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子育てエッセイ

週に一度のギタークラブ

 2006 年 6月号

『週に一度のギタークラブ』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

昨年の秋、妊娠を機に都内からさいたまに引越したさい、それまで所属していた趣味のクラシックギターアンサンブルも、遠くなって通うのが大変だからと退会した。今後、再開するにしても、これからは子どもを抱えての生活になるため、出産後、ひと段落したら、練習場所が近いアンサンブルを改めて探そうと思ったのだ。

出産してから数ヶ月、ようやく赤ちゃんのいる生活にも慣れた頃、近くの公民館をいくつか当たってみた。すると、なんと家から徒歩10分の最寄の公民館にギタークラブがあったのだ。代表者の連絡先を教えてもらい、それから数日後、思いきって電話をかけてみた。「うちはメンバーの平均年齢がかなり高いですが、よかったら一度練習を見学にきてください」と言ってくださり、翌月、娘は主人に見ていてもらい、見学に行った。階段をあがってつきあたりの部屋に向かう途中、ギターの音色が聞こえてきた。久しぶりに聴く、生のギターアンサンブルの音色はせつなく心に響いて、「一個人」としての感覚が自分のなかにわきあがってくるのがわかった。扉を開けると、
50~70代くらいの男女7、8人が練習していて、見学に来たという私を笑顔で迎えてくれた。最高齢の方は87歳と知って驚いたが、「83歳からギターをはじめて、今はギターが楽しくてしょうがない。生きているかぎり、つづける」
という言葉に、「これぞ生涯青春だなぁ...」と思った。

あの日から3ヶ月、毎週1回、娘をベビーカーに乗せてギターの練習に行くのが、現在の私のなによりのリフレッシュである。幸い、娘にとってギターの音色は子守唄に近いらしく、練習中は私の隣で、ほとんどぐずりもせずに、驚くほどぐぅぐぅ寝ている。なによりありがたいのは、子育て経験豊富なメンバーの方々に育児におけるさまざまな疑問や不安をあれこれ聞けることだ。実家が遠いぶん、私には同世代のママ友達以上に、母世代の頼れる存在にほっとする。

「毎週、ここに来て、さっちゃん(娘のこと)をだっこするのが楽しみよ」と言ってくれるメンバーの方々の言葉に、「我が子をいとおしんでくれる人々が地域にいるということは、母親にとってなんて深い安心感と幸福感をもたらすのだろ
う」と感じいってしまう。ギターをつうじて、私はリフレッシュするだけでなく、最高の「子育て支援」にめぐりあえたのだと思っている。

0.98ショック!!

2006 年6月号

『0.98ショック!! 』 中舘  慈子

0.98。これは2005年の東京都合計特殊出生率である。単純に見れば、東京都の女性が生涯に産む子どもの数がついに1人を割ったことになる。全国平均は1.25。もちろん、過去最低である。
「厳しい数字ですね。」
「今年になって出生率の回復のきざしがあるとの報告を受けていたんですけれど、今後、少子化対策は最重要課題になってくると思いますね。」
6月1日に小泉首相が記者団に漏らしたという。

エンゼルプランから始まり、さまざまな少子化対策が講じられているが、出生率の低下はとどまるところを知らない。社会保障が危ぶまれるといったところで、今まで「子どもは女性の問題」という意識を持っていたお役人たちも、やっと自分自身の問題として腰を上げざるを得ないのではないかと思う。

在宅保育サービスの仕事に関わって16年、自分の会社を創って12年になる。もちろん保育所などの施設型保育の充実は必要であるが、「家庭での子育ての支援」の必要性を説き続け、サービスを行い、大学での「在宅保育論」を立ち上げたりしてきた。しかし、国や自治体の在宅保育サービスに対する施策は遅々として進まず、ようやく自治体(川崎市 世田谷区 渋谷区)による産後ヘルパー事業の委託を受け始めたところである。

