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子育てエッセイ

母親の「自分育て」

ときめきエッセイ 第107回 

母親の「自分育て」

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター・詩人)

 

先月、子連れで図書館に行ったさい、講演会のチラシがふと目にとまった。講演者の紹介文に「5児の父親でもある○○大学教授の~」とあり、すぐに「あぁ、H先生だ」と思いだした。約十年前、私が詩を連載していた月刊誌「社会教育」で、H先生はエッセイを連載していた。5人の子どもの父親として奮闘するH先生のエッセイは大変面白く、毎月、読むのが楽しみだった。その講演は託児有りだったので、即予約し、翌月、聴きにいった。行ってよかったと思った。多くの母親の胸にしみる話だったので、ぜひ、ここで紹介したい。

演題は「妻が僕を変えた日」である。H先生は大学在学中に学生結婚し、奥様は通っていた国立大学を中退して母になる。H先生は卒業し、大学に職を得てキャリアを積み重ねていく。その後も、次々と子どもが産まれ、奥様は育児に追われながら「大学は中退してしまったけど、自分も資格をとって、いずれ社会で活躍しよう」と、託児付きのスクールに通ったり、通信講座を始めたりとさまざまな挑戦を試みる。だが、どれも長続きせず、途中で辞めては新目標に挑戦…の繰り返しがつづく。

ある日の朝、「これからは国際化だから、英会話を始める」という奥様に、先生が気軽に揶揄する言葉を口にしてしまう。その途端、奥様は突然ボロボロと泣き出し、先生が何度詫びても、一日中泣き続ける。そのときはじめて、H先生は気づくのである。奥様は子育てがつらいのではなく、「自分育て」ができないことがつらいのだと。それまでの、休日に遊園地やファミレスに連れていって家族サービスすれば、妻も満足すると思いこんでいた自分の浅はかさを深く反省し、その日以降、H先生は変わる。奥様の「自分育て」の応援団長になるのだ。

私もそうだった。二人目が産まれて以降、仕事は激減、自分の時間もなくなり、精神的にひからびていくような感覚があった。新規の仕事先の営業がしたいと思っても、突然、病気になる子ども達を見つめては、「どうせ無理だから…」とあきらめていた。子どもは日々成長し、夫は仕事の範囲を広げていくなか、自分だけ成長を足止めされているような気がしていた。そしてある日、週末の家族お出かけを誘う夫に言った。「それより私は、前に取材した教育者から送られてきた本が読みたい。子ども達連れて、行ってきて」と。

H先生や夫のように、「俺が働いて養って(やって)るんだから、あとは休日に家族サービスすれば十分でしょ」と、漠然と思いこんでいる男は、昔も今も少なくないだろう。だが、母親だって、「一個人」としての自分を抱えている。自分育てをして成長したいと思っている。その想いに夫が真摯に向き合い、できるかぎり子どもにしわ寄せがこないよう協力しあうことで、夫婦の信頼関係は何倍も深まっていくだろう 。

 

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