ、その場限りでないエネルギーを使って、子育てのお手伝いをしていただきたいと思います。それが、親のやろうとしていることですから。
シッターさんの役割は、親が見られない時間、モザイクを埋めていただく仕事なのではないでしょうか。モザイクは、その日一日、体調はどうなのか、その週、新学期始めての午後までの幼稚園で疲れていないか、その月、幼稚園の先生、シッターさんが代わって緊張していないか、その年、親は子どもに何をしつけているのか、数年間、どういう家庭教育をしているのか、などなど、モザイク一つ一つが独立しているわけではありません。たったひとつのモザイクの色が違いすぎては、子どもは戸惑うばかりですし、親は元の色にそめるのに、手間がかかります。もちろん、少しは違った色目もいいと思ってシッターさんに御願いするのですが、違いすぎては困ります。
シッターさんは、子どもにその場限りのいい顔する前に、永く親に気に入られたいと、考えてくださらないのでしょうか。それに、親は、子どもをしつけ、日々苦労しているのに、おいしいところだけ、シッターさんにとられては、あんまりではありませんか?こんな自分の本音にも気づき、少々愕然としております。
シッターさんにおもちゃを買っていただいた後、これは困ったことだと子どもには内緒でそっと人に相談しておりましたら、子どもなりに、親の困惑を察し、寝るときには、シッターさんが買ってくれたおもちゃはきちんと片付け、親が以前与えた別のおもちゃをわざわざ取り出して、抱いて寝ました。こんな子どもの気遣いに胸が痛みます。
私のようないじの悪い親は少数派でしょう。しかし、私の考えに同感だと思われる親御さんも、数は少なくとも、いらっしゃることと想像しております。
くれぐれも、上記は、我が家の特定のシッターさんに読んで欲しいものではなく、中舘社長あるいは、シッターさん一般に知っていただきたい私の気持ちです。
今後とも貴社のさらなるご発展をお祈りしておりますゆえ、あえて口うるさいクライアントになります。よろしくお願いいたします。

中舘:率直なご意見、いつもありがとうございます。
今回のようなことは二度と起こらないように、スタッフ全員に注意しました。保護者の皆様が日々苦労されていることをそのままサポートすることが、シッターの役割なのだと改めて思いました。保護者の方と繰り返し意思を疎通しながら、より近いモザイクの色になっていけるように努めて参りたいと思います。

秘密の顔

2001 年4 月号

『秘密の顔』 中舘 慈子

「ぜったいママやパパにないしょだよ。」
お子様とこんなひみつを持つとき、シッターさんは悩みます。たとえば、ママやパパの誕生日にプレゼントを作るとか、庭のすみにちょうちょのお墓を作ったというようなかわいいひみつなら悩みません。
帰り道に、ママやパパに言われた道と違う道をとおってみたいというとき、暑い日にいつもだめと言われているアイスクリームを食べたいと言われたとき、これはそっとママやパパに相談してみれば良いことですね。
ちょっと悩んでしまうのは、シッターに見せる「良い子ではない」顔を絶対にママやパパに内緒にしてほしいと言われるときです。
「もし、話したらあばれちゃうぞ。」「話したらこれからシッターさんのいうことなんか 絶対に聞かないからね。」これが生命の危険に関わるほどのことでしたら、お子様になんと言われてもご両親に話さなければいけません。
たとえば、道を歩くときにシッターと手をつなぎたがらないお子さんがいたとします。歩道のない道、トラックもビュンビュン走っています。「ご両親から手をつなぐように話していただけますか?」と言われたご両親、くれぐれも「シッターさんに言われたけども、手をつながなければだめじゃないか!」と怒鳴ったりしないでくださいね。「あなたの命に関わることだから、あなたが大事だから、道を歩くときはシッターさんと手をつなぎましょうね。」とやさしく話してください。
これが、たとえば次のようなことだともっと悩むのです。シッターに対して傷つける言葉を言う、シッターを使用人としてあしらう、制止を聞かずにわざと悪さをする など。そしてそのことを絶対にママやパパに言わないでね、といわれたとき。
ケースによるでしょう。ひみつのまま、お子様の心が癒され、そんな顔が消えればそれも良いと思います。もしも、シッターが思い余ってご両親にそっとご相談したときは、どうかお子様を頭ごなしにしからないでください。
子どもには「良い子ではない」顔を、大好きなご両親に見せたくないと言う気持ちがあるのです。だから、そんなひみつの顔をご両親に知られたくないと思うのですね。
ひみつの顔を知ったとき、まず、「良い子ではない」行動の裏にある気持ち、不安・寂しさ・疲労などを察してあげるようにしてください。下のお子様にかかりっきりではありませんか? ご家族の関係がぎくしゃくしていませんか? ご両親がいそがしすぎませんか?集団生活が長すぎませんか? 学校・幼稚園など新しい環境に入る不安はありませんか?
ひみつの顔は、こんな気持ちを表すお子様のメッセージかもしれません。そして、いつも「良い子」ではなくてもお子様の存在そのものがすべてご両親に受け止められ、信じられていることをぜひお子様に伝えてください。
大きくなって少し道を外れそうになったときも「母は 父は 自分のことを無条件に信じて待っていてくれている」と思うことが、人生の軌道を直す上で計り知れないほど大きな力になるでしょうから。
 