次は世界の出生率の推移のグラフである。フランスでは1994年ごろから出生率が上がり、現在は1.9である。フランスの子育て支援政策にはベビーシッター料金の助成も含まれている。少子化対策にかける費用も、フランスではGDP(国内総生産)の2.8%であるのに対して、日本は0.6%に過ぎない。
 
最重要課題といわれる日本の少子化対策が、従来の発想で行われたとしても出生率の上昇は望めない。今こそ、在宅保育サービスも含めたトータルな子育て支援が必要である。

バスのなかでの優しい時間

2006 年 5月号

『 バスのなかでの優しい時間 』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

今日は娘の4ヶ月健診に出かけたついでに、久しぶりに隣町で買い物をすることにして、普段はあまり使わないバス停に向かった。娘をだっこしてバスに乗りこんだとき、一瞬、バスの中の雰囲気がなんとなく不自然に感じた。ひとりがけの空席を見つけて座ったら、突然、最後尾の席に座っていた高校生くらいの男の子がやってきて、後ろの席を指でさした。より広い席をゆずってくれたのだ。お礼を言って後ろの席に移動したら、だっこしていた娘がぐずりはじめた。あやしながら、私が「暑いのかな...」とつぶやいたら、隣に座っていた若者が、壁についているエアコンの噴出し口の向きを変えて、娘のほうに冷風がいくようにしてくれた。お礼を言うと、何度もおじぎした。いよいよギャンギャン泣き出した娘をあたふたしながらあやしていたら、前の席の男の子がじぃ~っと娘の顔をのぞきこみ、「しょうがない!しょうがない!」と叫んだ。

ようやく、私はこのバスの乗客である高校生くらいの若者達数名が、軽い知的障害を持っている方たちだと理解した。市内にある学園の生徒さんたちかもしれない。「しょうがない!」と叫んだ若者がバスを降りるさい、突然、「ない!ない!」と叫んで、定期を探し始めると、近くの若者が鞄の中をいっしょに探し始め、運転手はよくあることなのか「大丈夫ですよ~」とのんびり言った。定期が見つかって降りた若者に、バスの中の若者たちが、バイバイと手を振り、降りた子も笑顔で手を振って、バス停で待っていた母親らしき人と歩いていった。

健常者、若者や子ども達が、精神を病み、人を傷つけ、殺める事件が後を立たない。そのいっぽうで、知的障害のある彼らは、見ず知らずの他人をいたわり、友を思い、社会のルールを守って暮らしている。彼らは、こんなにまっとうで、おだやかな世界をつくりあげているのに、なぜ、健常者の生きる社会は、こんなにゆがんでしまったのだろう。

私はできることなら、バスを降りて、バス停で息子を待っていたあの母親らしき人を追いかけてつたえたかった。「あなたの息子さんと、息子さんの友達は、今日、赤ちゃんを連れた私をいたわってくれました。そういう存在が、育児中の多くの母親の心を和ませ、それは少子化とか虐待とか、さまざまな社会問題の改善につながっていくと思います」。

キレる子をつくらない方法

 2006 年5月号

『 キレる子をつくらない方法 』 中舘  慈子

5月10日、たまたまつけたテレビで、「脳科学で防ぐ“キレる子”」(NHK 総合「クローズアップ現代」)が放映されていました。文部科学省が脳科学の立場から「キレる子」の調査に取り組み始めたという番組で、思わず食い入るように見ました。

まず、感情を司る扁桃体の発達を促すためには、身近な親や友達などの笑顔、喜ぶ声、楽しい様子などのコミュニケーションが必要であるということが実証されていました。この実験から、キレない脳にするためには、まず保護者や保育者が笑顔で子どもと接すること、楽しく子どもと接することが必要だといえます。逆にテレビに任せっきりにしていたり、いつも怒った顔や悲しい顔で子どもと接したりしていると、キレる脳になりやすいと言えます。
それらの感情の表出をコントロールするのが前頭前野の46野であり、その様子が光トポグラフィで記録できるということ。たとえばオセロゲームを1人でパソコンに向かってしても46野は働きませんが、友達と対戦するとたちまち赤く光って、大いに活動している様子がわかります。同じゲームでどうしてこのようにちがうかというと、人と対戦するときには「相手の表情を読む」「相手と言葉を交わす」といった脳の働きがあるからだそうです。
この実験から、キレない脳にするためには、家族や友達と直接接することが必要であるということが出来、逆にパソコンなどだけを相手にしていると、キレる脳になりやすいと言えます。

