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子育てエッセイ

ぼくのひみつ

2003年8月号
『ぼくのひみつ』 中舘慈子

ぼくは、きりの中を走った。山のふもとでおそば屋さんをしているおばあちゃんのところへ早く行きたかったからだ。
お店に着くと、お客はだれもいなくて、おばあちゃんがひとり、いねむりをしていた。
「おばあちゃん!今日は!」
「おやっ!かんたかい。ひさしぶりだね。」
「うん。先生に、おじいさんや、おばあさんの子供のころの話をきいてきなさい、っていう宿題を出されてね。おばあちゃんの顔を見たくなったんだ。」
ぼくは、おばあちゃんの作ったそばを食べた。しるがたっぷり。わらびやなめこや、いろんなきのこが入っていて、大根おろしもそえてある。天ぷらのあげ玉がういているのが、たまらなくおいしいんだ。
「ねえ、ぼくのおじいちゃんの子供のころのことをききたいんだけど・・・・・・。」おじいちゃんは、お父さんが生まれてすぐに死んだということしか知らない。おばあちゃんは、ちょっとびっくりした顔をした。だって、ぼくは、今まで一度も、おじいちゃんについてきいたことがなかったから。おばあちゃんは、話すのをためらっている様だったが、思い切ったように、言った。
「びっくりしちゃいけないよ。おじいちゃんはね、本当は、たぬきだったんだよ。」
おばあちゃんは、じょうだんを言ってるんだ。ぼくは、チロッとおばあちゃんの顔を見た。おばあちゃんは、なみだをうかべている。ひょっとすると、おばあちゃんは、ぼけてきたのかもしれないぞ。ぼくは、心配になった。その時、大学生みたいな男の人と女の人が四人ほど、お店に入ってきた。「かんた、もし、本当かどうか知りたかったら、あしたの晩、六時にお店へきなさい。」
もちろん、次の晩、ぼくは、おばあちゃんのお店へ急いで行った。おばあちゃんは、店の外に、もう、『今日は、りんじ休業させていただきます。』というはり紙をはって、いつもよりきれいな服を着て、すわっていた。
東の空には、びっくりするほど明るい満月が、オレンジ色に光っている。おばあちゃんは、スタスタと山道を登り始めた。ぼくは、石につまづいたり、木の枝にひっかかったりしながら、やっとこさっとこ、おばあちゃんの後をついて行った。そんなふうにして、どれくらい歩いただろうか。
そこは、広場になっていた。広場の真ん中に、高いすぎの木が一本ある。そして、そのまわりを、たくさんのものが動いている。犬かな?きつねかな?いや、たぬきだ!広場に、たぬきが何百、何千と集っているのだ。こんなにたくさんのたぬきを見たのは、初めてだ。
ぼくが、話しかけようとすると、おばあちゃんは、口に指をあてて、かた目をつぶった。だまっていなさい、という合図だ。
やがて、ぼくは、もっと思いがけないものを見た。林先生が・・・・・・たしかに、ぼくのクラスのたん任の、わかい女の先生が、広場に現れたのだ。しかも、真っ白いウェディングドレスを着て・・・・・・。
満月は、空高く上がり、すぎの木のてっぺんにかかろうとしていた。その時、
一ぴきのたぬきが、林先生の方へ歩いて行った。
次のしゅん間、満月が落っこちてきたかと思うくらい、まぶしくなり、すぎの木が大きくゆれて、金色に光った。そして、ふしぎな音が、辺り一面にひびいた。ポンポコポンポコポコポンポンポン
はらつづみの音だ。
林先生のとなりには、たぬきではなく、ちょっとずんぐりしているけれど、目の大きなハンサムな青年が、タキシードを着て、すましている。
ポンポコポンポコポコポンポンポン
はらつづみの音は、どんどん大きくなって山にこだました。
おばあちゃんは・・・・・・いつの間にか、すぎの木の下にいる。しゃがみこんで、一ぴきのたぬきの頭に手を乗せて・・・・・・おばあちゃんとたぬきは、じっと見つめ合って、いつまでもそうしていたいみたいだった。
満月は、ずい分西の方へかたむいてしまった。はらつづみの音が消え、たぬきたちのすがたも、林先生のすがたも見えない。
「見ただろう?おばあちゃんといたたぬきが、かんたのおじいちゃんだよ。」かんたのすぐ横で、おばあちゃんの声がした。
「人間とたぬきが、本当にすきになることもあるんだよ。結婚してからも、おばあちゃんは、とても幸せだった。二人で始めたおそば屋さんも、なかなかはやったしね。」
「でも、どうして、おじいちゃんは、たぬきにもどってしまったの?」
「わからない。かんたのお父さんが生まれて1か月めの満月のばん、おじいちゃんは、いなくなっちゃったのさ。きっと、たぬきの方が楽しかったんだろうね。」
おばあちゃんは、ちょっとさみしそうに、わらった。
「今夜のことは、ひみつだよ。だれにも言っちゃいけないよ。」
「うん。」
ぼくは、大きくうなずいた。ひみつをおなかの中にかかえることは、つらいことだけど、つらくなったら、おばあちゃんの所へおいで、とおばあちゃんは、言ってくれた。
学校へ行くと、林先生は結婚して、急にやめることになったという話でもちきりだった。
ぼくは、ひみつをゴクンとのみこんだ。そして、もう一つのひみつ。ぼくのおじいちゃんは、たぬきなんだ。いや、ひょっとするとクラスにも何人か、たぬきの子や、たぬきのまごがいるかも知れない。そう思うと、楽しくなってくる。ただ、たった一つ心配なことがある。しっぽが生えてきたら、どうしよう。

出典
タヌキ百話(二集)
平成二年十二月発行
編集峰浜村おまつり実行委員会
発行峰浜村
通産省のイベント支援事業の一環として実施された企画平成元年の秋田県峰浜
村(ポンポコ山タヌキ共和国)の「タヌキ童話大募集」からの発行。
応募作品の中から特に内容のある優秀な作品を選出して発刊された童話集。
今から14年ほど前平成元年に私の書いた作品です。秋田県峰浜村に「タヌキ共和国」というものができて「たぬき」に関する童話を募集していました。1700ほどの作品が集まり、その中から100編が選ばれて「たぬき百話」とういう本にまとめられたもののひとつです。

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