三人目を産む!

2001年3月号

『三人目を産む!』

木戸道子(医師・ファミリー・サポートご利用者)

平成9年からファミリーサポートにお世話になり、当時1歳と4歳の子がいて、夫が救急の多忙な病院へ異動になり途方にくれていた私にとって大きな支えとなりました。
それまでは夕方からのミーティングや会議、勉強会などもなかなか参加できず、でかけられても心が落ち着かず、早く帰ることばかり考えざるをえなかったのですが、優しいシッターさんにお願いして家を空けられることを体験し、ああ、こんな時期でも外出しても大丈夫なんだ、と解放感にひたったのを今も覚えています。
予定が急に入ったり、子どもが熱を出したりしても、どちらが休みをとるか夫とけんかしたり、誰に頼もうか、実家の母にきてもらうか、などと余計な気をつかうことなく、電話1本で、安心して預けられるシッターさんがきてくれるようになりました。
職場の組織再編など取り巻く状況の変化のなかで、3人目を産む決意ができたのも、まさにファミリー・サポートの「サポート」があったからこそと思います。本当にありがとうございます。
今回、つわりがこれまでより辛く、帰宅後は起き上がることができないほどの日もありました。こどもたちが皿洗いや洗濯物かたづけ、掃除などいそいそと手伝ってくれて、その成長にたくましさを感じたとともに、心優しさも育んでいただいている多くの方々へ感謝いたしました。
最近気づいたのですが、産後のサポートということで上の子の世話だけでなく家事サポートもお願いできるとのこと。妊娠中の体調の悪い時期も利用できます、と書いてあります。
なかなか気づきにくいので、もしよろしければ、つわり、腰痛などで出産後でなくても利用できることをぜひ宣伝してくださると嬉しく存じます。

~ファミリー・サポートのお客様の声から~

2001年2月号

~ファミリー・サポートのお客様の声から~

『根づいてほしい、シッター制度』 M.S

私のシッターさんとのおつきあいは、早くも2 年半になりました。子どもが0歳児のときは、保育ママさんのご都合がつかないときにお願いしており、1歳になり保育園に入ってからは、毎日のお迎えでお願いしています。今まで述べ10人くらいの方々にお世話になりました。ベテランの方、若いお姉さんのような方、さまざまです。これまでの方々を見て、勝手な私見を述べさせていただくと、若手の方は、子どもに対して「ベビーシッター」として向き合うような傾向が強く、ベテランの方は、どちらかというと親に対しサポート的に接している方が多いように感じます。それぞれが長所であり、またこちらも勉強になります。