これらの両方を実践する活動として、宇都宮の幼稚園で行われている「じゃれつき遊び」が紹介されました。朝の30分、親  先生  子どもが大声を出しながらスキンシップを取って思い切りじゃれついて遊ぶのです。子どもたちの表情の生き生きとしていたこと!!    「じゃれつき遊び」をしている間は、笑顔での強い感情の表出があり扁桃体が活性化されます。大切なことは終わり方で、「おしまい」の合図でじゃれつきあそびを一斉にやめます。これが感情の激しい表出を抑える前頭前野の46野の働きを高め、「興奮」を「抑制」するブレーキの力を育むということです。
ともかくこの幼稚園では、「じゃれつき遊び」を続けていることで荒れた行動がなくなったということです。

人は人の間で育って、人間になると昔から言われています。しかし、きょうだいもなく、テレビやパソコンなどと向かい合って幼児期を過ごす子供たちも増えてきているのではないでしょうか。
「キレる子」を作らないために、せめて小学校低学年くらいまでは、親子での素朴なスキンシップ遊びを楽しくする時間を作って欲しいと思います。家族でおなかをかかえて笑いあうような時間を作って欲しいと思います。

子どもの英語教育

2006 年 5月号

『 子どもの英語教育 』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

現在、公立小学校における英語教育の是非が検討されているが、私は中立派である。心から賛成できない理由には、やはり現在の小・中学生たちの「国語力の低さ」がある。小学校4年で海外から日本に帰国したときの私の国語もかなりひどかったが、親が日本から取り寄せる児童書をよく読んでいたので、主な問題は漢字の読み書きだった。だが、現在の小・中学生と話していると、もっと根本的な「てにおは」や、助詞、動詞の活用などが、かなり危ういと思う。

さらに、子どもたちからの手紙やメールを読んでいると、言わんとしていることはわかるけれども、そのどこかおかしい文章に首をかしげ、それをはっきりと文法的に指摘できない私自身の国語力に落ちこんでしまう。ひとつ例をあげてみる。

「浅田さんの詩『ぶっきらぼう』は、「わたしとお母さんとおんなじだ」と思いました」という文。これを正しく書きなおすと、「~は」ではなく「~を読んで」が適切だろうか。前半をそのまま活かすなら、最後を「~と思いました」ではなく、「~と思わせる詩でした」とするべきか。こうして考えながら、きちんとした日本語の文章を書くというのは、非常に難しいことなのだと実感する。

反対派の有識者が唱える「まずは母国語をきっちり」という意見には、私も同感である。数カ国語が多少できたところで、中途半端な言語力では中途半端な思考しか育たない。だが、私自身の子ども時代を振りかえったときに、外国語との比較のなかで、日本語にたいする理解を促した面もあったと思う。外国語を学んだことで、日本語にしかない言いまわしや表現、「しとしと」といった擬態語の響きの美しさに気づいたり、ひらがな、カタカナ、漢字という3種類の文字をつかう日本語そのもののおもしろさ、奥深さに打たれることもあった。なので、そういう深い視点での語学教育なら、あってもいい気もする。

ちなみに、以前英語のチューターシッティングをしたさい、10歳の子どもに「なんで英語を勉強するの?」と聞かれ、「世界じゅうの人と仲良くなるためよ」と答えたら、「でも、同じ日本語を話す日本人同士が、あまり仲良くないじゃん」とつぶやいた。胸にささるひとことだった。