私の不満は、ベビーシッターさんの認知度が一般的にとても低いことです。自分の社内、社外を見渡しても、ほとんどの方は(しかもお母さん側がほとんどですが)定時に無理して退社して、保育園の迎えに行くようです。東京都の保育園などは(住んでいる区や市によってもさまざまでしょうが)ほとんどが6 時で終わり。終業が5 時半の私などはとてもとても行けません。
しかしながら、いつもメディアが問題点として取り上げるのは、保育園の延長時間のことばかり。確かに、延長保育は親にとってありがたいことなのですが、そのメリットは親の都合であることを忘れてはいけないと思います。子どもにとっては家は自分の城。毎日お迎えに行ってもらえることはもちろんのこと、家庭で夕食を食べられること、シッターさんと二人であそんでもらえること、さまざまなメリットもあると思うのですが・・・。
早くベビーシッター制度が文化として根づき、利用者が特別な感じをもたなくても済むような日が来ればいいな、と思っています。

~ファミリー・サポートのシッターさんの声から~

『シッターの器(うつわ)』 真貝 美江子

わが社のモットーの一つに、まずは"受容してください"というのがあります。"受容"とは―辞書に「受け入れて取り組むこと」とあります。目の前の子どもを受容する―長所はもちろん受け入れやすいですが、短所も受け入れなければなりません。いろいろなタイプの子どもがいます。やさしい、おっとり、丸い人間としての子ども、逆にトゲトゲがたくさんあってデコボコの器の持ち主もいるでしょう。
いろんな形の器を持った子どもたち、その子どもたちの器は、もって生まれたものに、身近な父、母の性格、育った環境にも大きく影響されて作られてくるのです。またさらに、祖父、祖母の影響も直接・間接的にかかわってきます。
そういう様々のものを背負った子どもの器を丸ごと受け入れるには、こちらの器もいろんな形になって対応できるよう柔軟にしておかなければなりません。子どもにとって、初めて出会うどこの馬の骨とも分からないシッターとの出会い。まず、この大人は私(ボク)のことを受け入れてくれるのか、何をしても抱えこんでくれるのか、本能で見極めてしまいます。シッターの器を"私はこうだ"と形の決まったものにしておくと、いろんなタイプの子どもの器を取り込めないでしょう。だからシッターの器は"ない"方がよいのかもしれません。なければ、子どもの器に合わせていろいろな器をつくることができるから…。
いろんな器をもった子どもたちに対応できる"透明な器"をもったシッターを目指して頑張りたいものです。あともう一つ忘れてはならないことは、子どもの器はいくらでも変わり得るということ。だから可能性が大きいのだと思います。その柔軟な器に、1つでもよい影響を与えられるような器をもったシッターでありたいと思うのです。

(日本小児医事出版社「ベビーシッター」より引用)

21世紀 どんな夢がありますか?

2001年1月号

『21世紀 どんな夢がありますか?』 中舘 慈子

20世紀は、激動の時代でした。前半は大戦がいくつもあって、国と国とが人を殺し合い、大地を汚染しあいました。後半は科学技術,情報、医学などの大きな進歩がありました。今の日本は清潔で便利、世界中のおいしいものが食べられ、美しいものもあふれ、物質的に豊かな国です。
でも、どうしてでしょうか。「21世紀にかける夢は?」と、自問自答したときに、ふと立ち止まってしますのです。医学の進歩により、寿命が延び、クローン人間の出現や超高齢出産が可能になるかもしれない。IT革命による情報化がさらに進み、シッティングの状況がリアルタイムで手元の携帯電話で見られる日も間近いかもしれない。
でも、本当に望んでいる「夢」とは何なのでしょうか?夢を持てるほど 夢が多いほど幸せだとしたら、100年前の人たちの方がひょっとして幸せだったかもしれない、もう少し貧しかったころの日本人の方がひょっとしたら幸せだったのかもしれないと思います。空を飛びたい、便利に暮らしたい、情報を知りたい、おいしいものを食べたい、暖かい家に住みたい…たくさん具体的な夢がありましたから。
人生は自分の外…社会的名声 豊かな生活など… にもあり、自分の心のうちにもあると思います。21世紀に探す「夢」「幸せ」は心の内にあるものかもしれない。

2001年21世紀の最初の年、子育て中の皆様、ファミリー・サポートのスタッフやシッターさん達と一緒に「21世紀の夢」を探し続けていきたいと思っています。
子育てやホームページに対するご意見をどんどんお寄せください。今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。