子どもの終り

2006 年 4月号

『子どもの終り』 浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

4月の初旬から、3か月の娘を連れてしばらく伊豆の実家に滞在している。娘は両親にとって待望の初孫である。私が生まれたとき以来の「赤ちゃんのいる暮らし」に、もうすぐ70歳になる父も母も、とまどいながらも楽しそうである。
私はと言えば、育児と家事から多少解放され、自分の時間が持てているにもかかわらず、なぜか淋しい。当初は、久しぶりの実家で、気がゆるんだゆえの感情だろうと思っていたが、もう、こっちに来て 2 週間がたつ今も、なぜか淋しい。

なぜ、こんなに淋しくて浮かないのだろうと、あれこれ考えた結果、漠然とある答えにたどりついた。どうやら、母になった私と両親との関係は、これまでとは少し異なるのだ。これまで、独身時代はもちろん、結婚してからも、実家にくると私は一気に娘モードに戻っていた。いろいろと小言を言う親に口をとがらせて言い返したり、ささいなことでブスッとふくれたりと、中学生の頃とたいして変わらない親子関係だったのだ。

だが、今回の帰省では、私はかつてのような「娘モード」になれないでいる。「もう、私も母親になったことだし...」という自覚が多少はあるので、かつてのように親にわがままを言ったりできない。孫娘を胸に幸福そうな両親を眺めなが
ら、私は静かに、私自身の「子どもの終り」をかみしめている。母になったところで、親の娘であることに変わりはないのだが、かつて親が文句を言いつつも受け入れてくれた、末っ子の私の「子どもっぽさ」は、孫のいる親には、もはや不要であり、歓迎されないものなのだ。

昨日の深夜、泣き出した娘に授乳していたら、母が起きてきた。わたしの肩にカーディガンをかけ、布団に寝かせた娘のおでこを、「お~、よしよし」となではじめた。もうずっと前、ベッドに入り、母に絵本を一冊読んでもらい、おでこ
をなでてもらって一日が終わっていた子どもの頃を思いだし、少し泣きそうになった。

お兄さんシッターとの出会い

2006 年4号

『 お兄さんシッターとの出会い 』 森田公子(ベビーシッター)

シッター3年生の私に、ちょっと先輩らしいお仕事が舞い込みました。お兄さんシッターとのグループ保育です。待ち合わせの場所で、すれ違うどの男性より際立った好青年が近づいてきました。シッティング場所に伺うと、三人の娘さんのお母様が「珍しいですね、ファミリーサポートさん  男性の方!」お子様たちに、「お兄さんで  いいわね」。好印象で私も嬉しい思い。5 歳のお姉ちゃんはちょっと意識してか、きゃーと走り回りました。双子の妹ちゃんたちも連鎖反応。本を読んで、絵を描いて、おままごと。初めはパパ以外の男の人にどう接しようかと、様子を見ていた三人ですが、おもちゃを投げる、楽屋の大鏡をぐるぐる走り回る、活発で全身で遊んでよーと、表現してきます。私は母親的な見方で、危ないよ、やめようよ、静かにね、と注意のことばの連発。お兄さんシッターはパパでもママでもない反応。友達みたい  といったらよいでしょうか。
気がつくと部屋の中が関西弁に・・・。お兄さんシッターも順応性ある対応で関西弁に。阿吽(あうん)の呼吸でした。いいぞ!  お兄さんシッター!!

5人は和やかに、あっという間に仲良しになりました。新幹線で眠れなかった妹ちゃんの一人がお兄さんシッターの傍で、コロリと眠ってしまいました。安心している証拠。お兄さんシッターも嬉しかったのではないでしょうか?
 
さてさて、「おしっこ」これも連鎖本能です。三人一緒です。私は眠くてとろんとした子を抱っこしています。
「トイレにお願いします」
そうはいかなかった。お兄さんシッターだったのです。
しがみついている 2 歳児ちゃんを片手に、厚手のタイツを脱がし、ボタンのついたシャツ、オムツを・・・。「もうでちゃうー」と、焦らせる。「こっちの」と和式トイレで立っている妹ちゃん。三人姉妹の世界があり、とても今日初対面とは思えない程、親近感の持てるお子様でした。お兄さんシッターは何を見て、何を感じて帰って行ったのでしょうか。とても興味のあるところです。
お疲れ様でした!    またどこかでお会いできますように。

搾乳に追われた二日間

2006 年4月号

『 搾乳に追われた二日間 』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

先週、母親になってからはじめて、一泊二日の泊りがけの仕事の依頼がきた。行き先は福井県大野市の九頭竜湖、東京から新幹線をつかっても片道7時間という長旅である。丸二日間、生後3か月の娘とはなれることに不安もあったが、夫婦共々フリーランスで働く我が家の財政も不安だし、幸い主人が家にいる日だったので、思いきって行くことにした。

春休み中だったため、東京駅の新幹線ホームは家族連れがいっぱいで、赤ちゃんを見るたびに娘のことがよぎり、胸が張って母乳が洩れてくるのがわかる。新幹線の中で母乳パッドをとりかえたものの、小一時間もしないうちにすぐにぐっしょりで、仕方がないからトイレの中で搾乳した。走行中の電車の、狭いトイレの中での搾乳は、実に切ない。さらに、コップいっぱいにたまった母乳をトイレに捨てるときの気分は罪悪感に近い。

米原から北陸線で福井駅に出て、越美北線に乗りかえる。午後7時に宿に着くやいなや、搾乳する。水鉄砲のように、勢いよく出る母乳を眺めながら、「あぁ、もったいない」と心底思った。今頃、主人は冷凍保存した母乳を解凍・湯煎して娘に飲ませているんだろう。哺乳瓶があまり好きでない娘は、ちゃんと飲んでいるだろうか。これまで、面倒にもおっくうにも感じていた2~3時間ごとの授乳がたまらなく懐かしかった。

翌日の午後、取材を終えると、お世話になった旧和泉村の社会福祉協議会の方が、帰りの電車までまだ時間があるからと、地元の日帰り温泉に連れていってくれた。温泉の隅っこでコップに搾乳していたら、3歳くらいの元気な男の子を連れた主婦の方が「あらぁ、赤ちゃんはどうしたの?」と土地言葉で声をかけてくれた。温泉につかりながら、東京から仕事で来ていて、娘は置いてきたことなどを話す。「やっぱり、母親と赤ちゃんは、いつもいっしょにいたほうがいいんでしょうね」と言ったら、「でも、ときどきは離れている時もあったほうが、かわいく思えるもんよ~」と笑った。いつもいっしょだと、叱って怒ってばかりで、子どもがいる幸せに気づけないと言う。たしかに、これほど娘が恋しくなったのは、出産以来はじめてだ。

帰りの電車のなか、まだ雪がずっしりと残る山間の景色を眺めながら、温泉で話した主婦の言葉をぼんやりと思い返していた。搾乳に追われつづけた二日間だったが、私自身の母性というものを実感した旅でもあったと思う。

子どもの「とき」 大人の「とき」

2006 年4月号

『 子どもの「とき」  大人の「とき」 』 中舘慈子

桜の花も満開の4月3日  ホームページをリニューアルしました。みなさまに何度も訪れていただける魅力的なホームページになるよう、これからも更新を続けて行きたいと思っています。
4月は新しい季節。小学生のころは新しい教室で新しい香りのする教科書を開いて、これから始まる1年間にわくわくしたものです。同じ1年間でも、小学校時代の1年間と、高校時代の1年間の長さはずいぶん違うような気がします。もちろん、小学校のころのほうが1年を長く感じました。そこにはたくさんの思い出がぎっしりとつまっています。遠足のこと  運動会のこと  何気ない日ごろの休み時間の遊びのこと。

ふと思います。子どもと大人では「とき」の流れ方がちがうのではないだろうか?特に幼児期の子どもにとっては「とき」はゆっくりゆっくり流れている様な気がします。直営子ども施設  カーサ  デル  バンビーノには1歳から3歳対象の2時間のコースがあって、自由遊び  おかたづけ  朝の挨拶  朝の活動  幼児教育タイム(曜日によってアートやリトミック  英会話などを行います)  お茶の時間  自由遊び  帰りの活動  と盛りだくさんのプログラムがぎっしりと組み込まれています。自由遊びの間も遊びはめまぐるしく変わっていきます。集中力がないのではなく、たとえば5分が子どもにとっては大人の30分に感じられるのかもしれません。2時間という「とき」が、ゆっくりゆっくりと流れていきます。子どもにとっての2時間は大人の半日分くらいの重みを持つのかもしれません。

1歳児は、小さな指で指差しながら、大人が言うものの名前を吸い取り紙のように覚えて復唱します。発音はたどたどしくて、ちょっと違うかもしれませんけれども・・・。そして2歳から3歳になると二語文  三語分で自国語を話せるようになるのですからその言語習得能力のすばらしさにびっくりします。その能力がいくつになっても継続すれば、全ての国の言葉を覚えるまでにそれほどかからないはずですが・・・・。いま  私がたった一つの外国語の単語を覚えようとしたら、何日かかるかわかりません・・・。

年齢が低いほど「とき」のもつ重みが重いのですから、乳幼児と関わるとき  その一刻一刻を大切にしたいと思うのです。大人の発する言葉のひとことひとことの持つ重みも自覚しながら話したいと思うのです。

子どもへの、安全教育

2006 年 3月号

『子どもへの、安全教育』

浅田志津子(教育・福祉関係のルポライター)

この3か月、ほとんど外出せずに家のなかで過ごしているためか、最近の私はかなりのテレビっ子(子ではなく、正確にはおばさんだが...)になっている。もともとは活字派で、テレビはほとんど見ない生活だったが、昨年、懐妊をきっかけに仕事を減らし、パソコンに向かっている時間がぐっと短くなったこともあって、テレビを見る気持ちが芽生えていったのだ。

とは言え、育児の合間の「ながら見」がほとんどで、集中していない分、CM もけっこう見る。そんな私が、最近気になっているのが「公共広告機構」の CM である。深刻な社会問題を少しでも改善すべく政府が放映する CM で、これまでに「エイズ」「児童虐待」「家庭における父親不在」「いじめ」「悪徳商法」「うつ病」など、さまざまな問題をテーマにしている。そしてこの数ヶ月間、頻繁に放映されているのが「子どもの連れ去り」をテーマにしたものだ。夜の住宅地で、子どものシマウマに怪しい影が近づいて「子どもをひとり歩きさせない」という字幕が出る CM と言えば、「あぁ、あれか」とわかる人も多いだろう。

最近は、子どもたちが覚えやすいよう、唱歌を替え歌にした、「知らない人にはついていかない♪」という歌詞ではじまる CM が頻繁に流れている。明るいノリで、親しみやすい手法で子どもに直接訴えているのが斬新だが、歌詞で気になるところがある。「知ってる人にも~」という部分だ。ここ最近の、子どもが被害者である事件の加害者が、子どもにとって「知らない人」どころか、すごく身近な存在だったことを考えれば、この歌詞は子どもの安全上、適切なのだろう。だが、この歌を聞くたびになんだか哀しくなってくる。「人はみんな疑ってかかれ」と幼い子どもに教えているような気になってしまうのは私だけだろうか。

先日、買い物の帰り道、小学生の女の子ふたりが、学校の図工でつくったのだろう、風車を手に持って、くるくるまわして遊びながら歩いていた。子ども好きゆえ、「きれいねぇ」と声をかけたら、二人は顔を見あわせたのち、ダーッと走っていってしまった。本当に私を怖く感じたのか、面白半分だったのかはわからないが、私がかなり傷ついたのは事実である。同時に、彼女たちの行動はまちがっていないこともわかる。夜、晩御飯を食べながら、「むやみに子供に声をかけると怪しまれるから、もうよすわ」と言う私に、主人は「哀しい時代になったよな」とつぶやいた。ほんのひと握りの犯罪者のせいで、すべての大人が子どもにとって危険な存在とされる現状は、実に哀しい。